16歳のファッショニスタは、注目のジャズピアニスト 甲田まひるa.k.a. Mappyって?
2017年はジャズ生誕100周年だった。1917年にアメリカで初めてジャズレコードが録音されてから100年。アメリカで生まれたこの音楽は、以来、様々なジャンルの音楽を取り込みながら、様々なスタイルを生み出し、多様化しながら広がっている。21世紀以降のジャズは、R&Bやヒップホップなどの音楽を聴いて育った、ジャズミュージシャンが登場し、変化と進化を繰り返し、新しい音楽を輩出している。日本でもCMやTV番組などで、ジャズを聴くシーンが増え、世界で活躍する才能豊かな日本のジャズマンが次々と登場している。そんな中、また一人ジャズ界に16歳の女性ジャズピアニストが登場した。
インスタフォロワー数14万人。ファッションシーンでも注目を集めるジャズピアニストがデビュー
甲田まひる a.k.a. Mappy。バド・パウエルとセロニアス・モンクをこよなく愛する16歳の彼女は(5月24日で17歳)、 Mappyとして世界中に14万人のインスタグラム・フォロワーを持つファッショニスタでもある。そのデビュー作で、 ビバップ(複雑なコード進行を、目まぐるしいスピードで演奏するスタイル)を中心とした、ジャズピアノトリオ・アルバム『PLANKTON(プランクトン)』が5月23日に発売された。ドラムにジャズ界の天才、今最も注目されているミュージシャンの一人・石若駿、同じくベースに要注目バンドKing Gnuの新井和輝を迎え、制作された。収録曲は「クレオパトラの夢」「ルビー・マイ・ディア」「ウン・ポコ・ロ-コ」などバド・パウエルやセロニアス・モンクの名曲の他、甲田まひるのオリジナル曲も収録されている。「ジャズ、ファッション、アートが自分を構成している要素」と語る16歳の少女の目に映るジャズ、そしてその先にあるものは何だろうか?話を聞かせてもらった。
クラシックピアノを習っていた時に、ジャズに出会う。「バド・パウエルとセロニアス・モンクの圧倒的な個性に、一瞬にして心をつかまれた」
5歳からクラシックピアノを習っていた彼女は、ある時ジャズの気持ちよさと出会う。「先生がクラシック曲を、ジャズやラテン風にアレンジしてくれて、それをエレクトーンで弾く機会があって、グループでコンテストに出場していました。アンサンブルの中で私はベースラインを弾いていて、全体を支える役割が楽しかったです。同時に和音にテンションが入った響きがとかが、カッコよくて気持ちいいなって思いました」。
ジャズのノリが大好きになった彼女のために、母親は図書館からジャズの名盤を片っ端から借りて来た。その時8歳の甲田は「正統派のピアニストたちを色々聴いて、いまいちパッとこなかった中、バド(・パウエル)と(セロニアス・)モンクを聴いた瞬間、衝撃を受けました。そこからYouTubeを観まくって、モンクにおいては演奏だけじゃなくて、ファッションセンスも抜群なんだと知ってから、ますます好きになりました。でも実際どうやってジャズを勉強すればいいのかわからなかったので、耳コピして真似して弾くということを、ずっとやってました。バドとモンクは、他のジャズピアニストとは全然音が違って、圧倒的な個性があるから一瞬にして心をつかまれました。何に置いても、完璧で綺麗すぎるものにはあまり惹かれない性格です」。
譜面を見て練習をするのと、とにかく聴きまくって自分で音をとって、繰り返し弾くのとでは、体への染み込み方が違う。彼女はクラシックと並行しながら、ジャズにのめり込んでいった。耳コピでバド・パウエルの音楽を吸収していき、ジャズピアノの本を買ってみたり、アドリブの勉強を始めた。「それまではライヴハウスに行ったり、ワークショップに行ったりしていて、でもセッションに行ってもバドのマネしかできないから、アドリブまで同じように弾いていたので、それから自分のアドリブを始めるまでは時間がかかりました」。
音楽もファッションも個性が大切
小学生の時は、ブルーハーツも大好きだだったという彼女は、“他にはない個性”があるものが、幼い頃から彼女にとって“いいもの”の判断基準になっている。それは音楽だけではなくファッションにも通じるものがある。そんな彼女の個性に、世界中のユーザーは注目し、その注目度の高さは、インスタフォロワー数の14万人という数字になって表れている。彼女のその“こだわり”は、家族の影響が強いと教えてくれた。「母は昔バックパッカーで、インドやネパールを旅するのが好きな人です。ピアスやタトゥーに対しても寛容で、自由に育てられました。兄も20歳で一人で旅に出ているので、私も旅に興味があります。ジャズはアメリカで勉強したいけど、行きたいのは第三諸国です。私が古着が好きなのも母の影響で、母はお金をかけずに自分のスタイルを楽しんでいる人なので、そういう考え方や、育った環境の影響が大きいと思います」。
「小さい頃から音楽で人前に出る時に、ファッションでも楽しませたいという思いがずっとあった」
彼女はピアノの発表会やコンクールでも、みんなと似たようなドレスは気に入らなかった。「やっぱり同じドレスでも工夫したり、違う格好をして個性を出したかったですね。自分の好きな格好じゃないと弾く時のテンションも上がらないし。そのころから音楽で人前に出る時に、ファッションでも楽しませたいという思いがずっとあります。インスタを小6の時に始めてから、私服を遊びでSNSにアップしていたら、声がかかってブログを始めました。やってみると楽しくなって、それからだんだんファッションの仕事を頂くようになってそれが楽しくて。音楽との両立は大変でした」。
