優勝争いが佳境を迎えるなでしこリーグ。「追われる側」から「追う側」へ、ベレーザが迎える正念場
【佳境を迎える優勝争い】
過ごしやすい秋となり、スポーツ観戦にはいい季節だ。
なでしこリーグはコロナ禍で入場者数を制限(開放する客席の50%以下)し、感染対策を徹底した中で実施されているが、開幕から2カ月半、スタンドではサポーターや観客が新しい観戦様式で試合を楽しむ姿が見られるようになった。
歓声や手拍子は禁止されてきた(10月1日に更新された新型コロナウイルス感染症対応ガイドラインによると、10月から手拍子は可)が、その代わりに、ピッチ上の監督や選手の声がよく聞こえる。その緊張感を味わいながら攻防を楽しめるのは、やはりスタジアム観戦ならではだろう。
10月のなでしこリーグは見どころが満載だ。残すところ7試合。優勝争いはここから佳境を迎える。
10月2日現在、首位を快走しているのは浦和レッズレディースだ。2014年以来6シーズンぶりのタイトル奪還に向けてチーム一丸となっており、勝負強さが光る。一方、リーグ5連覇の女王日テレ・東京ヴェルディベレーザは現在、浦和と勝ち点「6」差の2位につけている。自力優勝は厳しい状況だが、希望を繋ぐためにも10月が正念場となりそうだ。11日に首位の浦和との直接対決があり、その後、4位のINAC神戸レオネッサと対戦する。今季はどちらにも敗れており、リベンジマッチとなる。そして、11月は第1週に3位のセレッソ大阪堺レディース戦があり、上位3連戦だ。浦和はINAC、C大阪堺との上位対決を1勝1分ですでに終えている。
実際のところ、勝負はまだどうなるかわからない。前半戦の9試合でわずか1勝と苦しんだジェフユナイテッド市原・千葉レディースが直近の2試合でベレーザとINACの上位陣に連勝し、同じく下位に沈んでいたマイナビベガルタ仙台レディースも連勝して調子を上げている。“下剋上”で上位進出を窺う5位〜10位の各チームが底力を発揮して、上位レースにもうひと波乱起こす可能性もある。
【「産みの苦しみ」と新たな試練】
18年と19年、ベレーザは獲れるタイトルをすべて獲ってきた。だが、今季は10節のINAC戦で浦和戦に続く今季2敗目を喫し、11節のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦も敗戦。連敗は14年以来で、浦和との勝ち点差は一時「8」まで開いた。
ここ数年続いていた「ベレーザ1強」の勢力図が変わりつつある背景には、まず、昨年から森栄次監督の下で継続的な強化を実らせている浦和の躍進がある。
一方、ベレーザは3年目の永田雅人監督の下、チームを再構築中だ。昨年まで得点源だったFW田中美南とFW籾木結花が移籍し、フォーメーションは昨年までの4-3-3から今年は4-4-2になった。これまで両サイドに張ることが多かったFW小林里歌子とFW植木理子が2トップを組み、司令塔のMF長谷川唯は中央から左サイドやトップ下でプレーすることが多くなった。試合中のポジションは流動的だが、選手の顔ぶれと配置が変わったことで、ビルドアップやフィニッシュに至る流れも大きく変化している。8月末のオンライン取材で、小林はチーム戦術の変化についてこのように表現していた。
「去年はワントップでどっしり構えて、両サイドが張る形で縦に速い選手を置く4-3-3のフォーメーションで、ポジショニングによって決まるサッカーでした。今シーズンは(前線の)人が抜けて、どのようなサッカーで個人の良さを引き出せるかを考えた時に、4-4-2に見えて、攻撃時は少し変則的な形も取るサッカーに取り組んでいます。自分たちのフォーメーション以上に、相手のサッカーを見て自分たちがどうするべきかを考える力が必要だし、まだまだ成長できると思います」
新たなサッカーにチャレンジする中で、ベレーザは「産みの苦しみ」を味わっている。永田監督は18、19年と、“個の成長を促しながら組織の選択肢を広げる”チーム作りをしてきた。そのためのプレーモデルを提示し、各選手の従来の個性を強化する形で、局面のテクニックや個人戦術を磨き、判断の選択肢を増やせるよう促してきた。結果が出ている時でも新しい課題に挑むリスクを冒し、勝ちながらチームをアップデートしてきた。
