【W杯現地報告】進撃するイングランド 古豪復活の秘密とは 祖国はEU離脱相が辞任で危機
7大会ぶりのベスト4
[モスクワ発]サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会も準々決勝を終え、優勝杯は、日本代表を終了間際の逆転劇で下したベルギー、フランス、クロアチア、そして古豪イングランドの4カ国で争われることになりました。
サッカーの祖国とは言え、イングランドがベスト4に進出するのは1990年のイタリア大会以来の快挙です。イングランドは7月11日、 モスクワのルジニキ・スタジアムで、デンマークとロシアをいずれもPK戦で撃破したクロアチアと対戦します。
クロアチアの司令塔モドリッチも32歳。2試合連続の延長戦を戦って疲労がたまっているはず。一方、若いイングランドは大いに期待が持てます。
大会前、世代交代で経験不足が懸念されたイングランド代表への期待値は低く、英メディアが「血に飢えたロシア・フーリガンがイングランド・サポーターを狙っている」と不安をあおったため、ロシアでのイングランド・サポーターの盛り上がりは今一つです。
筆者はサマラで準々決勝のイングランド対スウェーデン戦(2-0)を観戦しました。試合後、サマラ・アリーナからFAN FEST会場に向かう路面電車の中で酒に酔ったロシア・サポーター同士が殴り合いのケンカを始めました。
ヘビー級ボクサーのインファイトをリングサイドで観ているような迫力でした。近くに座っていたイングランド・サポーターが我関せずと大人しくしていたのが印象的でした。
EU離脱相が辞任
ロンドンではさぞかし盛り上がっているだろうなと思って、英BBC放送のサイトをチェックしていたら、欧州連合(EU)離脱交渉を担当するデービッド・デービスEU離脱相が8日夜に辞任したという驚愕のニュースが飛び込んできました。
来年3月のEU離脱を控え、テリーザ・メイ首相が最終的に穏健離脱(ソフト・ブレグジット、EU単一市場と関税同盟へのアクセスをできるだけ残す離脱)を決断したため、強硬離脱(ハード・ブレグジット)派のデービス氏は抗議の辞任に踏み切りました。
EU離脱担当の閣外相も辞任しましたが、大物閣僚の辞任が続くようだとメイ政権は崩壊する恐れがあります。しかし、EU離脱交渉を脱線させるとEUから離脱できなくなるため、強硬離脱派も妥協するという読みがメイ首相には働いています。綱渡りのEU離脱と政権運営が続きます。
英紙フィナンシャル・タイムズによると、今年に入ってデービス氏がEU側の交渉担当者ミシェル・バルニエ氏と協議したのはわずか計4時間。英国のEU離脱は本当に大丈夫なのでしょうか。メイ政権はW杯で快進撃を続けるイングランド代表から学ぶ必要があります。
イングランド快進撃の秘密
準々決勝のスウェーデン戦、コーナーキックから身長194センチのマグワイアが代表初ゴールを決めます。GKピックフォードも再三、好セーブを見せます。流れの中から点が取れないと指摘されながらも、イングランドは中に放り込んでヘディングで着実に得点を重ねています。
今大会、得点王争いの首位を走るケインは24歳という若さにもかかわらず、主将の重責を任されました。現イングランド代表の最大の特徴は若さと、派手さはないけれどチームプレーに徹するプレーヤーが多いことです。まさに黙々と働く造船所の労働者というイメージ。4人のプレーヤーに注目してみました。
GKピックフォード24歳。昨年、イングランドのGKキーパーとしては史上最高値でエバートンに移籍。コロンビア戦ではPK戦でシュートを止め、W杯のPK戦では過去3戦全敗だったイングランドを勝利に導く
DFマグワイア25歳(レスター)。昨年8月にA代表初招集
DFストーンズ24歳(マンチェスター・シティ)。マンCでベルギー代表DFコンパニとレギュラー争い
MFトリッピアー27歳(トッテナム)
この4人の名前を聞いてピンとくる人は相当なサッカー通だと思います。
理想の上司ナンバーワン
イングランド代表の黄金時代と言えば、ベッカム、ランパード、ジェラード、ルーニーとタブロイド紙を賑わすチャラ男ぞろい。世代交代の過程の2016年欧州選手権で人口35万人の小国アイスランドに敗北を喫してイングランド代表は大きな転換点を迎えます。