彼女がデビューするきっかけになったのは、2017年にライブハウスでセッションしているとき、現レコード会社のプロデューサーに声を掛けられたことから始まる。「その時、秋吉敏子(日本が世界に誇るジャズピアニスト)さんみたいなピアノを弾いている子がいると思ったと言われて、ビバップを弾いている事に興味を持ってくれたみたいでした。しばらくしてレコーディングの話を頂いて、でもまだ自分はアルバムを出すレベルではないと思ったので、最初はその気はなくて、色々なミュージシャンに相談しました。色々な意見があったけど、今回一緒にレコーディングしてくださった(石若)駿さんに、「自分の若い時の録音から学ぶことだってあるし、今の自分の音楽を残しておくのはとても大事なことだから、それができる貴重な機会だと思う」と言われて、考えがプラスになりました。
「自分に染み付いたスタイルと、自分にしかできないことを詰め込んで、とにかく面白いものを作りたかった」
しかし当時、彼女はまだ自分のやりたいスタイルが確立できていないという事もあって、アルバムのコンセプトがなかなか決まらなかった。レコード会社からビバップの作品を、と声を掛けてもらっても、彼女はその時はビバップをCDにしたいとは思っていなかったという。「作品を作る事が決まってから徐々にやりたいことが増えてきて、それを音にしたり、コンセプトとしてまとめるのは難しかったです。自分がずっとやってきたのはビバップで、もちろん入れる予定ではいたけど、ただの昔の曲のカバー集にはしたくなかった。自分のオリジナル曲は絶対入れたかったし、レコーディングまでの間に、ヒップホップにハマったので、そういうテイストのものを入れたり。自分に染み付いたスタイルと自分にしかできないことを詰め込んで、とにかく面白いものを作りたかった」。
スタンダード数曲、バド・パウエルのカバー4曲、セロニアス・モンクのカバーが2曲、そしてオリジナル2曲という構成の1stアルバム『PLANKTON』は、彼女の先人へのリスペクトを感じさせてくれるが、同時に圧倒的なオリジナリティを見せつけてくれる。アルバムのラストを飾るオリジナル曲「マイ・クラッシュ」は、他の曲とは一線を画すビートで、ヒップホップであり、クラブミュージックを演ってくれている。今回トリオを組んだ、石若駿、新井和輝は、ジャズだけでなく幅広いジャンルで活躍している若手屈指のミュージシャンだ。彼らと共に臨んだ3日間のレコーディングは、彼女にとって忘れられない刺激的な時間になったようだ。「駿さんと初めて演らせてもらった時は、とにかく今まで出たことのない自分が出てきた感覚でした。ビバップでもなんでもできるけど、普通のジャズを演っている時も、あり得ないことを演ってきたり、それにピアノが反応すると、また面白く返してくれて、今までビバップだけになっていたのが、そういうこともやっていいんだなという意識になるひとつのきっかけでした。彼と出会って視野が広がりました。「マイ・クラッシュ」はレコーディング2日目に、未完成のまま持って行って、アイディアを出し合ってまとめていって、それをセッションして、3日目に録ったのでライヴ感があると思います」。
日々、様々な音楽に触れ、ミュージシャンとセッションする事で新しい音楽に興味を持ち、彼女は今、貪欲に色々な音楽を自分の中に取り入れている。今回のデビューアルバムも、例えば“次”に何かをやる際、ビバップをしっかりやった上で、新しいことをやる意味があるという考えの元、作っている。次のステップのための前段部分を、記録としてきちんと残したいという気持ちなのかもしれない。「ヒップホップがすごく好きなので、自分でトラックを作ったり、シンセをいじったり、宅録もどんどんやっていきたい。こういうアルバムを出したばかりですが、次やってみたいのは歌です。真ん中に立って、パフォーマンスしてみたい。バンドもやりたいし、でももちろんアコースティックでトリオという編成も好きなので、これから色々な可能性があると思います」。
「私にとっての表現方法が音楽とファッションという昔から一番好きだった2つの要素なので、これからも自然と続くものだと思います」
二刀流どころか、なんでもできる才能の持ち主で、底知れぬ可能性を感じさせてくれる甲田だが、やはり、若い人にもっとジャズを聴いて欲しいという。「若い人は本当にジャズを聴かないから、どうやれば聴いてもらえるんだろうって、いつも考えています。私のことをファッションで知ってくれている子達が、ジャズに興味を持ってくれることも最近増えてきて、そういうきっかけになっているということは嬉しいです。私にとっての表現方法が、音楽とファッションという昔から一番好きだった2つの要素なので、これからも自然と続くものだと思います」。
甲田がバド・パウエルやセロニアス・モンクの音楽と出会い、衝撃を受けたように、ジャズという音楽に甲田を通して出会う若いリスナーの反応が楽しみだ。そして甲田と同じように衝撃を受け、ジャズという音楽の、100年の歴史を辿る旅にも出て欲しい。