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イクイノックスで有馬記念を制したルメールが、振り切ったアーモンドアイの亡霊とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
有馬記念を制したイクイノックスと鞍上のC・ルメール騎手

指揮官との信頼関係

 イクイノックス(牡3歳、美浦・木村哲也厩舎)をグランプリホースへと導いたクリストフ・ルメール。レース後の合同会見で、笑いに包まれるシーンがあった。最後にファンにひと言、と言われた勝利ジョッキーは「イクイノックスは……」と言おうとして誤って「アーモンドアイは……」と言ってしまったのだ。

 「勝負服が同じなので間違ってしまいました」

 本人も吹き出しながらそう言ったが、実は言い間違えた理由が他にもあった。

有馬記念直後のクリストフ・ルメール騎手
有馬記念直後のクリストフ・ルメール騎手

 有馬記念(GⅠ)の1週前追い切りでイクイノックスに跨ったルメールは「天皇賞の疲れもなく、良い状態」と手応えを掴んだ。

 レース当日のパドックでも「落ち着いていて良い」と感じた。そこで指揮官と、作戦面等の話があったのかと問うと、かぶりを振って答えた。

 「木村先生とは前日の土曜日に、枠順(9番)について話しました。ゴチャつかなくて良い枠という意見で一致しました。作戦についてはいつも全部、僕に任せてくれます。すごく信頼してくれていて、今回も何の指示もされませんでした」

強い信頼関係で結ばれる木村哲也調教師(左)とルメール騎手
強い信頼関係で結ばれる木村哲也調教師(左)とルメール騎手

折り合いの不安が的中

 パドックまでは落ち着いていたイクイノックスだが、しかし、返し馬に移ると、考えていた以上にテンションが上がった。

 「僕が追い切りに乗ったのは1週前だったけど、その後の最終追い切りもあって、大分気合いが乗ってきたようです。返し馬は、勢い良く出て行ったので、折り合いを欠く心配をしました」

 ゲートの中ではジッとせず、ガチャガチャと動いた。

 「ただ、それはいつもの事なので、大きな不安にはなりませんでした。スタートはまた出ないかな……くらいには思いましたけど……」

 ところがそんな心配を他所に、前扉が開くとポンと飛び出した。

 「ビックリするくらい絶好のスタートでした。でもその後、自然と中団になりました」

「落ち着いていた」とルメールが語るパドックでのイクイノックス
「落ち着いていた」とルメールが語るパドックでのイクイノックス

 1周目のスタンド前まではリラックスして走った。そこで周囲の並びを見直した。

 「目の前にはエフフォーリアがいました。レース前に注意しなくてはいけないと思ったのはタイトルホルダーとヴェラアズール。タイトルは右前に見えて、逃げているのが分かりましたが、ヴェラアズールは視界に入らなかったので自分より後ろにいるのだと思いました」

 ペースは遅いと感じたそうだが、だからといって「タイトルホルダーに残られちゃう心配をしたわけではなかった」と言い、更に続けた。

 「タイトル以外に行きそうな馬がいなかったので、ペースは予想通りでした。それよりもイクイノックス自身の走りに集中し、注意していました」

 すると、実際にそうしておいて良かったという事態が起きた。

 「向こう正面に入るとイクイノックスが行きたがりました。掛かってしまったんです」

1周目のスタンド前を通過するイクイノックス。「この時点ではリラックスしていた」(ルメール)が、向こう正面に入ると、折り合いを欠いた
1周目のスタンド前を通過するイクイノックス。「この時点ではリラックスしていた」(ルメール)が、向こう正面に入ると、折り合いを欠いた

アーモンドアイの亡霊を振り払う

 そこでレース前から考えていた一つの事が頭を過ぎった。

 「アーモンドアイが有馬記念(19年)では掛かって、最後はバテてしまいました。彼女ほどの強い馬でも折り合いがつかないと負けてしまう。イクイノックスには自信を持っていたけど、行きたがると最後に伸びない可能性は充分にある。この不安はレース前から持っていました」

19年の有馬記念で、折り合いを欠き、まさかの9着に敗れたアーモンドアイとルメール
19年の有馬記念で、折り合いを欠き、まさかの9着に敗れたアーモンドアイとルメール

 そんな不安が的中してしまったかと思えた。だから、抑えた。

 「でも途中で息が入ったので『大丈夫だ』と感じ、切り替えました」

 3コーナー。ゴールまでまだ600メートルある地点で、抑えるのをやめ、進出した。掛かった上にこれほど早く動く事に不安はなかったのか……。アーモンドアイでさえ掛かれば苦しくなるというのを、身をもって知っている男だけに、尚更“よく動いていけたな……”と思うのだ。

 「あそこから動けば、普通の馬なら坂を上るあたりでバテてしまうと思います。でも、イクイノックスの能力を僕は信じました。彼なら大丈夫だと思い、行かせました」

 3~4コーナー。相変わらず前にエフフォーリアがいた。

 「去年のエフフォーリアならそのままついていけば上がっていけると思うけど、今年の感じだと、下がってくる可能性の方が高いかと考えました。だからそうなった時に邪魔にならないように、早目にエフフォーリアの外へ出していきました」

 こうして直線へ向いた。エフフォーリアが先頭に立とうかというシーンを作ったが、その時、すでに並ぶ勢いでイクイノックスが忍び寄っていた。

 「後ろは気にせず、前だけにアテンションしていました。タイトルホルダーの手応えが悪いのは分かったので、エフフォーリアとマッチレースで伸びて行くかと思いました。でも(エフフォーリアも)あっさりかわしたので、アッという間に先頭に躍り出ました」

直線抜け出したイクイノックス
直線抜け出したイクイノックス

 すると、次の刹那、後続の蹄音が聞こえなくなった。

 「後ろから迫ってくる音が全くなかったので、突き放したかな?とは思いました。それで途中で一度、後ろを振り返ったら、本当に誰もいませんでした。その瞬間、勝ちを確信しました」

 こうしてイクイノックスは2着のボルドグフーシュに2馬身半の差をつけ、ゆうゆうとゴールに飛び込んだ。アーモンドアイの亡霊に脅かされる事なく、ゴーサインを送ったルメールも立派だが、それに応えたイクイノックスも凄い。キャリア最速6戦目でグランプリホースとなり、年度代表馬の座もグッと引き寄せたイクイノックスはまだ3歳。「お父さんのキタサンブラックも年齢を重ねてどんどん強くなっていったので、今後が楽しみです」とルメールが語るように、来年以降、アーモンドアイにどこまで迫れるのか。期待したい。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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