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映画『異人たち』と『リプリー』で話題のアンドリュー・スコットは今、最も注目すべきトレンドセッター

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『異人たち』のロンドン・プレミア

先週末公開された映画『異人たち』では、1980年代のロンドンを舞台に、高層アパートに1人閉じこもって暮らすゲイの脚本家、アダムが、幼い頃に亡くしたはずの両親が今も変わらずに暮らす温かな実家と、対照的に殺伐とした”現実”の間を往復する様子を追っていく。自身もゲイであることを公表している監督兼脚本のアンドリュー・ヘイは、まさに同じ時代に青春時代を送った人物。物語に描き込まれた同性愛嫌悪、エイズ、カミングアウト、そして、寛容と喪失というテーマが観る者の心に深く刺さるのはそのためだろう。

『異人たち』で光るポロと二の腕
『異人たち』で光るポロと二の腕

アダムを演じるアンドリュー・スコットが着る80年代を代表するアイテムも時代を物語る重要なツールだ。アダムが関係を深めていく隣人でゲイのハリー(ポール・メスカル)とクラブに繰り出す時や、駅のホームに立つ時に着ている、襟と袖に白いラインが入ったポロシャツは’80年代独特のデザイン。短めの袖からアダムの鍛え上げた上腕二頭筋が盛り上がっている。アダムがエレベーターにハリーと同乗する時のハリントンジップジャケットのダメージ具合もいい。裏地がタータンチェックなんて同じ時代を知っている世代にとっては懐かしすぎる。

高層アパートから外を眺めるアダム
高層アパートから外を眺めるアダム

衣装デザイナーのサラ・ブレンキンソップは『ロブスター』(2015年)でヨーロッパ映画賞の衣装デザイン賞を受賞している服作りの達人。しかし、真のデザイナーは体型からアダムを作り上げたアンドリュー・スコットかもしれない。さりげないようで実は筋肉の分量を意識したその体型は、与えられた衣装から時代を表現するのに大きく貢献している。

この記事のテーマは『異人たち』から続くNetflixの『リプリー』へと至るアンドリュー・スコットのオン&オフ・ファッションだ。劇中ではもちろん、レッドカーペットでも彼のコンセプチュアルな服選びと着こなしは語る価値があるからだ。例えば、L.A.で開催された『異人たち』の特別試写会では、エメラルドグリーンのスーツにランバンのルーズなリボンのシャツを合わせ、イタリアのハイブランド、スカロッソのブーツ(翡翠色!!)が一番下でその日のコーデを締めていた。リボンシャツは今のトレンドで、スコットは他でも似たようなシャツでジェンダーフリー(彼自身はゲイであることをカミングアウトしている)、モードフリーぶりをアピールしている。今やスコットはティモシー・シャラメに続くメンズファッションのイノベーターなのだ。

『異人たち』のL.A.試写会
『異人たち』のL.A.試写会

勿論、影には腕利きのスタイリストがいる。ウォーレン・アルフィ・ベイカーだ。スコット以外にも、アンドリュー・ガーフィールド、グレン・パウエル、マット・ボマー、ルーカス・ヘッジス、パトリック・デンプシー等を顧客に持つベイカーは、特にスコットに対しては1950年代のレトロなハリウッドを意識した衣装を提供するよう心掛けているのだとか。ベイカーは『異人たち』のロンドン・プレミアでもスコットのために、韓国の人気ブランド、ルヴィルの薄いピンクのダブルジャケットと、L.A.のコンテンポラリー・ブランド、ヴィンスのシルクパンツを用意。どちらも上級の着こなしが要求される組み合わせだが、スコットは少し照れながらもフリーでレトロな服を自分のモノにしていたと思う。

美しい『リプリー』の劇中ショット
美しい『リプリー』の劇中ショット

『リプリー』はどうだろう。どの過去作よりもパトリシア・ハイスミスの原作に忠実な映画化と言われている最新作では、主人公の詐欺師、トム・リプリー(スコット)が1960年代のニューヨークに始まり、やがて、イタリアに渡って他人になりすますことで自信を身につけていくプロセスが服によって表現されている。イタリアのローマでは洗練された仕立て服を着ているリプリーが、その後、ナポリやパレルモでは街の風景に合わせてプリントのリラックスしたシャツを選んでいるのが見どころだ。それら、服のディテールが精密なモノクロ画像によってカラーよりもむしろリアルに伝わってくる点にも注目してほしい。衣装デザイナーのマウリツィオ・ミレノッティ(『マレーナ』2000年ほか)とジョヴァンニ・カザルヌオーヴォ(『ジュリエットからの手紙』2010年ほか)は、画像はモノクロでも作る服のカラーパレットを意識したという。映画の衣装は映像と無縁ではいられないのだ。

『異人たち』の’80年代、『リプリー』の’60年代、レカペでの’50年代と、アンドリュー・スコットが服で表現するレトロ志向は、今や彼の個性として根付いている感がある。スコット自身も、クロップド丈に代表される’50sファッションのファンで、昨今のレッドカーペットでジェンダーレス化が進んでいることにも大賛成だとか。そして、少なくとも現時点で、劇中でもオフでも服選びが明確かつスタイリッシュなセレブリティの筆頭は、アンドリュー・スコット以外に思いつかない。

ここでもレトロなスコットと共演のダコタ・ファニング@『リプリー』のパーティ
ここでもレトロなスコットと共演のダコタ・ファニング@『リプリー』のパーティ

『異人たち』公開中

©2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

Netflixリミテッドシリーズ『リプリー』独占配信中

Philippe Antonello/Netflix © 2021 Netflix, Inc.

Getty Images for Netflix 2024 Getty Images

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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