残業減でも成果アップ、電通式"鬼時短"の経営改革(前編)
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Augmentation Bridge(AB社)代表、元電通「労働環境改革本部」室長の小柳さんは、電通全社の労働時間の大幅短縮を達成し、残業時間を60%削減しました。1ヶ月の削減時間は、なんと全社で10万時間超! 日本企業の働き方を根本から変える画期的なメソッドが詰まった著書『鬼時短』を参考にしながら、驚異の時短術と組織変革の秘訣について伺いました。
<ポイント>
・経営者の本音が改革の鍵。「ダサい会社にしたくない」が社員の心を動かす
・現場の抵抗には理由がある。長年の努力を理解し、リスペクトすることから始めよう
・2年間の集中改革で組織は生まれ変わる。
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○日本企業の現状とは?
倉重:今回は『鬼時短』という本の著者であり、電通の働き方改革をリードした小柳はじめさんにお越しいただきました。最初に自己紹介をお願いいたします。
小柳:小柳はじめと申します。1965年生まれ、今年で59歳のアラカンです。大学を出て88年に、同じ会社に定年までいるつもりで株式会社電通に入りました。その当時のその世代の人間のほとんどはそうであったと思いますが、結果的に早期退職しました。
倉重:何歳で辞めたのですか?
小柳:53歳です。今から5年前、2019年に辞めました。現在はAugmentation Bridge(オーギュメンテーションブリッジ)という会社で、コンサルタントをしています。
倉重:現在は独立されて、働き方改革コンサルタントをされているということですね。今回は働き方改革についてたくさん伺っていきたいと思います。『鬼時短』の中で印象的だったのは、日本の経営者は「工場に関しては徹底的に時短をしてきた」ということです。
小柳:はい、工場で働く方々については「物を持ち上げる」という動作や、動くための動線まで徹底的に効率化していき、原価を円単位どころか銭というレベルまで突き詰めました。本当に多くのメーカーさんが上から下まで改善に燃えに燃えた結果、世界に冠たる日本のものづくりが確立しています。
倉重:一方でオフィスの時短に関してはサボりまくってきたということですよね。
小柳:法務、経理、総務、人事などは、「営業など渉外が苦手な方々の仕事」と誤解されるような時代が長く続きました。「オフィスワークくらい、うまくやっておいてよ」というのが、経営者の正直な気持ちだったと思います。
倉重:現代では、そういった考え方では不十分ですよね。
小柳:近年になってこれら業務の重要性が高まり、法務、経理、IRなど、様々な分野で高度な専門性が求められるようになりました。たとえばサステナビリティ関連の開示義務も増えつつあり、人手が足りない状況に陥っています。
倉重:これは歴代の経営陣が「やっておいて」と丸投げしてきた結果ということですね。
小柳:経営陣が関与しなかったため、各部署が独自に作り上げたローカルルールが乱立し、それぞれを取り仕切る現場の「主」が切り盛りするようになりました。その結果、部分最適かもしれないけれど部門間の連携となると障害となる「無駄」が山ほど生まれています。長年経営者がバックヤードのオフィスワークを軽視してきたツケが、ここ数十年続いているオフィスの長時間労働の蔓延につながっています。
そんな経営者に対して、投資家の要求も変化しています。物を言う株主やアクティビストの台頭により、経営者は株主総会やIR活動に主体的に関与する必要が出てきました。総務や経理などに丸投げして原稿を棒読みすればOKという時代は終わり、今の経営者に求められるのは、スポーツでいえばメジャーリーガーやNBA選手レベルの才能と努力、そして「修羅場をくぐってきた」真の実戦経験です。
倉重:これからの経営は順番待ちで昇進した人ではなく、経営のプロフェッショナルであり、現場をよく理解している人が求められるということですね。
小柳:単に「かわいがられている」から内部昇格した、というだけでは不十分です。現状では、多くの企業がそういった意味で行き詰まっていますね。私が『鬼時短』という本で提案しているのは、経営者がみずから変わるための第一歩として時短を自分自身で率いてみましょうという提案です。経営陣が率先して、まずは時短から始めて見ましょう、これまで見て見ぬふりをしてきた長時間労働前提主義に挑戦してみましょう、とお勧めしています。
倉重:企業文化全体を急激に変えるのではなく、まずは目の前の時短に取り組むということですね。
小柳:はい、むしろ「文化を変える」と大げさに言わない方がいいでしょう。たとえば、取引先との関係の深化にやりがいを感じている社員に対して、文化の変革を強調しすぎると反発を招く可能性があります。大きな変革を掲げるのではなく、期間を区切って、具体的で実行可能な範囲の目標から始めることが、組織改革の現実的な第一歩となります。
倉重:改革には期限を設けるのが重要だということですね。電通の場合は2年間だったそうですが、 なぜ2年という期間だったのでしょうか?
