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あの「ヒゲの大使」が中国経済の限界論をぶつ

木村正人在英国際ジャーナリスト

ロンドンにある有力シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で「アジア太平洋の海洋安全保障」をテーマに国際会議が行われた。

欧州はやはりアジア太平洋からは遠いことを改めて痛感させられた。

中国が南シナ海で人工島の建造を進めていることについて、会場から「日本も南シナ海で基地を作っているのか?」とビックリするような質問が出た。

日本はフィリピンやベトナムと連携して、国際社会に対し、南シナ海や東シナ海の現状をまだまだ丁寧に説明していく必要がある。

中国と日本の国防費格差は2020年に8倍

パネラーの1人である防衛省防衛研究所の増田雅之氏(地域研究部北東アジア研究室)に休憩時間に、「英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)が11日の記者会見で、中国の国防費は2019年には日本の5倍になるという予測を披露した」と水を向けてみた。

中国の外交・安全保障が専門の増田氏は「エッ、そんなに少なくありません。研究仲間と試算したところ、20年には8倍の開きが出ていると思います」と言う。

もう日本単独では中国の軍事力に到底、太刀打ちできない状況が目の前に迫っている。

このような現実を踏まえ、議論は、中国の近隣諸国がいかに米国と協力し、南シナ海と東シナ海で既成事実を積み重ねる中国の「サラミ薄切り戦略」を食い止めるかという流れで進んだ。

パネラーとして出席していた中国・上海の復旦大学中国外交政策研究センター所長の任暁教授が「アジア太平洋の悪者は中国だけという議論はいかがなものか」と苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。

中国共産党の二重基準は通じない

任教授は「米国が排他的経済水域(EEZ)内で自分勝手な主張を行っている」と批判した。

沿岸から200カイリのEEZ内では沿岸国の経済開発主権が認められているが、軍事調査については何も書かれていない。米国や英国などを中心にEEZ内の軍事調査は航海の自由の一つとして正当化されてきた。

しかし、中国は自国のEEZ内の軍事調査を認めていない。

これに対して、「中国は米国のEEZ内に軍艦を送り込んでいるではないか」と会場から突っ込まれ、任教授は論理立てて説明できなかった。自分勝手な権利を主張して、相手の権利はまったく認めないという中国の理屈は世界には通用しない。

安倍政権の戦略的広報外交は領土問題や歴史問題にこだわらず、ルールを守りさえすれば誰でもが参加できる枠組みづくりを中核に据えるべきだと筆者は考える。そうするだけで中国の理不尽さが浮き彫りになる。

参加した中国人留学生と懇談すると、「政府には政府の考え方があるかもしれないが、中国の一般市民は日々の生活が良くなるのを望んでいる。豊かな先進国への憧れもある」と中国共産党の方針とは一線を画していた。

政府の仕事、つまり中国共産党に入党しても国際企業で働くより給料が安いので、若者には人気がないという。

米国のアジア回帰政策の本音

ジェームズ・プリスタップ米国防大学国家戦略研究所上席研究員は、オバマ米大統領が唱えるアジア回帰政策について、「米国の対中国政策はこの30年間、一貫している。中国を責任あるステークホルダーとみなす政策は今でもメーンラインだ」と語る。

しかし、その一方でリスクマネジメントとして、米国はこの20年間、アジア太平洋の同盟国との同盟関係を強化してきた。中国の習近平国家主席は「新型大国関係」を唱え、中国の核心的利益に米国は口をはさむなと要求した。

南シナ海や東シナ海で中国は傍若無人に振る舞い、米国と同盟国の信頼関係を根底から揺さぶった。「米国は本当に同盟国を守ってくれるのか」という疑念を払拭するため、オバマ大統領は訪日時、「尖閣は日米同盟の防衛対象」と明言した。

米国はアジア太平洋で自国の信認と威信が崩壊するのを恐れている。オバマ大統領はウクライナ危機やイスラム過激派組織「イスラム国」の脅威が強まったにもかかわらず、アジア回帰政策からみじんも軸足を動かしていない。

米国は日中間で偶発的な軍事衝突が起き、中国との戦争に引きずり出されるのを怖れている。一方、日本国内では限定的な集団的自衛権の行使を容認すれば、「米国の戦争に日本が巻き込まれる」というありもしない議論が活発だ。

プリスタップ上級研究員は、米国のアジア回帰政策はあくまで中国を責任あるステークホルダーとして扱うのが最大の狙いと繰り返した。日本には尖閣問題を上手にマネージしてほしいというのが米国の本音である。

さすがヒゲの大使は違う

さすがと思ったのは元駐英大使の野上義二・現日本国際問題研究所理事長兼所長が、アジア大平洋の安全保障について中国のサラミ薄切り戦略の現状を淡々と説明し、尖閣問題だけに限定せず、ルールに基づいたオープンな枠組み作りを呼びかけたことだ。

「ヒゲの大使」こと野上理事長(筆者撮影)
「ヒゲの大使」こと野上理事長(筆者撮影)

外務事務次官時代、田中真紀子外相との「刺し違え」騒動に巻き込まれたヒゲの大使こと野上理事長は柔らかな物腰と流暢な英語で巧みに聴衆を惹き付けていく。

経済通の野上理事長は、中国の国内総生産(GDP)に占める投資(固定資本形成)の割合が約50%に達しており、1970~80年代の日本の26~30%に比べて高すぎると指摘。中国は過剰だった労働力が不足に転じる「ルイスの転換点」を越えており、「中国は高度成長が続いている間に輸出型から内需型経済に切り換えておかなければならなかった」と強調した。

李克強首相の経済改革リコノミクスはやがて困難に直面するが、中国の国防費はこれまで通り拡大し続けるというのが野上理事長の見方だった。中国の外交・安全保障政策は一段と硬直化していく恐れが強い。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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