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日本の遊び心に世界のニーズあり~Netflix映画から宇宙VRまで集まるフェス「SXSW2019」~

長谷川朋子テレビ業界ジャーナリスト
3月8日から17日まで10日間にわたって行われたSXSW2019。

 世界中から音楽、フィルム、ITなど業界のジャンルを越えて約40万人の参加者が集まる巨大イベントがある。SXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト、以下サウスバイ)と呼ばれるもので、毎年3月に米テキサス州オースティンで開催されている。今年は3月8日から17日まで、10日間にわたって行われた。世界中が注目するイベントだが、ここのところ日本の企業の参加が目立ち、その数は増えるいっぽう。今回、政府が予算を投じた巨大な日本館まで登場した。なぜここで日本人がこぞって世界に発信するのか?現地でその理由を探った。

グローバルへ進出したい、スタートアップや社内ベンチャーが集まる場所

 世界にはさまざまなビジネスイベントがあるが、テキサスの州都オースティンで毎年3月に行われるサウスバイは唯一無二のかたちで参加者を増やし、注目されているイベントだ。その理由のひとつが、業界のジャンルをひとつに絞っていない点にある。大きく分けると「音楽」「フィルム」「インタラクティブ(テクノロジー系)」の3部門で構成されるが、今の時代は業界を区切ることが意味をなさない場合も多い。例えば、Netflixがテクノロジー企業でありつつ映画スタジオでもあるように、単純な業種・業界よりも実態が重要視されている。そんな時代の流れに合わせたビジネスイベントが作られているのだ。

Netflixの新作映画『ザ・テキサス・レンジャーズ』上映も行われたパラマウントシアター
Netflixの新作映画『ザ・テキサス・レンジャーズ』上映も行われたパラマウントシアター

 参加目的も短期的なビジネスだけに、目を向けていない。既に商品化されたものを売買するだけの場所というよりは、企画段階で海外パートナーを探し求め、資金調達し、プロジェクトを固めていくやり方も広がっている。流通をグローバルに広げることをベースに考えた場合、開発中の企画を海外で発表することは、日本の多くの企業においても求められていることだろう。だから、そんな目的を持ったスタートアップ企業や社内ベンチャーがサウスバイに集まっている。サウスバイ公式分析によると、「新しいビジネスの機会を作ること」を目的に参加するケースが64%。全体の半数以上を占める。この比率からも、企画を持ち込む人と企画を探す人とのマッチングが成立しやすいイベントであることもわかる。成功例にはツイッターがよく挙げられる。かつて未完成のままサウスバイで発表され、その後の発展を遂げたことが繰り返し語り継がれている。

2000を超えるカンファレンス数と同時多発的な場づくり

52年のハリウッド人生を語ったジョディ・フォスター
52年のハリウッド人生を語ったジョディ・フォスター

 またサウスバイのキモはカンファレンスだ。すべてを網羅することが到底できないほどの数が用意され、10日間でその数は2000にも上る。スピーカーが一般投票の結果も反映されながらキャスティングされるのは民主主義のアメリカらしい。今、人の関心を集めている「医療大麻」「フェイクニュース」「LGBT」「AI」といったテーマが並んでいた。2017年のサウスバイには「こんまり」こと、近藤麻理恵が登壇したこともある。今年はFacebookの初期の投資家で、創設者マーク・ザッカバーグのメンターも務めたロジャー・マクナミーの登壇も話題のひとつにあった。また映像業界を専門に取材する立場から言えば、女優で映画監督のジョディ・フォスターの話を聞けたことも収穫だった。52年のキャリアの歴史を紐解きながら、ハリウッドのセクハラ問題や配信時代を迎えた現在の映像産業の変化も捉え、ユーモア交じりに1時間にわたって語った言葉に耳を傾けることができた。

歩行者天国の企業ハウスが並ぶレイニーストリート。ここでも音楽、映像、テクノロジー業界の企業が混ざり合っていた。
歩行者天国の企業ハウスが並ぶレイニーストリート。ここでも音楽、映像、テクノロジー業界の企業が混ざり合っていた。

