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答を明示したくない朝ドラ『べっぴんさん』であえて語らなかったことを三鬼Pに言葉にしてもらいました

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
連続テレビ小説『べっぴんさん』ヒロインすみれを演じる芳根京子

神戸発の老舗・子供服ブランドの創業者のひとりをヒロインのモデルに、上質なものをつくることに人生を捧げたひとたちの心を「べっぴん」という言葉に包んで描き続けた朝ドラ『べっぴんさん』ももうすぐ最終回。

放送開始からまたたく間に結婚、出産して働く主婦となった展開の速さと、主人公が「なんか、なんかな……」と口数が少ないことが新鮮だった『べっぴんさん』。おとなしいけれど芯があるヒロインのごとく、おくゆかしくて、でも、そこには様々な想いが込められていることが画面の端々から感じられた。24週から、すみれ(芳根京子)が映画制作をはじめ、その監督をおおせつかった紀夫(永山絢斗)が、映画のバイブルを読んで、「映画とは答を明示するものではない。考えさせるものだ。答は見るものによって違うんだ」ということを知る。『べっぴんさん』もまさにそういうドラマのようなのだが、三鬼一希プロデューサーに、最後にあえて言葉にしていただきました。

インタビューの回答から、なぜ終盤、映画づくりのエピソードになったかもわかる方にはわかるかもしれません。

ミッシングリンクがあっていい

--「べっぴんさん」は台詞に頼らず間合いで見せるドラマでした。いわゆる説明台詞が少なくて。それは意識的なものですか?

三鬼「連続テレビ小説だから誰が見てもわかるようにということは常に考えてはいますから、意識的か? と言われると、説明台詞は意地でも作らないと思っているというよりは、結果、そういうふうに思われるものになったという感じでしょうか。そもそも、何をもって説明台詞というかという問題もあります。日常でも説明せざるを得ないことはありますし、そういうときわたしたちも、“このひと説明している”とは思わず素直に聞きますよね。だからこそ、脚本づくりのなかで台詞の取捨選択をするとき、できるだけ説明台詞は入れないというよりも、なるべく日常会話に近づけたいという意識ですね」

--たとえば、99話ですみれが「ひとの心がわからないってさくらのことですか」って聞いて、栄輔(松下優也)が「そうです」と答えるとき、それだけじゃないという裏の気持ちがおそらくあることを、朝ドラだと台詞で言わせてしまうような気もしたんですね。

三鬼「台詞の取捨選択は、視聴者の方が理解してくださると判断したうえで行うものの、どこまでやっていいか正解はわからないですよね。あのあと、もうちょっと台詞をつなげることもひとつの選択肢だと思いますし、言いっぱなしにして、視聴者の方に『おいおいさくらのことだけじゃないだろう』とテレビの前でツッコんで頂くのもひとつのやり方です。あれはいわゆる“ミッシングリンク”であって、視聴者の方にはすべて見えているけれど登場人物はわかってないことが山ほどあるということを描きたかったのですが、もう少し描いてほしいというご要望があったとしたならば、その匙加減はほんとうに難しいものですね」

--視聴者のツッコミというと、TwitterなどのSNS との連動……たとえばTwitterでみんながツッコめるような余白をつくることなどを意識されていますか。

三鬼「登場人物の感情が動く瞬間は、観ていて何か言いたくなるものですが、Twitter用のネタを意識して盛り込むのではなく、ただ真摯に登場人物の感情の流れを書いていけばいいように思っています」

--確かに、ネタを盛り込もうとはしてなくて、むしろ抑制をしていて、上品ですよね。

三鬼「上品な作品にしたいというのは、意識的にやっていると思います。初期に目標として掲げたのは“優しくなれるドラマ”にしたいということでした。人と人とがガチンコでぶつかりあっていく世界観も素敵ですが、『べっぴんさん』の登場人物たちは、言葉にせずともどこか誰かを思いやっているふうに描きたいと思っていました」

--優しく上品で言葉数も控えめというのは、渡辺千穂さんのそもそもも資質なのか、三鬼さんがかなり指示をされているのでしょうか。

三鬼「撮影用の完成台本に至るまでは何稿も重ねていくもので、その過程で演出家たちの意見も取り入れます。そこにコミットするのがプロデューサーの仕事です。プロデューサーにもいろいろなタイプがあって、脚本のテニヲハまで気にするひともいれば、もっとざっくりと脚本家にお任せするひともいます」