小柳:やはり1年間だけだと大きな改革はやり切れません。といって、3年となると長すぎて反発が起きる可能性が高まります。「2年間の集中的な改革期間を経て、その後は通常の経営に戻ります。2年間だけ従来の行動様式を変えてみてください」と役職員さんにお願いするのがよいと思います。
倉重:この2年という期間設定が効果的だったということですね。
小柳:電通では非常に効果的でしたし、この「2年でやり切るプロジェクトマネジメント」はどの組織でも再現性があると思います。集中的に改革に取り組むことで、組織全体に変化をもたらすことができますし、期限を明確にすることで、社員の理解と協力も得やすいと思います。
倉重:その改革を成功させるための8つの鉄則について聞いていきましょう。
小柳:『鬼時短』に掲げた8つの鉄則は、当時の改革時にそのまま使っていたわけではありません。我々の経験と、チェンジマネジメントの大家であるジョン・P・コッター教授の理論を基礎に、本書で再整理したものです。それは、繰り返しますが、どんな組織でも再現性がある手法だということをお示しするためです。
いまどきは、いくら自分の経験談を語っても、「あなたの場合はそうだったというだけでしょう」と聞く耳をもっていただけません。とくに今の若い方が重視されるのは再現性とエビデンスです。そこで私たちは、世界的に認められているコッターのチェンジマネジメント理論をベースに、電通だけでなくこれまでコンサルティングした実践経験を組み合わせて、8つの原則としてまとめました。
鉄則1「社長は『私欲』で訴えよう」
倉重:まず鉄則1「社長は『私欲』で訴えよう」について詳しく聞かせてください。
小柳:この原則は、リーダーが本音で語ることの重要性を強調しています。通常、コンプライアンスの観点もあり、経営者は無難な言葉を選ぶことが多いです。よく政治家の方が身内向けのパーティで、リップサービスのつもりで炎上していますよね。そういう危機を回避しようと思うと、凡庸なことを言わざるを得なくなります。
ここでいう「私欲」とは、組織の衰退を何としても避けたいという強い想いのことを指しておりまして、その点については本音で、借り物でない自分の言葉で社内外に訴えましょうということです。
倉重:改革の真の動機を語るということですね。
小柳:電通では、山本社長(当時)のこのような本音の発言が非常に効果的でした。どの経営者も、自分が率いる会社が衰退していくのを望まないに決まっています。「私欲」つまり偽りのない想いですから、平時に「変化に対応しよう」という月並みな演説と違って、従業員も「そりゃそうだろう」と納得し、聞く耳を持ってくださいます。
倉重:確かに本当の思いから語っているかどうかは、すぐに伝わりますね。山本社長は「働き方改革をしなければならない」という形式的な言葉ではなく、「電通をダサい会社にしたくない」という本音を語ったわけですね。
小柳:はい、「時代遅れの働き方のせいで優秀な人材に見放され、結果的に顧客や資本市場からも見放される。そんな会社になることは絶対に避けたい」という思いは、誰もが共感できる本音でした。
倉重:そういった真摯な想いは、確かに社員に伝わりやすいですね。
小柳:この「私欲で訴える」というアプローチは、単なる表面的な改革ではなく、会社の存続と発展に対する経営者の切実な思いを伝えることで、組織全体の共感と協力を得るための重要な戦略です。緊急事態には、いつもの安全な形式的な言葉ではなく本音で語ることが、大規模な組織変革の出発点として極めて重要だということです。
「私欲アプローチ」は、どの組織のトップでも再現可能です。社長は自分の正直な話をするところから始めるべきだと思います。「自分はやるぞ、なぜなら、我慢できないから」という姿勢です。とはいえ、これは通常の職制を無視することなので、期間を「2年」と限定する必要があるわけです。
鉄則2「現場が抵抗する『本当の理由』を理解しよう」
倉重:続いて、鉄則2「現場が抵抗する『本当の理由』を理解しよう」について教えてください。
