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韓国野球レポート2019・NCダイノス、新球場、昌原(チャンウォン)NCパークで開幕

阿佐智ベースボールジャーナリスト
KBO・NCダイノスの新本拠、チャンウォンNCパークマサン

 2011年に韓国プロ野球リーグ・KBO9番目の球団として誕生したNCダイノス。翌2012年から二軍リーグ、フューチャーズリーグに参加し、2013年から一軍リーグでデビューを飾ると、翌年にはポストシーズンにも進出、2016年にはレギュラーシーズン2位で韓国シリーズ進出を果たすなど、今や韓国の強豪チームになりつつある。

 NCが本拠を置く昌原(チャンウォン)市は、2010年に周辺の馬山(マサン)、鎮海(チンヘ)の両市を併合した町であるが、韓国の野球ファンには、馬山の方が通りがいい。球場のある馬山は、かつて同じ慶尚南道(キョンサンナンド)の釜山(プサン)をフランチャイズとするロッテジャイアンツがサブフランチャイズとしていたところなのだ。

ロッテジャイアンツがサブフランチャイズとして使用していた頃の馬山球場
ロッテジャイアンツがサブフランチャイズとして使用していた頃の馬山球場

 NCは、リーグ参入にあたって、ロッテが使用していた馬山球場を暫定的な本拠地とし、これを大幅改装、2016年開幕までに新球場を建設する旨約束していた。しかし、用地の選定が進まず建設は延び延びとなり、結局、旧馬山球場に隣接する競技場を解体した跡地に新球場を建設した。旧馬山球場は、取り壊すことはせず、二軍専用の球場として残すという。馬山は、数万収容の球場が隣接するというなんとも贅沢な町になった。これに伴い、ソウル近郊の高陽(コヤン)市に本拠をおいていたNCのファームは一軍の本拠に移転、一、二軍の連携がとりやすくなった。

旧球場は今後はファームの本拠として使用される
旧球場は今後はファームの本拠として使用される

「野球の町」に突如として現れたボールパーク

 韓国自慢の新幹線、KTXで馬山に到着。かつては山すそを走るローカル線しか走っておらず、隣町と言っていい釜山から鉄道で行くにも不便を感じていた馬山だったが、KTXの開通によって格段にアクセスしやすくなった。

 この町の球場には、もう30年近く前に来て以来、3度ほど訪ねたことがある。駅から歩いて20分ほどだったという記憶をたどって歩き始めるが、なにぶん町がすっかり様変わりしてどちらへ行っていいかわからない。道行く男性に聞くと、自分も今から球場に行くからと、一緒にタクシーに乗せてくれた。「俺は年間シートホルダーなんだ」と、誇らしげにチケットを見せてくれた男性は、球場前のチケット売り場で、韓国語のできない私に、ご丁寧にも席の説明までしてくれて去っていった。

 かつては球場の周囲には何もなかったような気がするが、現在ではショッピングセンターなどが軒を連ねる新市街の様相を見せている。その中にあって、今年開場した昌原NCボールパーク馬山は、その4層にも重なる内野スタンドをもってひときわ目立っている。

 馬山は長い野球の歴史をもっている町らしく、新球場内にできたミニ博物館には1914年から続くこの町の野球の歴史についての展示もなされていた。新球場は当初、合併後の市名、昌原を冠することになっていたが、その野球の歴史の敬意を示し、馬山の名も残すことになった。

馬山では、朝鮮半島に野球が伝わって10年後の1904年から野球がプレーされているという
馬山では、朝鮮半島に野球が伝わって10年後の1904年から野球がプレーされているという

 韓国では、2016年開場の名門・サムソンライオンズの新本拠地、大邱(テグ)サムソンライオンズパーク以来、アメリカで流行のボールパーク様式の球場がブームになっている。昌原NCパークもその流れの中にある。

内野スタンドからは町並みとその背後の山々を望むことができる
内野スタンドからは町並みとその背後の山々を望むことができる

 

 収益性の低い外野スタンドは小さくし、内野には幾重にも重なる巨大スタンドを備える。フィールドは掘り込み式にすることで、観客の視線をしばしば邪魔するスタンドの出入り口を下層スタンドからなくし、かつ、内野席からはフィールドだけでなく、外野席の背後の風景も望めるようにしているのだ。高い内野スタンドは、その最上層からはこれまでにない角度からのフィールドの眺めを楽しむことができ、町の新たなランドマークにもなっている。

メジャーの球場を思わせるようなアングルから野球を見ることができる
メジャーの球場を思わせるようなアングルから野球を見ることができる

とにかく楽しい。これぞボールパーク

外野側にある球場正面入り口にあるオブジェ
外野側にある球場正面入り口にあるオブジェ

 この新球場は、とにかくプロ野球をエンタテインメントとして楽しめる趣向であふれている。

 まず球場の玄関口には野球をモチーフにした巨大なオブジェがそそり立っている。これを見ただけで来訪した野球ファンのテンションは上がるに違いない。そもそも、この球場の玄関口じたいが、従来の球場とは違う。我々の常識では内野メインスタンドの正面というのが相場なのだが、ここでは、外野スタンドが低いという特性を生かして、バックスクリーン側がメインゲートの役割を果たしている。これにより新市街の大通りからは、巨大な内野スタンドが丸見えで、これまでプロ野球に興味がなかった人にも、新たに誕生したエンタテインメント空間をアピールできる。

