Yahoo!ニュース

F35では航空優勢は確保できない アメリカをはるかに凌ぐ中国の空軍力開発ペース

木村正人在英国際ジャーナリスト
日本の航空自衛隊が調達を進めるF35A(写真:ロイター/アフロ)

イギリスの有力シンクタンク国際戦略研究所(IISS)は14 日、世界の軍事情勢を分析した報告書「ミリタリー・バランス2017」を発表しました。ジョン・チップマン所長は「これまで当然とみなされてきた欧米の軍事技術の優位性はさらに試練にさらされる。特に空において中国は欧米と対等に近いレベルに近づいているようだ」と中国の軍事的な脅威を強調しました。

チップマン所長によると、ひと昔前まで旧ソ連やロシアのシステムを真似た兵器を製造してきた中国ですが、国防費を持続的に増やして中国独自の研究・開発・製造を急ピッチで進めています。中国が公式に発表している国防費だけでも韓国と日本の合計の1.8倍で、昨年アジアで支出された国防費の合計の3分の1より多くなっています。

中国海軍

まず、中国の海軍力です。ミサイル駆逐艦の055型3隻の建造が始まり、同052D型が少なくとも13隻実戦配備されるか、建設中です。近代的な水上戦闘艦(潜水艦を含まない)は全天候に対応し素早く探索できるフェーズドアレイレーダー(PAR、位相配列レーダー)が装備されています。

大型補給艦3隻の試運転を行ったことで、中国海軍が公海での作戦を追求していることがはっきりと姿を現してきました。中国はアフリカ東部のジブチで初の海外基地となる中国海軍「補給施設」の建設を進めています。また中国海警局(中国の沿岸警備隊)は海軍の艦艇より大きな巡視船を備えるようになっています。

中国の空軍力

中国の空軍力はアメリカにとって脅威とみなされるようになってきました。中国は研究・開発や軍事的な能力で進歩を遂げ、アメリカが国防力を発展させる唯一の原動力となっています。中国空軍は、航空宇宙分野で限られた国しか開発できない高性能の短距離ミサイルPL10を導入しています。

持続的な投資によって中国空軍は空中から発射できる誘導兵器を製造しています。中国がこの2~3年のうちに空対空の攻撃能力をさらに増すのは必至です。まだ中国の空対空ミサイルは欧米諸国と同等とは言えないものの、こうしたシステムは欧米の類似兵器と対等の能力を持つようになっていくとIISSは分析しています。

中国は世界で最もレンジが長くなる可能性がある空対空ミサイルを開発中です。昨年の演習で確認された全長6メートル近いミサイルで、射程は約300キロメートルです。この空対空ミサイルが配備されると、戦闘機のようには早く動けない空中給油機や早期警戒管制機(AWACS)がターゲットになります。

これまで空中給油機やAWACSが安全に飛べた空域も、もはや安全ではなくなるというわけです。アメリカが南シナ海で実施する「航行の自由」作戦で、空から監視するのが難しくなりそうです。

中国が開発を進めてきた第5世代ステルス戦闘機J20はテスト部隊に配置されています。ロシアの最新鋭戦闘機スホイ35は最終的に中国に引き渡され、2機目の第5世代ステルス戦闘機技術検証機J31が初めて飛行するなど、戦闘機開発も空対空、空対地ミサイルの開発同様、精力的に進められているそうです。

中国の兵器輸出が安保環境を一変

中国はより近代的な兵器を開発するだけにとどまらず、海外に輸出し始めています。昨年、中国がアフリカ諸国に輸出した兵器は旧ソ連時代にデザインされたスタイルから中国独自のものに変わってきました。PL10も輸出対象で、これが世界中に広がると、欧米の空軍による作戦は困難になります。

中国は兵器を装備した無人航空機(UAV)も輸出しており、こうした最先端兵器を欧米諸国から入手できなかった国々も中国から輸入できるようになるため、世界の安全保障環境を一変させる可能性が膨らんでいます。

F35効果は

日本の自衛隊はアメリカの多用途性ステルス戦闘機F35が「中国、ロシアに対する航空優勢を確保するゲームチェンジャー」として調達を進めています。F35の実戦配備を進めるのに、どうして中国の空軍力が欧米と対等に近づいているのか、IISSの空軍専門家ダグラス・バリー氏にいくつか質問してみました。

IISSの空軍専門家ダグラス・バリー氏(中央、筆者撮影)
IISSの空軍専門家ダグラス・バリー氏(中央、筆者撮影)

――日本はF35を調達して対中国の航空優勢を確保しようとしているのに、どうして中国の空軍力が欧米と対等に近づいていると分析したのですか

「中国は過去20年に莫大な投資を行い、J20、空対空ミサイルPL10などの開発を進めています。中国の開発ペースは非常に短期間に進められ、アメリカのそれをはるかに上回っているからです」

「F35は非常に優れた性能を持つ戦闘機ですが、中国が短期間に開発を進めるすべての能力を総合すると、特に空対空ミサイルの射程の長さからF35を取り巻く作戦環境は難しくなります。空中給油機が作戦目標に近づけなくなり、F35の行動範囲も制約されます」

――中国が南シナ海に防空識別圏(ADIZ)を設置する可能性はどれぐらいありますか

「中国の南シナ海での活動はさらに活発化しています。政治環境によるところが大きいです。中国は(アメリカが)どれだけ抵抗してくるか政治的な意思を試しているのだと思います」

――アメリカや日本は中国に対する航空優勢を確保するために何をすべきでしょうか

「制空権を確保するために重要なのはインテグレーション(統合)、国境の垣根を超えたインテグレーションです」

――日本の安倍晋三首相とアメリカのトランプ大統領の首脳会談が行われました。中国に十分なメッセージを送れたでしょうか

「中国に対するメッセージは非常に慎重なものです。中国が継続することを望まない事柄、その一方で経済的に中国は非常に重要だというメッセージを送りました。2トラックアプローチです」

17年度予算で値下げしてもらっても1機当たり147億円もするF35を28機そろえようが、42機そろえようが、100機以上そろえようが中国に対する航空優勢を確保するのは難しくなっています。日米同盟を深化させ、在日米軍と自衛隊を「心技体」のレベルまで一体化させても中国に対抗できなくなる時代がすぐそこまで近づいてきています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事