--三鬼さんはどちらのタイプですか。

三鬼「『人として絶対嫌だ』という部分は言いますけど、ドラマというのはいろいろな人が関わってつくるものですから、いろんな人の想いがつまっていたほうがいいんじゃないかと思うので、渡辺さんが描かれてきたこととスタッフの意見のディスカッションを大切にしています。その点で言うと、最初のご質問の、説明台詞が少ないかもしれない部分は、皆の意見を出し合った結果ですね。さらにいえば、台本はあくまで二次元の設計図であって、台詞が俳優さんの肉体を通って三次元に立ち上がったとき、台本で想定していたようにはならないことがある。それこそそこで台詞が変更になることもあるんです」

朝ドラのテンプレはあるか

--“朝ドラらしさ”というような共通認識があって、それを守っているわけではなく、毎回違うトライをするんですか。

三鬼「僕には連続テレビ小説全体を総括することはできませんが、何作かかかわった立場から言うと、実は毎回違うことをやろうとはしているんです。各作品や、大阪制作と東京制作とで、激しく闘争心を燃やしているわけではないですが(笑)、やっぱりクリエーターとして他と同じものをつくっても仕方ないという思いはみんな当たり前にもっていると思うんですよね。直前の作品だとこっちも動いているので、意識しようにも間に合わないのですが。少なくともテンプレに乗ろうと思っているスタッフはいないと思います。ただ、逆に言うと、意外とテンプレは難しいんですよ。時代によってテンプレは変わっていますし」

--例えば、テンプレにはどういうものがありますか?

三鬼「僕ひとりのことではないので具体的には指摘できないですが、ただ、長期戦なので、どこかで必ず苦しくなる時期があるんです。そのときどんなアイデアを入れて乗り切るかがそれぞれの腕の見せどころになってきますね」

--長期連載は闘いですね。

三鬼「闘いですね、26週間は。といって、26週をデータ分析して構成を考えたら確実に面白くなるというノウハウがあえるわけではなく、なんとなく肌感覚でしかないんですよ」

--何がどう視聴者に響くか……。

三鬼「難しいですね」

--今回、『べっぴんさん』で視聴者が反応した、意外な部分はどこですか。

三鬼「意外な部分というよりは、観ていただいた方々にすごく届いていてうれしい気持ちが大きいですね」

--すべて三鬼さんの予想どおりだったと。

三鬼「予想以上に届いたというところでしょうか。意外といえば、あまりしゃべらないヒロインがそんなに特別だと思ってなかったです」

--そうでしたか。

三鬼「僕自身はそんなにすみれがしゃべってないわけでも行動しないわけでもないと思いながらつくっていたら、意外としゃべらない行動しないという感想がありました。でも、さきほどお話した、リアルな日常では、連続テレビ小説に多く見受ける元気で明るいヒロインは実際そう多くはいないのではないかとも思うんですよ」

たくさんの家族写真にこめた想い

--すみれがおとなしいのは、モデルになった方が多くを語らず、資料になる自伝や評伝が少ないからなのかなとも思っていたのですが。

三鬼「すみれのモデルになった坂野惇子さんは、もっとちゃきちゃきされた方で、経営者として観るべきところをしっかり見ているような方だったそうです」

--そうなんですね。

三鬼「自伝や評伝は少ないですが、2、3年前に子ども服ブランドが公式本を出されています。その本をつくるのに2年半くらいかけたそうで、それがすべてなのだそうです。つまり、たとえばどんどん本を出してビジネスにするようなことには興味がなくて、ただただ子供たちにいいものを身に付けてもらいたい、そういう気持ちに根ざしている会社を坂野さんは立ち上げられたのだと感じました。それも、よく見ないとわからない、さりげないところを丁寧に工夫してあるんですね。そういうところをドラマのキアリスも踏襲しようと思い、オリジナルなエピソードや設定を入れながらも、その芯にある“べっぴん”(いいもの)をつくるということを大事にしました」

--さきほどセットを拝見したら、白い服に白い糸で刺繍してありました。上品ですよね。レリビィに、すみれとさくらの昔の靴がさりげなく飾ってあったりもして。

三鬼「関わったスタッフは皆、“べっぴん”という名前のついた作品だからこそ、よりちゃんとやろうと取り組んでいるという話は聞いたことがあります。僕だけでなく、スタッフも出演者も皆さんそういう想いでいてくれていることがプロデューサーとしてはありがたいですね」