 また、球場全体を囲う通路は、内外野下層スタンドの上部にあるので、すべての席の観客がどの入り口からでも入場でき、試合中も自由に場内を周遊できる。日本の球場では、席ごとに入場口が指定され、中には、いったん自席から離れたゲートからの入場を余儀なくされ、入場後戻らねばならないということも多々あるが、ここではそのようなわずらわしさは一切ない。

場内を歩き回るマスコットに子供たちだけでなくノリのいい韓国人の大人たちも大喜びだ
場内を歩き回るマスコットに子供たちだけでなくノリのいい韓国人の大人たちも大喜びだ

 

 場内を観客が周遊できるようにしているのは、その通路にあるフード、ドリンク、グッズのショップに誰もが立ち寄れるようにするためである。内野スタンドのレフト側の端にはガラス張りのビルが建っており、ここは1階がチームのグッズショップ、2、3階は観戦可能なテラス席のあるレストランとなっている。来訪者は席種にかかわらず、これら購買スペースに足を運ぶことができるのだ。

レフトポール近くにあるガラス張りのビルは外から見るとショッピングモールにしか見えない
レフトポール近くにあるガラス張りのビルは外から見るとショッピングモールにしか見えない

 

 また、外野には5段のテラスになった芝生席、ポール際に両軍のブルペン、外野通路には鉄板焼きができるパーティー席があり、たとえ野球のゲームに興味がなくなったとしても、散策ができ、また、様々な席種を見ることで次の観戦計画を立てることができるような工夫がなされている。

レフト側外野席はテラス上の芝生席になっている
レフト側外野席はテラス上の芝生席になっている

通路に出てしまうとフィールドから切り離されてしまうことの多い日本の球場と違い、ここでは、ラグジュアリーボックスのある3,4層目を除いて通路からもフィールを望むことができる。

広いコンコースが回遊性を増している
広いコンコースが回遊性を増している

 

 この状況を可能にしているのは、コンコースと通路の広さだ。日本の球場の多くは、大入りにでもなろうものなら、通路は通勤ラッシュの駅並みの混雑になるが、休日を楽しもうというのに、売店やトイレに行くために人をかき分け進まねばならない状況を作り出しているスタジアムのつくりに、観客の心地よい観戦に関して根本的な配慮がなされているとは思えない。大きな上層スタンドを備えながら、エレベーターは1、2か所、エスカレーターもないとなれば、満員を想定して造ったのかどうかも疑ってしまう。野球の本場、アメリカではこれらを各所に配備して試合後観客が速やかにスタジアムから退出できるよう配慮されている。昌原NCパークもそれにならい、エスカレーター、エレベーターとも完備している。

試合展開に合わせて照明も変化する
試合展開に合わせて照明も変化する

 そして、ここではナイター照明さえもエンタテインメントの道具と化している。ホームチームの選手にホームランが出れば、そのバッターがダイヤモンドを一周する間、最新鋭のナイター照明は点滅し、フィールドはライブ会場のようになる。また、韓国では日本でいうラッキーセブンに(こちらでは8回だが)、スタンドのファンが応援団の音頭で一斉にスマホのライトを点灯させ左右に振るパフォーマンスがよく行われるのだが、ここでは、その際、ナイター照明をいったん暗くする演出も行う。この球場に限ったことではないが、韓国の野球ファンは、思い思いのかたちでスタジアムでの経験をとにかく楽しんでいる。ファンの表情を見ていると、こちらも楽しくなってくるほどだ。韓国名物のチアリーダーに先導される応援をするもよし、じっくりゲームを観るもよし、親しい人と食事を楽しむもよし、そういう韓国の観戦文化の多様性に対応したスタジアム建設を今、韓国球界は進めている。

内野席でのチアリーダーに先導されての応援パフォーマンスは、今や韓国の野球文化に欠かせないものになっている
内野席でのチアリーダーに先導されての応援パフォーマンスは、今や韓国の野球文化に欠かせないものになっている

 平成の初め頃、私はこの新球場に隣接する旧球場で草創間もない韓国プロ野球を観た。その時の韓国プロ野球には、当時の日本で消えつつあった「昭和」がみなぎっていた。古めかしいスタンドに集まる、焼酎をあおって赤ら顔の中年男、ホームランが出れば外野席のファンが打ち上げ花火を上げていた。内野席の屋根には、どうやって登ったのだろう、勝手に侵入したファンが、「高みの見物」を決め込んでいた。

 その韓国プロ野球は、日本で平成が終わろうとする今、すっかり洗練され、日本の先を行っているように見える。

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 NCはこの新球場で今シーズンの開幕を迎えた。開幕戦はソールドアウト、2万2000人の満員だったと球団スタッフは胸を張っていた。

 

(写真は全て筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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