小柳:どんな変革でも必ず現場の抵抗に遭います。抵抗する本当の理由は、意識が低かったり、変化を嫌ったりするからではありません。長年経営陣がオフィスワークを放置してきた結果、各部署が「主」を中心に独自に効率化を図り、どうにか業務を回し続けてきた。そんな中で、お前たちはムダだらけだ、プロセスをすぐに変えなさいと言われれば、不満が先立つのは当然です。現状を否定するのではなく、まずは彼らの長年の努力を理解してリスペクトすることが重要です。これは鉄則4「現場の全てを肯定しよう」につながります。
倉重:「早く帰れて嬉しいだろう」みたいな単純な発想では通用しないということですね。
小柳:はい、そもそも家庭に帰りたくない方もおられますが(笑)、ここでは「長時間労働をいとわない人たち」のことを考えましょう。そういう働き方自体がプライドとなり、成長が喜びになっている人は、驚くほどたくさんいます。
1988年に入社した私の世代とは違い、今の若い方々は「定年まで安泰」という考えを持っていません。優秀な人は、常に自分を成長させてくれる場所を求めています。SNSの普及により、転職したり起業したりして成功した人々の話が日常的に目に入るようになりました。だから成長実感が得られないと、「私だけ取り残されている」という焦りを感じて、毎日山ほどくる転職サービスからのメールに手を伸ばしてしまうんですね。
この事実を踏まえることなく「君たちも早く帰れれば嬉しいんだろう?」などとナイーブな発言をすれば「やっぱりわかっていない」と冷ややかな反発をくらうことになるでしょう。
倉重:かれらは常に転職の可能性を考えているということですね。
小柳:若い世代の持つ「成長意欲」は、彼らにとってはサバイバルするための必須条件なのです。それは自分たちの若い頃とは全然違います。時短や効率化だけでなく、彼らのキャリア不安にも配慮した改革が必要です。
倉重:痛みを伴う変革であっても、その先にある未来をしっかりと対話すれば理解を得られる可能性があるということですね。
小柳:そのとおりです。ただし、その「痛み」について丸投げされることがないことが条件です。
変化にともなうトラブルは、全て経営陣が責任を負うべきです。例えば、電通は従業員が早く帰るようになったことでクライアントからかなり苦情が来ました。その時は、社長はじめ役員たち自身が説明に伺いました。「どうにかうまく説明しておけ」という無責任な言葉だけでなく、実際に行動で示したのです。
倉重:電通は「不夜城」と呼ばれるほど遅くまで社員がいることで有名でした。早く帰るようになったことで取引先からクレームがあったら役員たちが頭を下げて回っていたのですね。電通の事例で、残業代が減った分を賞与原資にしたという話もしていただけますか?
小柳:働き方改革で残業時間が減ると、必然的に給与も減少します。従業員のモチベーション低下につながる大きな問題です。だからこそ山本社長は「残業代が減った分は、全額賞与で還元する」という方針を明確に打ち出しました。これにより従業員の不安を軽減し、改革への理解と協力を得ることができたんです。
倉重:そういった具体的な対策が、改革の成功には不可欠なんですね。
小柳:単に残業が減れば、従業員の生活に直接影響を与えてしまいます。特に若い世代にとっては、将来設計にも関わる重大な問題です。給与面でのフォローアップは非常に重要です。人件費削減で企業の利益が増えて株価はあがる、その一方で従業員の手取りが減る。これでは本末転倒です。それがトップの「私欲」だったとしたら、従業員の信頼を大きく裏切ることになります。
倉重:確かに人件費削減が目的の働き方改革はうまくいきませんね。
DXが嫌がられた本当の理由
倉重:DX化に反対する人々のエピソードも興味深く拝読しました。反対の理由は、実はキーボード操作の問題だったとか。
小柳:本当にDXの必要性を痛感している会社であれば、まず社員がキーボードを「見ずに」打てるかどうかを調べる必要があります。おそらく、ほとんどのオフィスワーカーができないと思います。スマホが生活の中心となった結果、若手社員こそタッチタイピングできない人がたくさんいます。高価なアメリカ製DXツールを全社で導入したけれども、入力デバイスがキーボードだったために使える社員が驚くほど少なかったというケースは珍しくありません。
さらにタイピングを超えて、誤解を恐れずに言うと、私は「小学校5年生の学力」が一つの分水嶺になっていると思います。
倉重:それはどういう意味ですか?