--終盤、家を継ぐ話が出てきますし、亡くなった家族の写真もことあるごとに映ります。家族の継承は意識していますか。

三鬼「70年近くの長いお話なので、その間、ひとは生まれて死んでいく……そういう人の営みも描きたかったし、その一方で残された者たちの亡くなった方々たちへの想いはずっと残るので、写真を飾るという行為にその想いを込めました。じつは、あそこまでたくさん並べようと初期から思っていたわけではないのですが、出征するときにたった1枚の写真を大事にもって行くなど、当時の人たちにとって写真とは、想いを託すものとしてとても貴重なものだったのではないかと感じて、徐々に写真を出す比重が大きくなりました。渡辺さんも演出スタッフも、亡くなったひとたちの想いも繋いでいこうという意識はありますね」

2度にわたる悲劇から立ち上がった神戸の強さ

--亡くなった方というと、阪神淡路大震災が起こった1月17日だけ、最初にモノクロで「連続テレビ小説」と出てきて、なんだか厳かな印象でした。3.11以降とくにですが、ドラマの表現に、震災への想いが入っていると論じる傾向が増え、すぐそこに結びつけて語るのもどうかとは思いながら、その表現はとても気になりました。

三鬼「ぼくも演出の安達もじりも関西の人間ですし、1.17のときは大阪で働いていましたから、想いが全くないというと嘘になりますが本音をいえばあまりそれを言葉にしたくはありません。『べっぴんさん』のヒロインに芳根京子さんが決まったとき、まず神戸の高台にあがって街を見ながら、神戸という街について話をしました。ドラマでも描いているように空襲で一度街がなくなっています。そして、その後1995年の1月17日に地震でもう一回、街が壊されてしまった。そういう歴史があるなかで、いま、その神戸の六甲山の上から観る神戸の景色には、街のもつ強さというか、そこに住む人の強さは絶対ある。坂東すみれは、そういう街、そういう空気で育った人ですよという話をしました。それをドラマのなかで描けばいいのでしょうけれど、それは闇市シーンに託しました。高良健吾くんも言っていましたが、ドラマとして戦後の2、3年が長いんです。戦前のエピソードをもう少し多めにやって、戦後を少なくしても良かったにもかかわらず、そうしたのにはわけがあります。多分、その時期こそ最もきつかったと思うんです。戦争が終わったといっても、当時生きていた方々にしたら、ほんとうに終わりなのかわからないですし、GHQが何をするのかまったくわからないないままで、これまでOKだったことが全部ダメになるというほんとうに混沌とした時代で、そこをどうやって生き抜いていくかは想像を絶するものがあったのではないでしょうか。そんな、ものがなにもない、ルールがなにもない、無秩序な時代に生きるときの強さみたいなものをちゃんと描きたかった。すみれが地に足つけて働いて、子供を食べさせるようなそういうすごく根源的なことですね。きっと1.17のときも、みなさんそういう思いをされたでしょうし、それでも、いまの神戸にはその爪痕がまったくないくらいに復興している。もちろん、神戸は、立地的に恵まれていたのもありますけれど、みなさん頑張って復興してきた。にもかかわらず、“おれたちがんばった”と声高に言う人たちじゃないんですよ。生き方がすごくしなやかで、それが神戸らしさなのかなという想いが、『べっぴんさん』には注がれています」

きっかけは尾道三部作

--長い時代を描かれるということで、すみれは最終的に60歳くらいになるんですね。19歳の芳根京子さんに60歳までやれると思っていましたか?

三鬼「ヒロインをお願いしたときには、やってくれると思いました。60歳って19歳と比べたらすごく遠く見えますが、70歳なのに50歳に見える人もいるわけで、その人なりの60歳のあり方が多分あると思うんですよね。それに、朝ドラで26週、半年間見ていただいている方々からすれば、すみれが、まわりとの関係性も込みで、少しずつ年齢を重ねていった結果、60歳になったと認識していただければいいので。若い頃のある種のギラギラした感じが少なくなっていくように見えればいいと思うんですよ」

--30代以降、落ち着いた感じ出ていますね。

三鬼「本来、女性に対して褒め言葉じゃないんでしょうけれど『すごく老けたね、よかったね』と褒めて、本人も『ありがとうございます』って喜んでました(笑)。たぶん彼女自身もずっと20代で終わる話ではないことをわかっていたから、彼女なりに考えを持って役に挑んでいたと思います。芳根さんはとても聡明な方で、歳をとっていくことをちゃんと自分のカラダを使って表現しようとしていた。僕らはそれを手助けするために扮装だったり時代感だったりを合わせていったという感じですかね。ほんとうに素晴らしい役者さんだと思います」

