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ブームから一転、危機に直面する日本ワイン 生産者、打開策を模索

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
閉鎖が決まったサッポロビールのグランポレール勝沼ワイナリー(筆者撮影)

ブームと言われてきた「日本ワイン」が一転、危機に直面している。生産者の急増と需要の頭打ちによる需給バランスの崩れに、若い世代のアルコール離れ、ブドウ栽培農家の高齢化が追い打ちをかける。醸造所の閉鎖を余儀なくされる生産者が出てくるなど、淘汰の時代が始まる気配も出てきた。産地や個々の生産者は危機をどう乗り越えようとしているのか。最大産地の山梨を訪ねた。

「衝撃的なニュース」

サッポロビールは7月10日、国内の2つのワイン製造拠点のうち山梨県甲州市のグランポレール勝沼ワイナリーを来年5月までに閉鎖すると発表した。同時に、所有する3つのブドウ園のうち長野市の長野古里ぶどう園を来年5月までに閉園することも明らかにした。「グループ中期経営計画に基づく将来を見据えた最適な製造体制の構築と経営資源集中のため」と同社は説明。勝沼ワイナリーの事業は岡山県に所有する岡山ワイナリーが引き継ぐ。

発表から3日後の13日、勝沼ワイナリーを訪ねた。同ワイナリーは1976年の創業で、近年は高品質の「日本ワイン」に特化。コンクールで多くの賞を受賞もしてきた。それだけに勝沼ワイナリーの関係者は、「50周年を目前に残念」と話す。SNS上でも「あまりにも衝撃的なニュース」「とても残念」など愛好家の間から驚きの声が上がった。

10年で倍増

日本国内で販売されているワインは原料ブドウの栽培地や醸造施設の場所で3つに分類される。まず、海外で瓶詰めまでされて日本に輸入される「輸入ワイン」。次に、ブドウの栽培地は海外だが発酵前のジュースや瓶詰め前の状態で輸入し日本国内で瓶詰めする「国産ワイン」。主にスーパーやコンビニなどで売られている価格の手頃なワインに多い。そして、国内で栽培したブドウを国内の施設で醸造し瓶詰めした「日本ワイン」だ。

市場シェアは輸入ワインと国産ワインが圧倒的に多く、日本ワインのシェアは全体の数%しかない。しかし、2010年代前半の第7次ワインブームや地方活性化策の一環として2008年に導入された「ワイン特区」の追い風に乗り、小規模生産者が次々と誕生。全国の生産者数はこの10年でざっと倍増し、推定で500を超えた。認知度も急速に高まった。

色づき(ヴェレゾン)前のプティ・ヴェルド。山梨で今、注目の赤ワイン用品種だ(ルバイヤートワインの畑、筆者撮影)
色づき(ヴェレゾン)前のプティ・ヴェルド。山梨で今、注目の赤ワイン用品種だ(ルバイヤートワインの畑、筆者撮影)

話題ほど実際の消費は伸びず

だが実際の販売量は、生産コストの高さに起因する割高な価格や販路の確保などがネックとなり、認知度の高まりほどは増えなかった。さらに2010年代後半からは、少子高齢化やデフレ経済の長期的影響に加え、新型コロナの感染拡大を契機とした健康志向の高まりなどでワイン全体の消費量が頭打ちとなり、日本ワインもその影響をもろに受けた。この需給バランスの崩れが第1の危機だ。

第2の危機は20代を中心とする若い世代のアルコール離れ。ニッセイ基礎研究所の2022年11月のリポートによれば、週3日以上、飲酒日1日あたり1合以上飲む成人の割合は、1999年から2019年の間に、男性20代ではほぼ3分の1、男性30代ではちょうど半分に減った。他の年代も減っているが、20代、30代の減り方が際立っている。女性は大きな変化は見られないが、20代だけは半減した。

半数近くが苦しい経営

第3の危機はブドウ栽培農家の高齢化だ。日本のワイナリーは、国が第三者による農地の購入を法律で厳しく規制してきたため、ブドウ畑まで所有するいわゆるドメーヌ型のワイナリーが海外と比べて非常に少ない。原料ブドウは零細なブドウ農家から購入するケースが大半だ。

2022年10月1日付けの熊本日日新聞に「国内外の品評会で高評価『菊鹿ワイン』が農家減で岐路 後継者不足、ブドウから転作も」という記事が載った。ブドウ農家の高齢化が高品質の日本ワインの生産に影響を与えているという内容だ。

