「相続放棄」の落し穴~死後1年経って届いた「督促状」
相続財産と聞くと、不動産や預貯金などプラスの財産を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、たとえば、死亡した父親が借金を多く残して相続財産がマイナスになってしまったら妻や子どもなどの相続人が借金を引き継がなければならなくなります。しかし、それでは相続人が気の毒です。そこで民法は相続放棄という制度を設けています。相続放棄を行えば借金を背負わずにすみますが、実は、相続放棄ができない場合もあるのです。
相続放棄とは
まずは相続放棄について見てみましょう。
遺言を残さないで人が死亡すると、死亡した人(「被相続人」といいます)の財産に関する一切の権利と義務は、年金受給権など一部を除いて、死亡したその瞬間に相続人に引き継がれます(民法896条)。
民法896条(相続の一般的効力)
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
「相続財産」というと不動産や預貯金などプラスの財産を思い浮かべる方が多いと思いますが、相続財産の中には借金などのマイナスの財産も当然含まれます。そのため、プラスよりマイナスの財産の方が多い債務超過の場合は、相続人は自腹で被相続人の債務を債権者に返済しなくてはなりません。しかし、それではいかにも気の毒です。
そこで民法は、相続人に相続放棄という制度を用意しました。相続放棄を選択した相続人は、「初めから相続人とならなかった」とみなされるので被相続人の債務を背負わずにすみます(民法939条)。なお、この場合、プラスの財産も引き継ぐことはできなくなります。念のため。
民法939条(相続の放棄の効力)
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
相続放棄は勝手にできない~家庭裁判所に申述する
相続放棄をするには、相続人が相続開始の原因となる事実(被相続人が亡くなったこと)およびこれによって自分が法律上相続人となった事実を知ったときから3か月以内(この期間を「熟慮期間」といいます)に家庭裁判所に申述をする必要があります(民法915・938条)。
相続放棄は文字通り「相続権を放棄する」という重大な法律行為です。もしかしたら自分の意思に反して他の相続人から相続放棄を強要されている相続人もいるかもしれません。
そこで家庭裁判所は、まず申述人(=相続放棄を申し出た相続人)本人に申述が真意であるか確認します。次に、申述人が単純承認にあたる事情があるかないかを調査します。そして、申述が本心でなおかつ申述人に単純承認に該当する事情がないことを確認できたら、家庭裁判所は相続放棄の申述を受理します。これによって申述人の相続放棄が認められることになります。
「単純承認」をしたら相続放棄ができない
逆に言えば、家庭裁判所に「単純承認をした」とみなされた相続人は、相続放棄ができなくなり、相続財産が債務超過の場合、被相続人が残した債務の返済義務が生じるおそれがあるということです。このように、相続放棄をする場合、「単純承認をした・しない」は重要な判断基準となります。
単純承認をした相続人は、被相続人の相続財産をプラスの財産はもちろんマイナスの財産も含めて「無限に」、つまり「全て」引き継ぐことなります(民法920条)。
民法920条(単純承認の効力)
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
では、どのような場合に「単純承認をした」とみなされるのでしょうか。民法は、相続人が次のようなことをした場合に、「単純承認をしたとみなす」としています(民法921条)。
1.相続財産を処分した場合
2.相続開始後3か月以内(熟慮期間内)に相続放棄も限定承認(注)もしない場合。つまり、熟慮期間中に家庭裁判所に対して「何もしない」場合。
(注)限定承認とは、相続した財産の範囲内で被相続人の債務を弁済し、余りがあれば、相続できるという合理的な制度です。しかし、熟慮期間内に財産目録を作成して家庭裁判に提出し、相続人全員が共同して行わなければならないため、ほとんど利用されていません。
「形見分け」で相続放棄ができないこともある
相続放棄の受理の判断で、「遺品」を相続人の間で分け合う形見分けが「相続財産を処分した場合」に該当するかしないかで争点となる場合があります。判例を見てみましょう。
「形見分け」が相続放棄の争点になった判例
【判例1】
和服15枚、洋服8着、ハンドバッグ4点、指輪2個を相続人の1人が所有として引き渡した行為は単純承認に該当する(したがって、相続放棄は認められない)。
【判例2】
既に交換価値を失う程度に着古した上着とズボンを元使用人与えても単純承認に該当しない(したがって、相続放棄を認める)。
【判例3】
相続人が、多額にあった相続財産の中から、わずかに形見のつもりで背広上下、冬オーバー、スプリングコート、椅子2脚を得たことは相続財産の処分に当たらない(したがって、相続放棄を認める)。
判例から、一般的に高価とされる品物や、相続財産全体から見て一定以上の金銭的割合を占める品物を形見分けとして受け取ると、「単純承認をした」とみなされ、その結果、家庭裁判所に相続放棄の申述が受理されない可能性が高くなると考えられます。
亡親の借金を背負わないための3つのポイント
最後に、相続放棄が受理されず、被相続人が残した借金を自腹で返済しなくてはならないといった泣くに泣けない状況に陥らないための3つのポイントをお伝えします。
ポイント1.相続財産の全容が判明するまで遺品に手を付けない。
思わぬ「マイナスの財産」がひょっこり出てきて債務超過になることもあります。相続財産の内容が明らかになるまで、形見分けなどしないようにしましょう。
ポイント2.遺品整理は直ちに行う。
相続放棄の申述は、熟慮期間中に行わなければなりません。熟慮期間の期限はあっという間に訪れます。そのため、遺品整理は相続開始後直ちに始めることが肝心です。
ポイント3.熟慮期間経過後にマイナス財産が出てきても諦めない。
もし、熟慮期間が経過した後に、思わぬマイナスの財産が発覚して債務超過になってしまっても、相続財産が全くないと信じ、かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは、相続財産の全部または一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば、相続放棄の申述が受理されることもあります。
※熟慮期間について詳しくは、まさか!親が借金を残して死んでいたなんて~「死後3か月」過ぎても「相続放棄」はできるのかをご覧ください。
私が依頼を受けた案件で、相続手続をしている最中に、亡父あてに死後1年過ぎたころに金融機関から借金の督促状が届いたことがあました。相続人はあわてて家庭裁判所に相続放棄の申述をしたところ、相続放棄は認められました。思わぬマイナス財産が出てきても諦めずに家庭裁判所に相談してみましょう。
追記
相続放棄と似て非なるものに「相続分の放棄」があります。両者の違いを知らないと痛い目に遭うことがあります。そうならないためにもえっ!「相続分の放棄」では借金から逃れられない?~知らないと怖い「相続分の放棄」と「相続放棄」の違いをぜひご覧ください。