 さらに、サウスバイの醍醐味は「場づくり」にもある。「オースティン・コンベンションセンター」を中心に半径2キロ圏内の至るところに企業ハウスやライブ会場が点在。いわゆる「サーキットイベント」のかたちが取られている。10日間にわたって朝から夜中2時まで、同時多発的に何かがどこかで行われているといった具合だ。移動するのに苦労も伴うが、手段として「Uber」や「Lyft」といった配車アプリによる「電動キックボード」も選択肢のひとつ。日本ではまだ導入されていないことから、さっそく利用する日本人の姿もあった。

数時間待ちの長い列が作られていたHBO『ゲーム・オブ・スローンズ』のプロモーションイベント。
数時間待ちの長い列が作られていたHBO『ゲーム・オブ・スローンズ』のプロモーションイベント。
原作者のニール・ゲイマンらも来場したAmazonプライムビデオ新作ドラマシリーズ『グッド・オーメンズ』。
原作者のニール・ゲイマンらも来場したAmazonプライムビデオ新作ドラマシリーズ『グッド・オーメンズ』。

 興味・関心によって足が向かう先もそれぞれ異なる。映像関連を中心に回ったところ、巨大ビジネスのひとつであるドラマシリーズのプロモーションがまずは目立った。まもなくシリーズ最終章が世界同時放送されるHBOの『ゲーム・オブ・スローンズ』やAmazonプライムビデオの新作『グッド・オーメンズ』はそれぞれドラマの世界観を体感できるイベントを展開していた。『グッド・オーメンズ』に至っては原作者のニール・ゲイマンが会場に姿を現し、話題づくりにも長けていた。またNetflixはプロモーションに加えて、新作映画『ザ・テキサス・レンジャーズ(邦題)』のワールドプレミア上映も行い、舞台挨拶には主演のケビン・コスナーら出演者がそろって登壇した。老舗のスタジオから新興勢まで揃うサウスバイで、これらの取組みは日本企業にとってもメディア戦略の学びの場になる。

「フード」「癒し」「宇宙」テクノロジーから「デジタルお化け屋敷」までバリエーションに富んだ日本の出展

日本の出展ブースが軒を連ねていたトレードショー
日本の出展ブースが軒を連ねていたトレードショー

 参加目的は視察目的から出展まで様々に、日本の企業がサウスバイに注目している。もともと音楽アーティスト世界進出の登竜門として機能してきたところから、広がりをみせている。日本から参加する人数はざっと1500ほど。主催者に確認すると、日本の参加人数は海外からの参加者のなかで最も多いブラジルに次ぐ規模だという。国別参加者人数トップ10ランキングにアジアで唯一ランクインしている。中心地にはソニーの巨大テントやNHKの8Kシアターがあり、トレードショーの会場には日本の企業が数多く出展していることからも目立つ存在でもある。韓国や中国の参加者からは「オースティンの街を歩いていると、日本語がよく聞こえてくる。トレードショーでは日本のブースに人だかりができていたのが印象的。日本がここまでフォーカスされているビジネスイベントは今、ほかにないのではないか」と、そんな声も聞かれた。

電通の未来的なレストラン「鮨シンギュラリティ東京」の構想はビジュアル重視でわかりやすい。
電通の未来的なレストラン「鮨シンギュラリティ東京」の構想はビジュアル重視でわかりやすい。
音と香りを融合させた資生堂とNHKエンタープライズによる「Invisible VR
音と香りを融合させた資生堂とNHKエンタープライズによる「Invisible VR "Caico"」は互いの得意分野を活かしたアイデアがあった。

 日本のプロジェクトがバリエーションに富んでいることも注目される理由のひとつにあるだろう。フードテクノロジーの分野では電通が超未来的なレストラン構想「鮨シンギュラリティ東京」を発表していた。これのベースとなる鮨データを転送、出力した「鮨テレポーテーション」を昨年発表したところ、1年間で100社以上の食品、原料メーカー、ヘルステック企業らから問い合わせを受けたという。賛同した日本の企業群と結集し、プロジェクト化を目指している。

VRにスポーツを取り入れたワイスペースの月面「やり投げ」VR体験展示。
VRにスポーツを取り入れたワイスペースの月面「やり投げ」VR体験展示。
新しいアイデア満載の「Todai To Texas」の発表のひとつ、漫画翻訳「マントラ」。
新しいアイデア満載の「Todai To Texas」の発表のひとつ、漫画翻訳「マントラ」。

