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【続】JRの一斉運休に見る日本のお寒いBCP事情

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
東京駅に到着後折り返す回送電車(筆者撮影 参考写真:本文とは関連していません。)

9月30日の晩、首都圏のJRが一斉に運休しました。

台風24号の接近により鉄道の安全な運行に支障をきたす恐れが迫ってきたため、あらかじめ列車の運行をストップさせることで輸送の安全を守り、社会の混乱を最小限に収めるという目的のために、鉄道会社はその業務を停止するということと理解しました。

こういう経営判断は、いわゆるBCPの一環としての判断だろうと私は考えましたが、翌日の通勤時間帯に首都圏全域で発生した大混乱を見る限りはそうではなかったようで、こういう大きな鉄道会社がきちんとしたBCPができていないということは、日本にはまだまだBCPという考え方そのものができていないのではないか。筆者はそう考えたのです。

BCP(Business Continuity Plan)とは何か

企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと。(中小企業庁のHPより)

BCPとは訳通りに見ると業務継続計画ということになります。人々の生活に直結する交通、物流、電力、通信、金融、健康などの業務を行う企業や機関は、自然災害やテロなどが発生した場合でも商品やサービスなどを提供する業務の継続が求められるという前提で、

・そういう状況下で如何にして業務継続ができるか。

・通常通りの業務を継続することができない場合、最低限度継続できる範囲はどのぐらいか。

・万一業務を停止しなければならない場合にはどのように対応するのか。

などをあらかじめ計画して、社内に徹底しておくのがBCPであり、具体的には

1:BCP発動フェーズ

2:業務再開フェーズ

3:業務回復フェーズ

4:全面復旧フェーズ

と、だいたい4段階に分けて、それぞれのフェーズごとに実施手順を詳細に決めて、必要な準備をし、いつそのような状況になっても混乱を最小限に抑え、できるだけ業務を継続すること。あるいは、業務を中断せざるを得ない場合は、一刻も早く再開できるための方法をあらかじめ計画し、その指標をきちんと決めておくことが社会に公的なサービスを提供する企業や機関に求められるBCPなのです。

こう考えると、先日のJRによる首都圏の鉄道の全面運休はBCPに基づいたものではないということがはっきりします。なぜなら本来なら計画で定められている指標にしたがって実行されるべき業務再開フェーズや業務回復フェーズがきちんと実行されず、社会に大きな混乱を発生させているからで、前回お話ししたように予報通りに台風がやってきて列車の運行を止める時点まではよかったのですが、同じように予報通りに未明に台風が通り過ぎたにもかかわらず、事前に何も情報発信されることがないまま、夜が明けてみたら首都圏全域で列車の運転再開ができない状況が発生し、駅構内にあふれかえる利用者の取り扱いもきちんとできていなかったために、朝の通勤時間帯に首都圏全域で大混乱を発生させたのですから、あらかじめ業務再開、業務回復という段階の計画ができていなかったことは明白であり、この企業にBCPというものが導入されていなかったということもはっきりしたのです。

では、なぜ前の晩に台風が接近している状況下とはいえ、まだ実際に輸送に影響を与える気象状況が発生する以前の段階で早々に列車の運転を取りやめたのか。それも半径100キロメートルにも及ぶ首都圏全域という広範囲で時間を定めて一斉運休に入ったのか。BCPという業務継続計画ができていないような会社では、駅間で乗客を乗せた列車が停止したらどうするのか。駅構内に乗客があふれかえったらどうするのかなどの詳細な計画もないでしょうから、お客様の便宜を図るということよりも、できる限り自社の業務の混乱を防ぐ観点から列車の運行を停止する「宣言」をした可能性が高く、だとすればそれはBCPではなくて、「安全」という言葉を引き合いに出した単なる業務放棄ともいえるのではないかと筆者は考えるのです。

先月の北海道大地震の時、電力会社の機能がマヒし、いきなり全道規模で一斉停電しました。

電力会社が一つの発電所に業務を集中させ、十分なバックアップ体制が整っていなかったのがその原因ですが、これは電力会社にBCPができていなかった証明です。そんな状況下で休止中の水力発電所などを復活させ、順次送電を開始したことは業務再開から業務回復フェーズとしてはよくできていたと思いますが、BCPという考え方がもう少し浸透していたら、発電量が低下した場合の優先送電地域などを設定し、あらかじめ送電ルートを決めておくなどの計画があったはずで、そうであればたとえ主要発電所の機能が停止したとしてももう少し混乱範囲が狭かったと思われます。

では、その電力サービスを受ける側はどうでしょうか。

例えば庶民生活に直結するスーパーやコンビニはどうだったか。停電したのでレジも打てませんから休業しますという会社が多いなか、車のバッテリーから電力を得ることで停電中でも最低限の業務を継続することができたコンビニもありました。その会社の場合、あらかじめ停電を想定して職員の自家用車からレジ等に使う最低限の電力を供給できるように、バッテリー接続ケーブルなどを非常用キットとして各店舗に備えてあったということですから、きちんとしたBCPができていたことになります。

ホテルはどうでしょうか。

震災の翌朝、停電の中お客様に朝食をお召し上がりいただこうと、ろうそくの明かりを頼りに電力がなくても稼働する厨房設備を利用して最低限のサービスを行ったホテルがある一方、停電ですからサービスを供給できませんと宿泊客に午前10時で一斉にチェックアウトを求め、お客様を追い出してしまったホテルもあると聞きます。こうなるとBCPがあるなしにかかわらず、その会社の経営理念の問題になってくるのですが、日本には基本的なところで、まだまだ欧米諸国のようなBCPが根付いていないということがわかりますね。

