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長引く香港民主化デモで想うこと  民主化は「善」で、中国は「悪」か?

中島恵ジャーナリスト

9月末に香港で始まった民主化デモからもうすぐ1カ月になる。真夏の蒸し暑かったころの気温は徐々に下がり、観光都市香港は1年で最も湿度が低くなり、さわやかなベストシーズンを迎えようとしている……はずだった。

だが、22日に行われた学生団体の代表と政府との初の対話は平行線に終わり、落とし所は見えないままだ。デモは香港の下町、モンコックやアドミラルティなど決まった区域内で行われており、大多数の市民の生活には直接的な影響は及ぼしていないものの、香港経済に大打撃を及ぼし、世界に与えるインパクトも十分だった。日頃、香港=ショッピングとグルメ、というイメージしか持たない日本人でも、今回のデモには驚き、目を丸くした人が多かった。

今も続く香港の民主化デモ
今も続く香港の民主化デモ

デモに関しては世界中のメディアも注目し、香港に飛び、こぞってデモの様子を実況中継した。中には学生ととともに路上に寝転び、夜を明かした記者もいたようだ。とくに欧米メディアはデモの様子を89年の天安門事件を引き合いに出して興奮ぎみに伝え、(私の目から見れば)まるでデモがもっと拡大し、流血の事態になることをどこかで密かに待っているのでは、というふうにさえ見えた。万が一そうなれば世界が再び中国から一斉に手を引き、「反中」「民主化」という立場から、彼らが望んでいる方向に向かうと思っているように感じられた。

それに比べれば、日本のメディアはまだ客観的に報道しているように思えたが、それでも、今回の事件によって、世界がこれほどまでに中国にアレルギーを感じ、民主化=善、中国=悪、香港=かわいそうな存在、として単純化した図式で見ており、デモを煽る姿を見て、私は違和感を覚えた。

私自身、香港が中国に返還される以前に2年間留学した経験があり、香港への愛情は人一倍強い。だが、まるで“西側の代理”として香港を最前線に位置づけし、反中という観点でのみ、この問題を一刀両断してしまう人々やメディアが多いことに疑問を感じた。そのように香港を位置づけること自体が無責任で、(一見、応援しているかのように見えて、実のところ)遠くからヤジを飛ばすだけの他人事のように思えたのだ。

なぜかといえば、ほとんどの欧米メディア、そして日本メディアの記者も、香港人の母国語である広東語を理解することができない。デモを取材していても、通訳がいなければ、何を言っているのかもさっぱりわからず、必死でデモをしている若者の感情や機微を肌で感じることができないからだ。

返還前の1995年当時、留学生だった私は香港駐在の日本の大手メディアの特派員らと食事したことがあるが、その際、私が香港の大学で広東語を学んでいると話すと、特派員たちから鼻で笑われた。「あなた、変わっているね。そんなローカルな言語をやったって、つぶしがきかないじゃない」と言われた。彼らの多くは北京駐在経験があり、香港でも中国語か英語で取材していると話していた。

私が「でも広東語ができなければ、香港の“普通の人々”と会話できないじゃないですか?」と質問すると、彼らは「みんな英語も中国語もできるよ」と真顔で言った。むろん、それは嘘であるのに……。(香港では今でこそ、小中学校で中国語を教え、中国人観光客向けの施設では中国語でサービスしているが、第一言語は昔も今も広東語であり、彼らにとって中国語は外国語のようなものである)。そのとき私は、日本の大手メディアの特派員というのは、政府の高官しか取材しないから本当に実態を知らないのか、あるいはよっぽど街を歩かないで記事を書いている特権階級の人種なのだろうと思ったものだった。

そういう意味で、香港は中国と西側の間に挟まれた「あまり重要でない」地域であり、母国語以外の言語を話す人々ばかりから取材を受ける香港人の悲哀は、中国返還以前から何も変わっていないのではないかと思った。

中国社会とよく似た構造

数々のメディアでも報道されてきたように、この問題には普通選挙導入の手法に問題があるなどの政治に対する不満だけでなく、香港人の日常生活に対する長年の不満が背景にある。政治の問題以上に、日々の閉塞感が非常に大きかったということだ。

