Yahoo!ニュース

ハリルJはどこへ向かう?原口らチルドレンは生まれたが・・・。

小宮良之スポーツライター・小説家
サウジ戦2点目後、原口と本田が抱擁する。(写真:ロイター/アフロ)

「来年3月(次のW杯予選)になにが起こるかは分からない。なぜなら、この3ヶ月間、思いもよらぬことが起こった。海外組の80%が所属クラブでプレーしていない苦しい状況だったのだ」

日本代表を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、サウジアラビアを2-1で下した後、チーム展望について述べている。

「しかし、我々は勇気と責任感で苦境を乗り越えた。選手はサウジ戦のようなチームスピリットを維持して欲しい。例えば(香川)真司は怪我を抱えたまま、トレーニングでの痛みに耐え、チームのためにプレーする精神を見せ、後半途中から出て勝利に貢献してくれた。このチームの強みは組織スピリット。誰にも用意された席はない」

ハリルホジッチは、献身性を要求する。本田圭佑も、香川も、長友佑都も、岡崎慎司、川島永嗣ら実績のある選手も、特別扱いはしない。事実、サウジ戦は「本田外し」を断行した。

一方、新メンバーも台頭しつつある。

原口元気はまさに「ハリルの申し子」だろう。挑みかかる意志をプレーで体現できる原口は、指揮官の闘争心を触媒に台頭を見せている。激しいデュエル(1対1)を挑み続け、一向に足が止まらない。集中力が高く、連続性があり、戦闘力の高さを感じさせる。サウジ戦もプレスで足を使った後でさえ、ボールを奪って弾丸のように発射し、ゴールまで迫った。執拗な守備と攻撃の推進力は段違いだ。

日本は予選10試合中5試合を消化し、2位浮上。W杯出場圏に入った(1位サウジから4位UAEと勝ち点1差と混戦)。ちらほらと楽観論まで聞こえ始める。

では、ハリルJAPANの前途は明るいのか?

ハリル好みの選手で世界を勝ちきるのは難しい

ハリルホジッチの選手選考、起用法は、今も正鵠を射ているとは言えない。速さ、強さ、激しさに軸を置いたスカウティング。2015年3月の日本代表監督就任から1年以上にわたって、指揮官は丹羽大輝、藤春廣輝、永井謙佑、宇佐美貴史らを選んでは限界を感じ、を繰り返し、チーム内の競争力を停滞させた。

そのツケを、今年9月にスタートしたロシアW杯アジア最終予選で払うことになった。第1戦、ホームのUAE戦で1-2と敗れる不覚。タイ、イラクには連勝したものの、薄氷を踏む内容だった。そしてオーストラリアには敵地で引き分けた。

監督自身の嗜好で招集した選手の多くが、想定の域を出ない。例えば、オマーン戦で抜擢された丸山祐市は貴重な左利きCBで、空中戦の強さを見せた。しかし右足キックの質が低く、守備の強度が弱い面もあって、ゴール前まで持ち込まれている。ボランチで試された永木亮太も、1点目のショートカウンターの起点になる守備は持ち味を出した。だが球離れが遅く、プレーをスローダウンさせ、テンポを作れなかった。どちらもハリルホジッチ好みの選手だが、世界に打って出ることを考えたら厳しい。

指揮官は、アフリカ人のようなスプリント力や欧米人のような肉体的強さ激しさを求めてきた。結果として、2010年の南アフリカW杯以降、代表を支えてきた本田、香川、長友ら主力が下降線を辿る中、打つ手は乏しかった。言い換えれば、墓穴を掘ったのだ。

旬の選手に救われたハリルホジッチ

結局のところ、危急のハリルホジッチを救ったのは「旬の選手たち」だった。

その筆頭が、ブンデスリーガ、ヘルタ・ベルリンを主力として牽引する原口元気だろう。タイ戦から直近のサウジ戦まで4試合連続得点。左サイドで定位置を確保した。

また、(サウジ戦の前哨戦になった)オマーン戦を経て、主力級の待遇を受けるようになったのが、大迫勇也だろう。大迫は前線のプレーメーカーのよう攻撃的MFにボールとスペースを与えられる。彼もドイツのケルンで好調を維持。むしろ、今月まで呼ばれなかったことが謎だった。

「私はより良い選手を選ぶ。びくびくせず、若手にはチャレンジして欲しい。各自、先発を脅かせるように」。ハリルホジッチは胸を張るが、ようやくポジションを脅かすような選手を選考、起用した、とも言える。

本田を外し、久保裕也を起用した決断は評価されるべきだろう。しかし、代役久保が本田を超えるようなプレーを見せたわけではない。斜めに走り込む動きは脅威を与えたが、サイドで幅や深みを作れず、決定機も逃した。後半から出場した本田は試合勘の不足は明らかだったが、左サイドに流れ、長友との連係から原口の得点を間接的にアシスト。ザッケローニ監督時代の再現のようだったが、その点、代表選手としての経験豊富さを示した。久保が最適解だったか、疑問が残る(活躍度を鑑みたら、齋藤学の出番だったはず)。

ともあれサウジ戦、ハリルJAPANはプレーモデル確立の兆しを見せている。前半はハイプレスで相手の出所を塞ぎつつ、ボールを奪い返すと、攻守の戦術軸である長谷部誠が長短のパスを織り交ぜ、大迫、清武弘嗣、原口らが敵陣に殺到、PKを得た。ポゼッションする力は弱まり、コンビネーションでの崩しも少なくなったが、手数をかけない攻撃がダメージを与えている。リードして後半を迎えると、ブロックを作って相手にボールを持たせ、機を見て強度の高いカウンターを発動。これはオーストラリア戦で見せたリアクション戦術の適用だった。

もっとも、終盤は"脚を使いすぎた"のか、不安も露呈している。ラインが下がり、守備の点と点が離れすぎ、もしくは近すぎ、防御線が機能しなくなった。そして終了間際、サウジ18番の選手に山口蛍、長谷部のMFラインを突破され、右サイドからシュートを打たれ、GK西川周作がブロックするも、跳ね返りを押し込まれた。その後はばたばたとしたまま、どうにか逃げ切った格好だった。

「サウジがすべてのリスクを負って攻めてきて、動揺してしまった」。ハリルホジッチは振り返ったが、世界を想定した場合、相手の拙攻に助けられたシーンも目立った。例えば前半、長谷部、山口蛍が二人して右サイドに釣り出され、単純なワンツーで置き去りにされている。バックラインは攻撃を無防備で受け、ここで吉田麻也が安易に右へ釣り出され、持ち場の裏を突かれ、シュートまで持ち込まれた。一つのミスはあり得るが、連続した場合は見逃せない。

残念ながら、アジアのレベルは欧州や南米と比べると数段低いだろう。欧州ではスペイン、イタリアが同組で、どちらかはプレーオフにまわる。南米ではアルゼンチン、コロンビアがプレーオフの5位を巡り、熾烈に競っている現状だ。

日本にとって、予選突破は至上命題。鎬を削る中、世界と戦う精度と逞しさを身につける必要がある。現状に甘んじたら、W杯では再び跪くことになるからだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事