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「がん5年生存率60%超す」報道の意味は?医師による解説

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
年々生存率は向上しているが..(dataはがん情報サービス, グラフは筆者作成)

国立がん研究センターが21日、がんの5年生存率の全国推計値が62.1%であると公表しました。このニュースについて、がんの専門家の立場から解説します。専門用語をなるべく使わずに、このニュースを紐解いてみましょう。

5年生存率とは?

「5年生存率」とは、「病気と診断された患者さんたちが、5年後に何%生存しているか」という値です。これは医学の分野で、特にがんの研究などでは必ずと言っていいほど用いられるものです。なぜなら多くのがんでは、5年間生存したらそのがんは治癒したと概ね考えられるからです。

具体例をあげましょう。胃がんについて調べていた時、始め100人の胃がん患者さんが5年後に60人生存していた場合、5年生存率は60%になります。

ただ、今回のデータでは実は「5年相対生存率」という値が用いられているので少し説明します。例えば大腸がんになった70歳の日本人100人(男:女=50:50)のグループが、5年後に何人生存しているかを、大腸がんになっていない70歳の日本人100人(男:女=50:50)のグループが生存している人数と比べてどれくらい少ないか表したものです。なぜこのような数値を用いるのでしょうか。それは、こんな理由です。

人間はがん以外でも亡くなります。100人いたら交通事故で1人は亡くなるかもしれませんし、5人は心筋梗塞で亡くなるかもしれません。この合計6人を統計にいれると、「がんのせいでどれくらい死亡するのか」が正確にわからなくなります。そのため、がんがどれくらい生存を脅かすのかということを見るために、この「5年相対生存率」を使うのです。より詳細には下記(*)をご参照ください。本記事では簡便のため「5年生存率」と表記します。

なお、この「5年生存率 62.2%」という値は日本全国の数字ではなく、精度の高いデータが集まった21県の644,407症例から算出されています。ちなみに、性別でみる「5年生存率」は男性で59.1%、女性 66.0%でした。

昔と比べ生存率は良くなっているのか?

この記事のトップ画像のグラフをもう一度見てみましょう。

5年生存率の年代別推移
5年生存率の年代別推移

このグラフの横軸は年代を示しています。一番左は1993年から1996年に集計された患者さんのデータで、一番右の最新のものは2006年から2008年のものです。縦軸は5年相対生存率を示しており、一番上が100%でないことにも注意して下さい。このグラフの中で最新のデータが"2006年から2008年"と8年も前であるのには理由があります。「5年生存率」は、がんと診断されてから最低5年後までは生存か否かを追いかけなければなりません。したがって、この記事で見ている「5年生存率 62.1%」は過去の数字ということになります。がん治療は日進月歩ですから、筆者が推測するに今の5年生存率はさらに向上している可能性があります。

さて、昔と比べがんの生存率は良くなっているのでしょうか?このグラフを見ると、集計のたびに生存率は良くなっていますね。前回集計時の生存率は58.6%でしたから、今回の62.1%との差を見るとやはり良くなっているようです。しかし、この理由を考える際には注意せねばなりません。生存率が良くなっている=治療が良くなっていると言えるかどうか、検討が必要でしょう。

がん治療が向上しているのか?

まだなんとも言えません。理由はいくつかあります。

一つ目は、がん検診が(まだまだ不十分ですが)普及してきたことでがんの早期発見が増え、これまでだったら進行がんで発見され5年生存できなかった人が、早期に見つかり5年以上生存したり治癒したりしているから、という理由があります。

二つ目には、このデータを出した国立がん研究センターが、こう述べています。

前立腺がんや乳がんなど予後のよいがんが増えたこと(部位構成の変化、罹患年齢構成の変化)などの影響も考えられ、部位別・進行度別の詳細な分析なしに治療法の改善などが影響しているとはいえません。

出典:国立がん研究センター プレスリリース

文中の「予後のよい」とは「生存率のよい」という意味です。生存率のよいがんの患者さんが増えているのは間違いありません。このグラフをご覧ください。

男性の前立腺がん(左グラフの橙色)、女性の乳がん(右グラフのピンク色)は共に増加
男性の前立腺がん(左グラフの橙色)、女性の乳がん(右グラフのピンク色)は共に増加

(グラフは「国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」がん年齢調整罹患率(山形・福井・長崎県のデータに基づく)」より引用)

これを見ると、男性の前立腺がん、女性の乳がんは明らかにこの15年で増えています。この2種類のがんは生存率が他のがんとくらべて非常に良好で、前立腺がんは97.5%、乳がんは91.1%です(全国がん罹患モニタリング集計 2006-2008年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター, 2016)独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書)。

つまり、とても生存率のよいがんがたくさん増えたため、全体を平均した生存率が上がっただけなのかもしれません。

がん全体で見ると、まだまだ生存率は向上してきていないようです。いつか5年生存率が100%になったら「がん克服」と言えそうですが、このデータの伸びから見るに何十年か、あるいは50年以上かかってしまうのかもしれません。がん診療に携わる一人として、その事実を受け止めさらなるがん対策を考えていきたいと思います。

62.1%という数値自体にはあまり意味はない

また、がんというものは出来た場所によって全然性質が違うものです。例えば胃がんと大腸がんという同じ消化管(食べ物を消化する管のことです。「胃腸」と言いますね)に出来たがんであるにもかかわらず、その生存率などは異なり治療方法も違ってくるのです。今回の62.1%という数値は、色々な種類のがんの生存率を一緒にしたものですから、その数字から読み取れることは「日本におけるがん診療の進歩」あるいは「日本でのがん全体の状況」といった程度のことだけです。

このように医療のデータというものは解釈が非常に難しく、専門的な知識がないと誤ります。テレビ・新聞・ネットニュースを含むほぼ全てのメディアには医療の専門家がいないか(昔新聞社で医師を募集していましたが)、慎重な検討は加えていません。多くは統計学・医学などの知識の無い書き手が報道発表をそのまま掲載していることが多いため、注意が必要です。

(*)について、引用します。

5 年相対生存率とは

あるがんと診断された場合に、治療でどのくらい生命を救えるかを示す指標。あるがんと診断された人のうち 5 年後に生存している人の割合が、日本人全体(正確には、性別、生まれた年、および年齢の分布を同じくする日本人集団)で 5 年後に生存している人の割合に比べてどのくらい低いかで表します。100%に近いほど治療で生命を救えるがん、0%に近いほど治療で生命を救い難いがんであることを意味します。

出典:国立がん研究センター プレスリリース

(参考)

国立がん研究センターホームページ

http://www.ncc.go.jp/jp/

国立がん研究センター プレスリリース「日本のがん生存率の最新全国推計公表 全部位5年相対生存率62.1%(2006-2008年診断症例)」

http://www.ncc.go.jp/jp/information/press_release_20160722.html

(追記 2016年8月3日)

がん情報サービス事務局さまより、リンクについての表記の修正依頼がありましたので、追記いたします。スペースの都合上ここにまとめて表記いたします。

1、タイトル画像について

「全国がん罹患モニタリング集計 2006-2008年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター, 2016)

独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書」

より引用しています。

2、二つ目のグラフの引用元名を変更し、

国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」がん年齢調整罹患率(山形・福井・長崎県のデータに基づく)

に変更いたしました。

3、文中の「 この2種類のがんは生存率が他のがんとくらべて非常に良好で、前立腺がんは97.5%、乳がんは91.1%です。」の出典表記について、

全国がん罹患モニタリング集計 2006-2008年生存率報告(国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センター, 2016)

独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「地域がん登録精度向上と活用に関する研究」平成22年度報告書

に変更いたしました。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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