 癒しテクノロジーとして、資生堂とNHKエンタープライズがタッグを組んだ「Invisible VR "Caico"」の出展もあった。3Dサウンドとアロマシューターデバイスによる、音と香りのバーチャルリアリティ体験を提供していた。また宇宙テクノロジーの開発を目指すスタートアップのワイスペースは茨城県から支援を受けて、今年サウスバイに初出展。月面で「やり投げ」を疑似体験できるVR展示を行いながら、宇宙開発の資金調達先を探っていた。サウスバイ出展常連組の東京大学発のスタートアッププロジェクト「Todai To Texas(トーダイ・トゥ・テキサス)」からも遊び心ある展示が揃った。「日本の漫画を世界でもっと読んでもらいたい」。そんな思いから開発されている「マントラ」は漫画のページをスキャンするだけで、翻訳するもの。サブスクリプションサービス化を目指す。

 テレビ業界のクリエイター集団が挑むプロジェクトの発表もあった。それは1964年の渋谷の街にタイムスリップできる「THE TIME MACHINE」。収集した街の写真を3D技術によりVRコンテンツ化したものだ。土屋敏男元・日本テレビプロデューサーと河瀬大作NHKエンタープライズプロデューサー、齋藤精一ライゾマティクスクリエイティブプロデューサーの3人が取り組むプロジェクト「1964 TOKYO VR」の一環として、サウスバイ用に初展示された。テレビ番組制作の手法を活かしたVRコンテンツは面白さ満載。万国共通に楽しめるストーリーテリングが展開されていた。河瀬プロデューサー曰く、「これはデジタルお化け屋敷」の説明に合点がいく。「技術的には決して新しいものではない。テレビ番組を制作している僕らだからできることは面白いかどうか。さっそく、オーストラリアの制作会社やイギリスのアートプロジェクトが興味を示してくれた。ここから広がるさまざまな可能性を感じている」と話していた。

「THE TIME MACHINE」を引っ提げ、サウスバイに初参加したNHKエンタープライズ河瀬プロデューサー。
「THE TIME MACHINE」を引っ提げ、サウスバイに初参加したNHKエンタープライズ河瀬プロデューサー。

落合陽一プロデュース、オールジャパン体制の「日本館」も登場

 また今年は経済産業省主催による巨大な日本館「The New Japan Islands」も設置された。特別協賛企業にソフトバンク、協賛企業に吉本興業といった企業名もあり、オールジャパン体制のプロジェクトとして打ち出されたものだった。

 日本以外にも国を挙げた館が点在していたが、それらと比較すると、内装に莫大なコストを掛けている違いが明らかにわかるほどの派手さが際立っていた。見た目だけのインパクトにこだわっただけでもないようだった。目指したコンセプトは「セミパブリックスペース」の展開。プロデュースしたメディアアーティストの落合陽一本人に尋ねると、「セミパブリックスペースは日本ならではのもの。靴を脱いでもらって、居心地の良い場所を作った。クールジャパンのロジックにある『見て欲しいジャパン』じゃなく、この空間のどこを切り取っても今の日本を体感できるものにした」ということだった。

日本館内で行われた落合陽一らによるセッション。連日いろいろな催しが行われた。
日本館内で行われた落合陽一らによるセッション。連日いろいろな催しが行われた。
反響を得たライブ後、「変な水着で出ましたが、世界の人にも笑ってもらえたら嬉しい」とコメントする、ゆりやんレトリィバァ。
反響を得たライブ後、「変な水着で出ましたが、世界の人にも笑ってもらえたら嬉しい」とコメントする、ゆりやんレトリィバァ。

 足を運んだ海外の参加者に感想を求めると「知り合いのアーティストに薦められて来たところ、想像以上に面白い空間で発見がある」(米コロンビア在住、ウェブデザイナー)、「西洋のアイデアだけで育った分、日本にはこれまで出合ったことのない発想が詰まっていると思い、興味を持った」(レバノン出身、工業デザイナー)など好意的な意見。会期中行われた吉本興業所属のピン芸人・ゆりやんレトリィバァによるライブパフォーマンスに喜ぶ海外参加者の姿もみられた。