そうした中で今季、チームを新たな試練が襲った。ケガ人の多さだ。5節を消化した8月中旬に、DF土光真代が右膝前十字靭帯損傷と半月板損傷で全治約8カ月と診断され、サイドバックのDF清水梨紗が左鎖骨骨折で全治約8週間と診断された。また、サイドバックのDF宮川麻都が6、7節を欠場。同じく、サイドバックのDF遠藤純も11節以降は欠場が続いている(宮川と遠藤の詳細は発表されていない)。特に守備陣に負傷者が多く、4バックが固定できない状況が続いていた。
ポジティブな要素もある。センターバックのDF村松智子と、複数のポジションでプレーできるMF中里優が復帰していることや、生え抜きの若手選手たちが主力の自覚を持って堂々とプレーしている。だが、チーム全体が新たな取り組みを進めていることもあり、一つの形を成熟させるための時間は必要だ。一方、5連覇を果たした女王として見られるプレッシャーもあるはずだ。
15年からのリーグ5連覇を最後方から支えてきたGK山下杏也加は、9月中旬のオンライン取材時に「以前よりも余裕はないです。何年かぶりに自分たちが追う側になって、それに慣れていないのはあると思います」と、結果が出ないことへの辛さを吐露した。失点に直接関わるGKは、敗戦の責任を特に感じやすいポジションだろう。だが、突破口がピッチにしかないことも、山下はわかっている。
「攻撃も守備も、自分たちからアクションしていくのがベレーザのサッカーです。でも、一つ(判断を)間違えればずれて(ミスになって)しまう。そうしたマイナスを出さずに賢くサッカーをして、勝っていく必要があります」
【過去最多ゴールを更新】
第12節の伊賀FCくノ一戦は、開幕戦以来の無失点勝利で連敗をストップさせたこと、また、清水が予定よりかなり早く復帰したことで好転の兆しを感じた。
前半は厳しい内容だった。立ち上がりから伊賀の強いプレッシャーに押されてパスが乱れ、セカンドボールも奪われる苦しい時間が続いた。ビルドアップの連係ミスを狙われ、シュートを浴びた。だが、決定的なピンチを山下のファインセーブなどで凌ぐと、43分に待望の先制点が生まれる。宮川のパスを相手陣内左サイドの深いスペースで受けたMF木下桃香のクロスに、小林がヘディングで合わせてゴールネットを揺らした。
1点リードで迎えた後半、右サイドハーフにMF宮澤ひなたが入り、右サイドバックに清水が1カ月ぶりに入った。すると、清水は最前線まで上がって相手守備陣の注意を引きつける。それによってベレーザは全体のポジションが流動的になり、選手同士の距離感が安定した。その中で、水を得た魚のように躍動したのが背番号14だ。後半は、長谷川の独壇場と言っても良かった。
60分、小林のパスを自陣で受けると、ドリブルで一気にスピードアップ。ゴールまで40mぐらいの位置から軽やかに左足を振ると、鮮やかなロングシュートが決まった。その後も、長谷川が相手の最終ラインの背後に絶妙のフィードを何本も送り、小林や宮澤が惜しいシーンを作った。そして75分、自陣中央から相手陣内にフィードを送ると、宮澤が抜け出して3点目を決め、試合を決定づけた。
周囲との連係の中で、ピッチ上の自由を得た時の長谷川は、一見、とても簡単にプレーしているように見える。良いプレーにつながる「認知・判断・実行」のプロセスが傑出しているからだろう。今季のゴール数は、なでしこリーグにデビューした13年以来、最多の「5」を記録。この数字はまだ伸びそうだ。ゴールが増えている理由を、長谷川はこう明かしていた。
「去年は4-4-2のボランチをやることもあり、後ろで組み立てることが多かったのですが、『今年は前で仕事をしてもらいたい』と監督から言われていました。ポジションが(ボランチから左サイドに)変わってゴールに直結するプレーが自然と増えましたし、サイドは中盤と違って、トラップの置き場所によって相手の逆をとれることが多いです。中盤では足元で止めて何でもできるプレーを選んでいましたが、今は突破するためのプレーを意識しています」
ピッチ全体の選手の動きを俯瞰したような視野と、卓越した技術。進化を続ける長谷川のプレーは、やはりスタジアムで見たい。
ベレーザは次節、10月3日にアウェーの相模原ギオンスタジアムで、9位のノジマステラ神奈川相模原と対戦する。
浦和がこのまま6年ぶりの優勝へと突き進むのか、それともベレーザが逆転優勝に望みを繋ぐのか。注目カードが多い10月のなでしこリーグから目が離せない。
※文中の写真はすべて筆者撮影