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LGBT法案、「すべての国民の安全」は差別か?

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:イメージマート)

正直に言えば驚いた。LGBT法案である。9日の内閣委員会で、ほぼ維新・国民案に近い修正案で、合意したのである。おそらく自民・公民案が通るのだろうと思っていたので、びっくりしたのだが、自民党としては党内の「保守派」に向けて譲歩したのだろう。

事実、「党議拘束を外してくれ」という声まで出ていた。そのままの案では、何らかのかたちで離反者が現れるのは必至だった。自民党の執行部は、自党のLGBT法案をごり押しすることで、失うものの大きさに改めて気が付いたのか。それともいうだけ言わせて、最終的な落としどころは前もって決めていたのか。いずれにせよ、「保守派」の勢いはややトーンダウンしたようにもみえる。

すべての国民の安心

自民案、維新案、立民・共産案の3案は、ほぼ大差ないともいわれている。しかしそれでも維新の案が、相対的によいと思う。とくに「すべての国民が安心して生活することができるようとなるよう、留意する」という文言は評価する。維新によれば、

ここが最大のポイントです。男女別トイレや男女別スポーツにおける性多様性のあり方について、懸念の声が多くあがっています。…「すべての国民の安心」に留意するならば、男女別スポーツなどで身体的な区別は必要です(音喜多駿 維新・国民版LGBT法案「性多様性理解増進法案」を提出。懸念を払拭して議論を前へ)。

ところがSNSなどをみていると、リベラルなひとびとが、この法文に怒りをあらわにしているのに、驚いている。「多数派に配慮するのか」「そんな必要はない」「LGBTというマイノリティのための法案ではないのか」。

気持ちはわかるのだが、すでに女性(や子ども)の安全や公正性が、性別で分離することによって担保されている現在の社会で、性自認(性同一性・ジェンダーアイデンティティ)の尊重による性別ルールの変更が、必ずしもうまくいっていないのである。既に起こっている混乱を調整することなく、「法律」をつくることは困難だろう。

委員会の中継を聞いていても、もう少し留意して欲しいと思ったのは、女性はマジョリティではないということだ。確かに数は多いかもしれないが、女性はマイノリティである。圧倒的に性暴力の犠牲になりやすく、賃金も安く、非正規労働者が多く、管理職も少ない。戦前は、参政権すらもっていなかったし、現在でも議員の割合は低い。政治的にも、経済的にも、そして身体的にも、弱者なのである。とくに繰り返すが、性暴力という文脈においては、圧倒的に弱者なのである。LGBTの性的少数者が、マイノリティであるのはもちろんである。しかし数が多くても、女性もまたマイノリティである。しつこく連呼したが、このことを踏まえて議論していただきたい。

マジョリティが意味するもの

だからこそ、「マジョリティに配慮する必要はない」という発言が意味しているものが、「女性に配慮する必要がないという意味なのだろうか」と思うときに、どうしたら「すべての国民が安心して生活することができるようとなるよう、留意する」という法案の文言に反対できるのだろうかと疑問に思う。こう書くと、「ヘイター」「差別主義者」と山のような批判がくるのだろうなと身構えるのだが、立場が違えば見える景色も違う。そのことを了承することなしに、すべてのひとに適用される法案はつくれないだろう。

ましてや、LGBT、SOGI(性的指向と性自認)に特化したこのような包括的な法律は、G7の国のどこにもない。ある意味で、壮大な社会的実験であるとさえいえる。予算をつけ、企業や教育や様々の場で研修をし、各地方公共団体に条例をつくり、中長期計画を立てるという、そういうプロセスにおいて、LGBTに対する理解を深める法律だから、LGBTのことだけ考えていればいいのだというわけにはいかないのではないだろうか。

多くの人たちの利害や立場は、マイノリティであったとしてもときに絡まりあう。必要なことは、もつれた糸を丁寧にときほぐしていくことではないだろうか。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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