アカデミー賞作品賞候補!「世紀の貧乏クジ」を引いたトム・ハンクスの運命は?
アカデミー賞のノミネート作品が発表されましたねー。リアルな「アカデミー賞最有力!」が出揃ったわけですが、今回はその中の一本『ブリッジ・オブ・スパイ』をご紹介します。1960年台に実際にあった米ソ東独の人質交換を描いた作品は、スピルバーグ監督でトム・ハンクス主演という鉄壁の布陣で、最有力、とまでは言いませんが、余裕しゃくしゃくのノミネート。もちろんすごく面白く、グッとくる作品です。ということで早速、物語からいってみましょう。
ストーリーは1950年代のアメリカからスタートします。第二次大戦後に始まった冷戦の真っただ中のこの時代、ソ連との諜報合戦や軍拡競争(1949年にソ連が原爆の開発に成功)を正当化するために、世の中には共産主義や核爆弾の恐怖をプロパガンダが溢れていました。冒頭で子供たちが『ダック&カバー』というアニメはを見ているんですが、これは当時の教育映画。「原爆が落ちたら蹲って頭を隠せば大丈夫!」と陽気に歌うもので、蔓延する核爆弾の恐怖と、その実何も理解していない、アメリカ社会のアホらしさが垣間見えます。
さてそんな中、ソ連のスパイ、ルドルフ・アベル(マーク・ライランス)が逮捕され、裁判にかけられることに。この裁判で彼を弁護するハメになったのが、大手弁護士事務所の敏腕弁護士ジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)です。これが彼にとって「世紀の貧乏クジ」であるのは、この裁判は「アメリカの法律はあらゆる人間の前に平等である」というお題目を世界に示す形だけのもので、実際は全アメリカが「死刑にしちまえ!」と思ってるから。
でも葛藤の末に引き受けた彼は、当たり前のように頑なに沈黙を守り静かに運命を受け入れようとするアベルと接し、自分も自身の信念――「アメリカの法律はあらゆる人間の前に“本当に”平等である」――を貫くと決め、無期懲役を勝ち取ります。「死刑判決」を出す気満々だった裁判官に、「確かに、一理ある」と思わせたドノヴァンの理論展開は「ソ連にアメリカのスパイが捕まった時、人質交換の切り札になる」というもの。これが数年後に現実のものとなり、ドノヴァンはその交渉人をするハメに。ただし高度な政治的判断から「政府はこの件に一切関知していない」ので、命懸けの交渉をたった一人で行わねばならず、ドノヴァンはまたしても「貧乏クジ」を引くハメになります。
見どころは――っていうか、スピルバーグ×トム・ハンクスという顔合わせで面白くないわけありません。ドノヴァンの魅力はトム・ハンクスそのままの魅力、ヒューマニズムと愛嬌とユーモアにあふれ、でもしぶとく粘り強く、自分の信念は絶対に曲げません。
「敵方」の人質は、ソ連に囚われた米軍偵察機のパイロットと、東ドイツに囚われたエール大学院生の二人。政府は「最悪パイロットを取り戻せばOKだから深追いするな」というスタンスなのですが、ドノヴァンは「二人とも取り戻す」という決意の元、ソ連や東ドイツはもちろん、アメリカ政府に対しても絶対に引きません。
何が起こってもおかしくない「ほぼ敵地」の東ベルリンで、誰も頼れぬまま続くプライドと損得勘定をかけたチキンレースみたいなもの。そのギリギリの駆け引きは手に汗握るものですが――まあこれは置いといて。
私がこの映画で最も「おおおー」と思ったのは、「冷戦下の東ベルリン」の姿です。第二次世界大戦でドイツは連合国側の米英仏ソに四分割され、そのうちのソ連統治領が後の東ドイツに、残りが西ドイツになったのですが、首都ベルリンも同じように分割され、東ベルリンと西ベルリンが生まれました。
でもそもそもはひとつの都市ですから「境界」はなかなか厳密に機能せず、東ドイツからは東ベルリンを通じて毎日2000人、通算200万人もの人が西側に脱出していたんですね。映画の中ではそんなわけで始まった「壁」の建設が描かれています。「これが完成したらお終いだ……」という焦燥の中、東ベルリンに住む女友達を脱出させようとして東ドイツに捕まったのが、イェール大の院生です。
ちなみに「ベルリンの壁=東ベルリンを囲む壁」のようなイメージを持っている人が多いかもしれませんが、ベルリンは当時の東ドイツ領内にあったので、囲まれていたのは西ベルリンです。東ベルリンに向かうドノヴァンが、列車の中でその境界を俯瞰する場面はすごくシュールです。
煌々と光を放つ西側の町から、高い壁がくっきりと切り取る暗闇。瞬間、人影が壁の手前に設置された有刺鉄線を越えて壁に走り寄りますが、激しい銃声と共に倒れ、暗闇の静けさだけが残ります。今やゲイの市長が治め、アーティスティックな空気が溢れるベルリンは、ヨーロッパ屈指の自由な町。若い世代の人にとっては、まるでダークなおとぎ話のように見えるに違いありません。
さて映画の内容に戻って。
何しろ俳優のいい演技が心に残る映画です。トム・ハンクスが名優だってことは分かっていますが、アベル役で今年のオスカーにノミネートされたマーク・ライランスの飄々とした演技が本当にいい味です。信条への共感を越えて生き方で認め合うふたりの心の交流は、別に感動的な会話があるわけでもなんでもないのに、すごく感動的です。
アベルもドノヴァンも、人それぞれの正義があることを知っているし、それを力で周囲に認めさせることができないのも知っている。さらに言えば、正義を貫くことで支払わされる対価があるなら、それを甘んじて受けようという姿勢も同じです。
ドノヴァンの行動も、そして後にわかるアベルの運命も、恥ずかしながら「貧乏クジ」に見えてしまうのは自身の卑近さゆえ。心に残るのは「自分が何をしたかは、自分が知っている」というドノヴァンのセリフ。悲しいかな、妥協妥協の毎日の中で、ピンと背筋を伸ばしたくなります。
ちなみにこの作品、アカデミー賞では作品賞、脚本賞(コーエン兄弟)、助演男優賞(マーク・ライランス)、美術賞、録音賞、作曲賞などにノミネートされています。助演男優賞はこの作品が強いかもしれません。
この後もオスカーがらみの作品をジャンジャン紹介していきますので、お楽しみにー。
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