A代表の監督に就任するまでU-21代表の監督を務めていたギャレス・サウスゲイト監督がこれまでの実績や知名度、人気、スター性より、選手の現在の実力と成長力を重視して先発メンバーを決めています。
日本流に言えば、サウスゲイト氏は間違いなく、理想の上司ナンバーワンです。前任者のサム・アラダイス氏が不祥事で解任され、サウスゲイト氏は急きょ、A代表の監督に昇任。「私が想定していたものでも、求めていたものでもなかった」と複雑な胸中を打ち明けました。
決勝トーナメント1回戦でコロンビアとのPK戦に勝利したサウスゲイト氏はPKを失敗したコロンビア選手に寄り添いました。サウスゲイト氏には苦い思い出があります。1996年欧州選手権の準決勝、対ドイツ戦はPK戦にもつれ込み、当時、イングランド代表だったサウスゲイト氏のシュートはドイツGKに止められてしまいます。
サウスゲイト氏の思いやりはこれだけにとどまりません。コロンビア戦に際し、出産立ち会いのためMFデルフの欠場を認めたそうです。英紙デーリー・ミラーによると、サウスゲイト氏は「人生にはサッカーよりも大切なことがある」と話したそうです。
「家族第一」を掲げ、大会期間中も家族と接する機会を設けました。
グローバル化の功罪
プレミアには巨額の放映権料収入を背景に選手も監督も世界中から才能が集まってきます。サッカーファンは最高のプレーが楽しめるのですが、熾烈なポジション争いを強いられる選手は大変です。
規制が撤廃されたプレミアは完全にグローバル化され、イングランド・リーグなのに、イングランド出身選手の出場機会は狭められてしまいます。
国際スポーツデータ会社Optaが13 /14年のシーズン途中に、プレミアに所属する選手のプレー時間を国・地域別に調べたところ、イングランドは32.26%で、07/08シーズンの35.43%より下がっていました。
国・地域別のプレー時間の割合
今季 2007/08
イングランド32.26% イングランド35.43%
フランス8.10% アイルランド6.03%
スペイン6.27% フランス5.91%
アイルランド4.77% スペイン3.20%
オランダ4% スコットランド3.01%
ベルギー3.59% 米国2.89%
スコットランド3.27% オランダ2.66%
ウェールズ3.17% ウェールズ2.52%
ブラジル2.75% ブラジル2.37%
アルゼンチン2.09% 北アイルランド2.34%
イングランド出身選手のプレーする時間が減った代わりに、フランス、スペイン、オランダなどの選手のプレー時間は増加しました。スペインやドイツのリーグでは自国選手のプレー時間はそれぞれ59%、50%と格段に長いため、プレミアは代表チームの強化に貢献していないと批判されました。
アーセナルのアーセン・ベンゲル前監督は「リーグが選ぶ道は2つある。世界中の優秀な選手を集める一方で、世界レベルで通用する自国選手を育成する。もう1つは、自国選手の出場機会を守るため、世界の選手を締め出すことだ」と指摘したことがあります。
プレミアが市場開放ではなくドナルド・トランプ米大統領が主張するような保護主義に走ればロシアや中東のオイルマネー、米国資本は一気に引き上げ、低迷を極めた80年代に逆戻りしかねません。その頃、イングランドのスタジアムは老朽化し、フーリガンが暴れまくり、雑踏事故も起きました。
プレミアはサッチャー改革と同じ道をとり、世界に先駆けてリーグを開放しました。プレミアの人気クラブ、マンチェスター・ユナイテッド、マンC、チェルシー、リバプールのオーナーはいずれも外国資本です。こうした開放政策は日本では「ウィンブルドン現象」と批判的にみられてきました。
しかしイングランドのユース世代はプレミアでレギュラーを獲得できないと世界では通用しないことを自覚し、切磋琢磨してきました。今大会の出場国中、100%国内リーグでプレーする選手で固めているのはイングランド代表だけです。
グローバル化に背を向ければ、待っているのは敗北です。生き残るためには激しい競争の中で己の技と体と心を磨き抜くしかないのです。そのためには若さが重要な武器になることをイングランドの進撃は教えてくれています。
(おわり)