所得分配の不平等さを現わすジニ係数では、香港は過去最悪となり、香港人の5人に1人が貧困層に陥っている。就職も、進学も、いいところはすべて中国からやってきた学生やエリート層に持っていかれ、香港人の中間層とそれ以下はそのおこぼれを奪い合う、といった厳しい社会状況が、香港人の不満を募らせていたことは間違いない。たとえ、それがデモという行動に至らなくても、人によって濃淡はあっても、返還後、社会が大きく変わってしまった香港で生きる人々の戸惑いと怒り、そして一部ではあきらめにつながっていたことは確かだ。

これまで私も書いてきたように、香港人の中にも、もともと香港で生まれた人、親が大陸からやってきた2世などさまざまな層があり、同じ若者の中でも、エリートとヤンキーなど階層がある。年齢の階層、所得の階層、学歴の階層、移民の時期の違いによる家庭環境の違いなど、さまざまな階層があるという点で、香港は(移民という問題を除き)皮肉にも、中国社会と非常によく似た構造、同じ問題点を抱えている地域だということができる。人口720万人、東京23区の半分の広さしかない香港でさえ、これほどの格差があるということに私は改めて驚き、それほどあらゆるものが凝縮されている社会で抑圧されて生きる人々の苦しさを思った。

厳しすぎる香港社会の現実

また、今回の問題で梁振英行政長官が「選挙を民主化すれば貧困層に決定権を与えることになる」と発言したことが大きな問題となり、反発を食らっているが、これはおそらく梁長官の本音であろう。普通に考えれば、そうした弱者無視の発言は(たとえ本心がどうであれ)行政のトップとして、してはいけないものであるはずだが、現実問題として、もし本当に民主化したら香港は大混乱に陥るのではないか、という危惧があったのだろう。

高度に経済発展し、生き馬の目を抜く香港では物事のスピードが世界でも有数に速く、何事も論理的に動く。実力重視、現実主義社会で、この街ではあまり建て前というものがない。貧富の差が激しいことはもちろん問題だが、「負け組になるのも結局は本人の責任だ」といった考え方が社会に浸透しているのも事実なのだ。日本とはまったく異なる、それほどここは厳しい社会であることを、我々は認識しておくべきだろう。

海外メディアのお祭り騒ぎ

さまざまなメディアの報道を見ていてなかなか腑に落ちなかった私であるが、どこかのメディアに載っていた、ある女子大生の言葉が心に突き刺さった。

「ここは香港。これは私たちの問題なの」

ああ、そうだ。そうなのだと思った。外国人にはわかりにくい問題がこの香港問題には凝縮されている。むろん、中国問題も、欧米問題も同様だが、こと香港という変化が激し過ぎるこの小さな街の実態を、私たちはこれまでどれほど真剣にウォッチしてきただろうか。それをしなかったのに、今、民主化の急先鋒として香港をだしに使うのは何か間違っているのではないか、と私は感じた。

そして、この光景はどこかで見たことがあったとずっと思っていたのだが、ようやくそのデジャブ(既視感)が何であるかがはっきりとわかった。1997年の香港返還の際の海外メディアのお祭り騒ぎだ。

あの頃、欧米メディアは中国に返還される香港について悲観的な報道を大量に流し、香港人の気持ちも考えずに「香港は死んだ」というセンセーショナルな見出しをつけ、おもしろおかしく騒いだが、香港で暮らす人々はその現実から逃れることはできず、(一部の富裕層はカナダなどに移民できたが)ただ静かに返還の日を迎えるしかなかった。香港に住んでいた人々にとっては、返還前日の6月30日も、7月1日も、同じ1日だった。

返還から数日後、海外メディアは香港から一斉に去り、香港がその後歩んだ困難にほとんど目もくれずにきた。そして今再び、香港はこのような形で世界の注目を浴びることになった。相変わらず、母国語ではない英語や中国語で取材のインタビューを受けながら……。

私も外国人のひとりであるが、このやるせなさに今、胸が強く締めつけられている。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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