ワイン用ブドウからシャインマスカットなど高値で売れる生食用ブドウに切り替える農家が増えているという話も最近よく聞く。原料ブドウの調達難はただでさえ高いワイナリーの生産コストをさらに押し上げかねない。

国税庁が昨年6月にまとめたワイナリーへのアンケート調査によると、33.3%のワイナリーは税引き前当期純利益が赤字、9.5%は同利益が50万円未満にとどまった。「ワインは造るのは簡単だが、売るのは大変」と山梨のある生産者は苦笑交じりに話す。「日本のワイン産業は早晩、淘汰の時代に突入するのではないか」。こんな囁きも最近、耳にするようになった。

サステナビリティー競う世界のワイナリー

危機の打開策はあるのか。有力な打開策の一つと考えられるのは、サステナビリティー(持続可能性)への取り組みだ。実はワインの売れ行き不振や若い世代のワイン離れは日本だけでなく世界的な傾向。この状況を何とかしようと世界の主要ワイン産地が今、競うように力を入れているのがサステナビリティーへの取り組みとそのアピールだ。

とりわけ若い世代はサステナビリティーに対する問題意識が高いとされ、サステナビリティーへの取り組みをアピールすることは若い消費者の関心を引く効果があると期待されている。

5月に取材で訪れた米カリフォルニア州では、多くの生産者が農業学で有名なカリフォルニア大学デービス校やシリコンバレーのハイテク企業の協力を得て、再生型農業の実証実験や、二酸化炭素の排出量削減、農薬の使用量削減などに取り組んでいた。

全米のワイン業界関係者が参加してサンフランシスコ市郊外で開かれた「第3回米国サステナブル・ワイングローイング・サミット」では、サステナビリティーへの取り組みをZ世代にどうアピールするか、真剣な議論が繰り広げられた。

先ごろ訪れた山梨でも先進的な取り組みをいくつか見ることができた。

草生栽培を取り入れたサントリー登美の丘ワイナリー(筆者撮影)
草生栽培を取り入れたサントリー登美の丘ワイナリー(筆者撮影)

ナチュラルワインへの参入も

例えば、甲斐市にあるサントリー登美の丘ワイナリーは、土壌中の炭素量を増やすことで大気中の二酸化炭素の量を減らそうとする国際的な運動「4パーミル・イニシアティブ」に参加するなどして持続可能なワインづくりに力を入れ始めた。見学した畑はブドウの木の間に草が植えられ青々としていた。草生栽培と呼ぶこの手法は、二酸化炭素の排出抑制や生物多様性、さらにはワインの品質向上などに効果があるとされる。

「アルガブランカ」のブランド名で人気の甲州市の勝沼醸造はナチュラルワインの生産に乗り出した。ナチュラルワインは一般には、有機栽培ブドウを使い、発酵は市販の培養酵母を添加するのではなく醸造所などに住みつく天然酵母を利用し、酸化防止剤や清澄剤を原則使用しないなど、昔ながらの手法で造られたワインを指す。独特のジューシーな味わいが特徴だ。

ワイン愛好家の間では否定派も多いが、国を問わず若い世代に非常に人気がある。日本でも、若者のワイン離れが言われる中、ナチュラルワイン専門のバーやレストランはここ数年、急速に増えている。勝沼醸造のマーケティング担当者は「当社の購買層は40代以上が中心で、20代、30代の層はこれまで取りこぼしていた」と話し、若者層の開拓が目的であることを明かした。

勝沼醸造が製造するナチュラルワイン(筆者撮影)
勝沼醸造が製造するナチュラルワイン(筆者撮影)

品質は確実に向上

日本ワインの品質は一昔前と比べると格段に向上している。海外も含めた生産者同士の情報交換などを通じた栽培・醸造技術の向上に加え、気候の異なる日本各地でワインが造られるようになった結果、どこに何を植え、どう栽培すればよりおいしいワインができるかが経験上、徐々にわかってきたためだ。

山梨でも今は、代表品種の甲州から造る白ワインが国際コンクールで次々と入賞したり、もともとフランスの赤ワイン用品種であるシラーやプティ・ヴェルドから本場に引けをとらないと思わせるような高品質のワインが造られたりしている。

こうした取り組みを産地全体に広げて品質を底上げし、消費者にアピールしていくことも打開策の一つとなるに違いない。

猪瀬聖(ジャーナリスト/WSET Diploma※)

※WSET Diploma は世界最大のワイン教育機関WSET(本部ロンドン)が認定する難関国際資格。日本国内の保有者は現在100人強。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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