 さらに朗報も届いた。サウスバイが公式発表したサウスバイ・ベスト賞として位置づけられる「SXSW Creative Experience “Arrow” Awards(サウス・バイ・サウス・ウェスト・クリエイティブ・エクスペリエンス・アロウ・アワード)」において日本の出展が評価を受けた。ソニーの大型企業ブース(ベスト・ユーズ・テクノロジー賞)と、日本館(ベスト・イマーシブ・エクスペリエンス賞)、そして「THE TIME MACHINE」(ベスト・エグジビション・エクスペリエンス賞)が選ばれる結果に。ベスト賞が設けられた4つの部門のうち、日本関連が3つも占めた。

ベスト・ユーズ・テクノロジー賞を受賞したソニーのブース「WOWスタジオ」には期間中、1万3千人が来場した。
ベスト・ユーズ・テクノロジー賞を受賞したソニーのブース「WOWスタジオ」には期間中、1万3千人が来場した。

日本が世界へ発信するそのこころは

 今回の取材を通してまず感じたことは、サウスバイで発表されるものに共通するのは「社会問題を解決する方法」ということだ。サウスバイの取材・参加を続けているフジテレビの清水俊宏チーフビジョナリストの言葉からもそれがわかる。「サウスバイでフォーカスされるテクノロジーはあくまで延長線上にあるだけ。地球でいま起きている根本的な問題を考えることが本質にある。そこには解(答え)はないけど、問いはある。それに魅了されてたくさんの人が集まってくるのだろう」。実験的なものや賛否両論があるものでも、課題に向き合うためなら試す価値がある。ある種、各界の異端児が集う場とも思われがちだが、まじめな課題に実験的に挑戦してく姿が各所で見られた。

 それをふまえ、これまでみてきたように日本の発信に対し現地で反響を得られている理由は「遊び心」を潜在的に日本人が持っているからなのではないだろうか。参加する日本人から「クリエイターや企業人が時代の変わり目に、本気で面白いことを試す姿」があったことからそう感じた。先の1964年の渋谷にタイムスリップできる「THE TIME MACHINE」なんかはまさにそうだ。VRやAIでも目新しさ、楽しさ、挑戦といったいい意味での「遊び心」があるからこそ、言語や文化を越えて理屈抜きに「面白い」と評価されたのだと思う。そもそも、新しい発想はビジネスの論理からは生まれにくい。柔軟性を持った遊び心から生まれやすいもの。サウスバイでは「What’s gonna be the next hip?(=次の流行は何が来る?)」という言葉もよく聞かれ、それはつまり新しい発想が求められているということ。日本は次の時代をけん引しそうな「遊び心」を見せつけることができ、結果、日本のブースに人だかりができたと感じている。

 

朝から夜中までSXSWの参加者が行き交う6thストリート。オースティンの街の至るところでビジネスに繋がる出会いがある。
朝から夜中までSXSWの参加者が行き交う6thストリート。オースティンの街の至るところでビジネスに繋がる出会いがある。

 あえて今後の課題に目を移すと、現状サウスバイにおいて評価され、注目されることに異論はないが、これがすべて市場競争力に繋がっているわけではない。実際にグローバル展開の成功例を作り出し、認知させることで、はじめて認められる。テックカンパニーの巨大化が進むなかでそれはなかなか難しいが、市場の競争性を活性化させようとしている声もある。年間250億ドル以上をもたらすハイテク企業に対する新たな規制の提案をエリザベス・ウォーレン米上院議員が出したところで、今回のサウスバイで本人が登壇し、これについて言及していた。

 サウスバイで海外発信する日本の企業が増えているこの機に、世界市場を見据えた競争力も本気で試してもらいたい。日本へのニーズの高まりは感じつつも、注目される日本の企業側に出展の理由を尋ねると、「サウスバイの出展は日本市場向けのアピール」という本音もよく聞かれた。戦略としては決して間違ってはいない。サウスバイに限らず、海外のマーケットで日本人からよく聞かれる話である。だが、海外との競争や競合を本気で取り組むことこそ、日本市場全体の底上げに繋がっていくことになるのではないだろうか。日本人の強みにある「遊び心」を遊びで終わらせずに、勝負にもこだわることが競争力を高める第一歩になるはずだ。

写真クレジット:全て筆者撮影。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

テレビ業界ジャーナリスト

1975年生まれ。放送ジャーナル社取締役。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)、「放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム」(共著、中央経済社)。

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