--孫もできて。

三鬼「普通のドラマだと、赤ちゃんや幼児をひとり出すと、彼らにかかりきりになって現場が大変なことになるのに、『べっぴんさん』は次から次へと赤ちゃんが登場しました。スタッフは慣れちゃったみたいです(笑)。大変だけど赤ちゃんがいると現場が和やかになるんですよ」

--シーンの表情がやさしくなりますね。

三鬼「未来のある子どもたちは偉大だなと思います」

--希望があるんですね。ことさらギャグとか言葉で笑わせるんじゃなくて、赤ちゃんの存在だとか、ふっと微笑んでしまうみたいな感じが『べっぴんさん』の世界だと感じます。

三鬼「ぼくには正太の小さいときの子役がツボなんですよ。潔に似せて、いっつもしかめつらしていた子。あの子の表情に目が奪われちゃっていました(笑)」

--明美についてはどう考えていますか。

三木「最後まで彼女が結婚するか独身のままか悩みました。いまは結婚して子供を産むだけが女性の生き方ではない時代になりましたが、『べっぴんさん』の時代にもそういう女性はいたでしょうし、結婚イコール幸せという簡単な図式にはあまりしたくないと思っていたので。谷村美月さんが『私は結婚しないんですか』と聞いてきて、明美に結婚してほしそうでした(笑)。まわりが幸せそうにしていますから無理もないですね」

--話は変わりますが、三鬼さんがドラマをつくる仕事をするきっかけになった作品を教えてください。

三鬼「きっかけは、具体的なほうがいいですか? テレビは好きでしたが、最も影響を受けたのは、中学生の頃観た大林宣彦さんの“尾道三部作”です。僕が『てっぱん』を担当していたとき、尾美としのりさんが『転校生』で転げ落ちた階段でもロケをやりまして、そこで「『尾道三部作』が好きで、映像の仕事をやりたいと思っていまここにいるので、そのロケ地で尾美さんといっしょに仕事ができて、これ以上の幸せはないと思っています」と思い切って告白したくらいなんです(笑)」

--ゆり役の蓮佛美沙子さんも大林作品に出ていますね。

三鬼「大林さんと仕事をしている蓮佛美沙子さんもうらやましいです(笑)」

--『べっぴんさん』がしっとりしているのは、大林宣彦作品好きだからなんでしょうか(笑)。

三鬼「でもエンタメも好きですよ。僕は、テレビは娯楽だと思っています。見終わってすぐ忘れてもらって構わないというか、その時間だけ楽しんでもらえればいいものだとどこかで思いながらつくっています。でもやればやるほど、全方向を対象にして毎日娯楽を15分間やりきることは、とても大変なことだとも実感します」

--最後に4K のカメラを使っているそうですが。そのわけと効果を教えてください。

三鬼「このカメラはフルサイズセンサー(スーパー35MM)を搭載しているので、被写界深度が浅くすることが出来て、見せたいものだけに焦点を合わせることができます。(映画のように撮れるんです。)そのため人物を浮かび上がらせ、周りをぼやかせ柔らかい印象になる映像効果があり、『べっぴんさん』には合うんじゃないかと、スタッフの意見もあって、使うことにしました」

--朝ドラでははじめてなんですか?

三鬼「ただ、4K対応カメラを使って実際は2Kで撮影しています。いずれくる4K時代のトライアルですね。おかげで、番組タイトルの『べっぴん』をつくることができたのではないかと自負しています」

--いま、上手にまとめてもらいました(笑)。

三鬼「便利なタイトルなんですよ」

--三鬼さんが考えたのですか。

三鬼「ほかのことはけっこう合議制で決めていて、プロデューサーといえども意見が通らないこともいっぱいあるものの、これだけは通しました。これ以外にないと思ったんです。これは唯一自慢できます(笑)」

profile

三鬼一希 Kazuki Miki  

1969年生まれ。奈良県出身。プロデューサー。94年NHK入局。手がけた作品に朝ドラ『だんだん』、『てっぱん』、『梅ちゃん先生』のほか、4K カメラで撮った実験作『放送90年ドラマ 紅白が生まれた日』、ももいろクローバーZが主役の『天使とジャンプ』などがある。朝ドラには『甘辛しゃん』、『さくら』、『ちりとてちん』にも携わっている。

作品紹介

連続テレビ小説「べっぴんさん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜) 

脚本:渡辺千穂 演出:梛川善郎ほか 出演:芳根京子ほか

4月1日まで放送

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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