JR北、特急列車の客離れ招いた「乗客ニーズの本質」とは何か ニーズは「さまざなな要素を含む束」である
JR北海道はこの3月のダイヤ改正で特急列車の指定席化を拡大し、窓口での往復割引切符の販売を廃止した。JR北海道としては、えきねっとへ利用者を誘導したいという狙いもあったようだが、えきねっとの使い勝手の悪さなどから、特に札幌から室蘭や旭川を結ぶ特急列車の客離れを招き、連日、空気輸送の特急列車や混雑する高速バスの様子を伝える投稿がSNS上を賑わせている。4月17日にJR北海道から発表された3月速報の資料では、苫小牧―東室蘭間の乗客が平年比20.6%減、中距離収入が平年比9.0%減のマイナス3.25億円となったことが示されていた。
JRの特急列車や高速バスは、「自分で運転することなく都市間を快適に移動したい」という利用者の基本的なニーズを満たすためのサービスであるが、利用者(顧客)が商品やサービスに対して価値を感じるポイントは多面的だ。JRの特急列車がたとえ定時性や速達性に優れていたとしても、その値付けが適正でなくかつチケット購入の手続きが煩わしいと利用者に感じられてしまえば、高速バスのほうが定時性や速達性に劣っていたとしても煩わしい手続きがなく気軽に乗れる高速バスに利用者が流れることは自然な流れである。
こうした、利用者(顧客)が商品やサービスに対して価値を感じるポイント、すなわち顧客ニーズの本質は「さまざまな要素が絡まりあった束」である。こうしたことから、経営学では、顧客ニーズの本質について「ニーズの束」というフレームワークを用いて考察することが一般的だ。今回はこの「ニーズの束」というフレームワークを用いて「特急列車の客離れ」騒動を考察してみたい。
利用者(顧客)が商品やサービスを選ぶ際に、意識的あるいは無意識的に考えているポイントは以下の4点だ。
1.製品やサービスそのもの
2.価格
3.補助的サービス
4.ブランド
1.製品やサービスそのもの
製品やサービスそのものについては、例えばパソコンを例にとると、顧客はパソコンの購入を決める際に、性能や品質、デザインや付帯ソフトなど、その製品の総合的なスペックをみて判断をすることが一般的だ。
これを輸送サービスに置き換えて考えると、乗車する車両の快適さや速達性、定時制、そして乗り心地の良さなどが、サービスのスペックに該当する。
JR北海道の特急列車であれば、定時制や速達性に優れ、車内もリクライニングシートが装備され快適な車内空間が用意されている。特急すずらん号を例に取ると、札幌―室蘭間の所要時間は1時間43分で、一般論として鉄道は速達性と定時性に対する信頼度はバスと比較しても高い。対して、北海道中央バスと道南バスが共同運行する高速むろらん号は、所要時間は2時間45分で、所領時間は特急すずらん号に対して1時間以上長くかかり、一般論として定時制に対する信頼度も鉄道よりは低い。
冒頭部で、JRの特急列車や高速バスニーズについては「自分で運転することなく都市間を快適に移動したい」というものだと定義しているが、もしこの2者のサービススペックが利用者(顧客)のニーズと合致しなくなった場合、これらの代替サービスとして、自分で自家用車を運転するという手段が選ばれることもある。
自家用車での移動のサービススペックを整理するとすれば、運転中にパソコンやスマートフォンの操作ができなく運転自体の疲れも生じるという側面はあるものの、時間を気にせず好きな時に移動ができるという点を挙げることができる。なお、グーグルマップス調べによると札幌駅から室蘭駅までは高速道路経由で1時間51分、一般国道経由で2時間58分と出た。
2.価格
それぞれの製品やサービスにおいて、顧客はそれらのスペックと価格とを天秤にかけて、その値段が適正価格であるのかを判断しながら製品やサービスの購入を決めている。
特急すずらん号と高速むろらん号との比較でいえば、運賃・料金は5,220円。えきねっと割引であれば、14日前までの申込であれば2,860円、前日までの申込であれば3,380円を最大の最安値として乗車できる。しかし、えきねっと割引は割引率が時期によって変動することから、前日までの申込でも札幌―室蘭間の特急指定席は片道最大4,690円まで価格が変動する。
これに対して高速むろらん号の所要時間は2時間45分で、片道運賃は2,500円、往復だと4,680円とシンプルな料金体系で分かりやすい。
価格については、その製品やサービスが、利用者(顧客)から適正価格ではない、すなわち「高すぎる」と判断された場合には、あっけなくほかの製品やサービスに乗り換えられてしまうことが世の中の常である。運転の手間がかかっても自家用車がよいと選択された場合には、札幌―室蘭間約130kmで、ガソリン代1,473円(燃費15km/l、ガソリン価格170円/lで計算)に加え、高速料金3,350円を支払うという選択をする人も出てくることになる。当たり前であるが、高速道路を利用しない場合は、ガソリン代のみの負担という認識となる。
3.補助的サービス
補助的サービスは、鉄道とバスで例えるなら、窓口や乗務員の対応の良さや、チケットの購入のしやすさなど、輸送サービス全般のソフト面での対応力を指す。
特急すずらん号と高速むろらん号の比較でいえば、特急すずらん号は、えきねっとでの予約では駅窓口なのでの紙の切符の発券が必要なうえに、原則として申し込み後の変更が効かないこと。さらに、駅窓口の営業時間短縮などで紙の切符を発券しづらいと感じられることもある。対して、高速むろらん号では、運賃が片道は2,500円、往復だと4,680円とシンプルな料金体系で分かりやすい。
4.ブランド
なお、ブランドについては、それぞれの製品やサービスがもつイメージや企業の社会的評価が消費者に与える印象で、こうしたイメージや印象も、利用者(顧客)の製品やサービスの選択に影響を与えている。
利用者(顧客)が製品やサービスを選択する動機については、これら4つの基本要素に加え、さまざまな因子が複雑に絡み合っているが、今回のJR北海道の客離れについては、特急すずらん号に対して、利用者(顧客)がそのサービスレベルに対して「高すぎる」と感じる価格設定をしてしまったこと。加えて、えきねっとの使いづらさや窓口の営業時間短縮などから、チケット購入に対して多くの人が煩わしさを感じたことから、料金体系がシンプルで気軽に利用できる高速バスに流れたことにあるのではないかと、「ニーズの束」というフレームワークからは考察できる。
しかしながら、全国的にバスドライバー不足によるバス路線の廃止・減便が社会問題となっている状況下で、今後、高速バスの利便性が低下するようなことがあるならば、利用者(顧客)が、自家用車に流れるか、自家用車の運転が難しいと感じる層の人たちは自宅に引きこもりがちになることも心配される。より大きな視点では、人の移動が停滞することによる地域経済活動の減速も懸念事項となる。
(了)