日本には根付いていない先進諸国の考え方という話をすると、読者の皆様方には「日本だって先進国だ」と反感を持たれる方もいらっしゃると思いますが、経済成長で家電製品などが豊富に身の回りにあふれ、なんでもお金を出せば手に入るという点では日本は先進国かもしれません。でも、文化としての先進国までは達していないのではないかと思うことが、例えば航空機の事故が発生した場合の事故調査に見られます。

日本では航空機の事故ばかりでなく鉄道事故もそうですが、いきなり警察が介入し関係者を業務上過失致死などの犯罪容疑で身柄を拘束し、裁判にかけることで「悪いのはこの人間だ。」という犯人探しに終始します。誰がどこでミスをしたことが事故原因だから、その人間を処罰するという考え方が当たり前のようにまかり通っています。

ところが欧米先進国では半世紀も前からすでに犯人探し論は卒業し、再発防止のための事故調査が当たり前になっています。二度と悲惨な事故を起こさないための再発防止を最優先に考えて、直接の犯人探しは目的ではありません。再発防止の観点では犯人探しをすることは証拠隠しにつながりますから事故調査としては適切ではありません。容疑をかけられた関係者は自分に不利になるような証言はしたくありませんから、結果として真実を調査することができず、再発防止にはつながらないというのが欧米の常識ですから、航空機事故や鉄道事故が発生した場合、いきなり警察が介入することはなく、独立した立場の事故調査委員会が全権を持って調査に当たります。こういう考え方が欧米では常識なのですが、日本ではまだまだ浸透していません。

同じように考えた場合、欧米では常識のBCPもまだまだ日本では浸透していない。浸透していないどころか全くその言葉さえ知らない日本人が大多数なのではないでしょうか。

鉄道会社が一斉に運休することを発表した晩、ネットでは

「安全運行が確約できないことが予想される場合は今回のように事前運休は有効だ。」

「利用者が不要な混乱を招くことがない重要な判断だ。」

「今回の運休はJRの英断だ。」

といった鉄道会社の運休判断を称賛する書き込みが多くみられましたが、実はこういうこともBCPという考え方が国民に浸透していない証明のようなものですね。

なぜなら「安全、安全」というのであれば、どのような状況下でも列車は走らせないのが一番安全であり、飛行機は飛ばさないのが一番安全なのです。でも、それでは社会にサービスを提供する公的企業としての社会的使命が果たせないわけですから、安全という言葉を利用した単なる業務放棄ということになるのです。

今回のような自然災害が迫ってくる状況下で、もし列車を運休させるのであれば、きちんとした業務再開手順、業務回復手順が必要なのは明らかであり、もし鉄道会社にBCPがあり、そういう手順がマニュアルに書かれていれば、運休開始の段階で「明日は始発から平常運転を予定」などという情報発信はあり得ないわけで、限られた人的資源の中で線路点検が必要ならばどの区間を優先させるのか。そのための手順はどうか。作業時間はどのぐらいかかるのかなどを勘案して、台風通過後の現実的な運転再開時間を国民に対して事前告知できたはずで、前の晩の運休開始時点でそういう情報を出してさえいれば、翌朝に首都圏全体で発生した通勤客の大混乱は最小限に抑えることができたのです。

BCPがきちんとしていて、自然災害が迫るときの対応手順が事前に考えられていれば、いきなり全区間の一斉運休ではなくて、もう少し業務継続ができたのだと考えますが、この会社にはそのようなBCP的考え方がないのでしょう。今回の一斉運休は「何かあったら責任が取れません。」イコール「安全が確保できない」ともっともな理由をつけて、本来行うべき輸送業務を放棄したというのが実情でしょう。だとすれば鉄道会社の英断などと称賛されるような内容ではないということになります。

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昭和の時代のストライキ時には車体に落書きされた電車が走る光景が各地で見られました。当時は大混乱しましたが、シニア世代には懐かしい思い出ですね。(昭和47年 青梅線 2枚とも筆者撮影)
昭和の時代のストライキ時には車体に落書きされた電車が走る光景が各地で見られました。当時は大混乱しましたが、シニア世代には懐かしい思い出ですね。(昭和47年 青梅線 2枚とも筆者撮影)

今から40年ほど前の国鉄時代には「安全を守る」という大義名分のもと毎年のように労働組合のストライキが行われていました。「安全」ということを口にすれば本来の業務をやらなくてもよいという「業務放棄」の悪しき風潮があったことを思い出します。あれからずいぶん月日が経ちましたが、今、「安全が守れない」という名目で、きちんとしたBCPがない中で、「とりあえず列車を止める」という「業務放棄」が当時と同じように行われる。それも経営判断として行われるとしたら、当時は労働組合でしたが、今は会社の経営陣に当時と同じ考え方が残っているのを筆者は感じます。もしかしたら、それが鉄道会社のDNAなのかもしれないと思うと、国民の輸送をこういう組織に今後も任せていってよいのだろうかという漠然とした不安を感じた今回の一斉運休でした。

賢明なる読者の皆様方には、これを機会にぜひ一度BCP(Business Continuity Plan:災害時業務継続計画)というものをお考えいただきたいと思うのであります。

(おわり)

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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