小柳:子どもが算数や国語で学ぶ内容は、小学5年生になると格段に抽象的になってきます。小4までとは非連続の大きな断絶があります。例えば国語では「接続詞」や「敬語」、算数では「割合」が登場し、抽象度が大きく上がります。分数の割り算を理解できない方が、その先の高度な概念を理解できるはずがありません。
倉重:基礎が分かっていないと、先に進めないわけですね。
小柳:実際、「原価に利益率をマークアップして売価を設定する」ような基本的な計算ができない人が、いわゆる一流の大企業にも驚くほどたくさんおられます。学校では「合格点」で次の学年に進めますし、文系の大学入試では数学が必須でなくなったり、人物重視の選考が増えたりしていることも影響しています。結果として、小学5年生レベルの算数や国語の基礎が「完全には」できないまま、大企業に入社してしまい、それなりのポジションについている人がたくさんおられるのです。
ですので会社は学校に代わって、従業員に対して小5レベルの算数と国語のドリルを「満点が取れるまで」取り組ませるべきだと考えています。もちろん「小5のドリル」という言い方では語弊があるので「ビジネス数学基礎」「ビジネス文章作成基礎」といった名称にします。
会社では学期や学年の区切りがありませんから「100点を取るまで」オンラインで取り組んでもらいます。もちろん本人に恥をかかせるのが目的ではなく、それと正反対に、11歳くらいでわからなくなって以来ずっと深層でコンプレックスだったことを、スカッと解消していただくのです。
これとブラインドタッチの習得を組み合わせ、みなさんに「自信」をもっていただくだけで、会社は大きく変わるんですよ。これはいろんなクライアント企業さんで実証しました。
倉重:PCの使い方講座ではなく、より基礎的な能力を恥ずかしくない形で身につけさせるということですね。
小柳:そうです、これは本人を否定するものではありません。ゴルフができたほうが営業に有利なように、ビジネス数学やビジネス文書作成の基礎も一つのスキルとして身につけてもらうべきなんです。
先ほどの「利益率」「原価率」だけでなく、ロジック力については、じつは「相手が何を話しているのかよくわからない」という方々が多くいます。繰り返しになりますが、これは知能の問題ではなく、11歳のときによくわからなくなった後、そのトレーニングを受ける機会がなかったのです。
倉重:改善のために何か特別なドリルのようなものを用意しましたか?
小柳:一般的なドリルをベースにしたものを使いました。単純に分数の割り算をさせるのではなく、ビジネスに関連した問題にアレンジしています。
たとえば「A商品とB商品のマージンが異なる場合、トータルで目標のマージンを達成するには、それぞれの商品をどのような比率で販売すべきか」といった具合です。本質的には鶴亀算のような基本的な計算ですが、ビジネス文脈に置き換えています。
倉重:DXや働き方改革がうまくいかない原因が、実は別のところにあったということですね。
小柳:そうなんです。もちろん、現場のオペレーションの実態を深く理解した上で、上からの改革に反対意見を述べる人もいます。しかし中には単に、「言われていることが理解できず、そのことを知られたくないがゆえに反対する」という人もいるのです。
倉重:そういった人々のプライドを傷つけないよう配慮しているわけですね。
小柳:大人が「お話しがよくわかりません」と告白して恥をかかずに済むように、日本には「理解はするが、進め方が乱暴じゃないでしょうか」という魔法の言葉があります。この言葉さえ叫べば、必ず物事を止めることができる。「社長の『私欲』には共感するが、取り巻きの社長室が上から目線だ」など、後付けの反対理由をいくらでも作り出せてしまうのです。
(つづく)
対談協力:小柳 はじめ(こやなぎ・はじめ)
Augmentation Bridge(AB社)代表、元電通「労働環境改革本部」室長
1965年生まれ、開成高校・東京大学法学部卒。1988年電通入社。電通勤務の最後、2016年から18年まで、社長特命により電通自身の「労働環境改革」にたずさわる。全社の労働時間の大幅短縮を達成し、残業時間を60%削減した。削減時間は全社で1カ月当たり10万時間超に及ぶ。2019年、電通を早期退職し独立。AB社代表として、数多くの企業に時短・業務改革の支援を続けている。