昇格1年目で上位を見据えるFC十文字VENTUS。補強、環境面の向上も追い風に
【2部初年度のチャレンジ】
7月3日、なでしこリーグは18日の1部、2部の開幕を前に、全選手とチームスタッフを対象に、新型コロナウイルスのPCR検査を行うことを発表した。開幕から2試合はリモートマッチでの開催が決定しているが、Jリーグに続き、万全を期して開幕を迎えたいところだ。
昨季、3部にあたるチャレンジリーグで優勝し、今季から2部で戦うFC十文字VENTUS(ベントス)は、活動自粛期間開けの6月上旬に練習を再開。人数を制限したグループ練習から始めて、6月中旬から全体トレーニングに移行した。
クラブは埼玉県新座市と東京都清瀬市周辺を拠点とし、1996年に発足した十文字中学高等学校サッカー部から派生する形で、社会人を中心としたトップチームとして2014年に発足した。十文字学園女子大学や行政、企業と連携しながら新たなクラブ経営の形を示している。
十文字高校出身で、なでしこリーグ1部でプレーした後、18年に十文字高校にコーチとして復帰し、同年にベントスで選手として昇格に貢献したMF野口彩佳(現在はスペインでプレー)のようなケースもある。
チームを率いて4年目になる柴山桂監督は、十文字高校で16年の全日本高等学校女子サッカー選手権大会優勝にもコーチとして関わるなど、育成年代の豊富な指導経験と実績を持つ。
ベントスはチャレンジリーグでの3シーズン、常に昇格争いに絡みながら、17年と18年はプレーオフで涙を飲んだ。しかし、昨年は文句なしの成績で優勝して自動昇格を勝ち取っている。柴山監督は2部で戦うイメージをどのように描いているのだろうか。
「十文字高校で選手権を優勝した年は、ビルドアップも含めて『高校生年代でも面白いサッカーをしているな』と思われるサッカーを目指していました。社会人チームのベントスを見させてもらうことになってからは、そこで培ったことを生かして、丁寧にしっかりボールを動かしながら、試合を見ていて魅力を感じてもらえるようなチームを作ってきたつもりです。17年はチャレンジリーグから2部に上がることがどういうことか、選手も僕自身もわからないままのスタートでしたが、2年目の18年以降は戦術的な要素や環境も含めてより良くしていかないと、上のカテゴリーに上がっても残留争いに巻き込まれてしまうと思い、2部に上がった時にどう戦っていくかを見据えたチーム作りをしました。昨年は最後の1点を争う勝負どころで力をどう出していくかということや、勝負強さの面を強化してきました」
今季は昇格初年度から2部で上位進出を目指すための補強もした。1部や2部のカテゴリーでプレー経験のある5人の即戦力を獲得し、アメリカのサウスカロライナ大学からGKミケイラ・クレゾフスキーが加入した。
柴山監督は一つの目標として、同じ埼玉を本拠地とする2チームを挙げる。昨季1部で優勝まであと一歩と迫った浦和レッズレディースと、2部で上位争いを繰り広げてきたちふれASエルフェン埼玉だ。
「レッズとエルフェンは非常に魅力的なサッカーをしているので、両チームと対戦した時にも『十文字は面白いね』と言ってもらえるように、特徴的なサッカーをしたいと思っています。今季は2部以上でのプレー経験があって、なおかつベントスのサッカーをより早く理解してもらえるような経験のある選手たちに入ってもらいました。1年目だからこそ他のチームに特長を知られていないので、そこを突く形で積極的にサッカーをしていこうと思います」
戦術や技術面に磨きをかけながら、環境面で選手のサポートをより良くしていくことも目指す。なでしこリーグはプロではないため、練習環境や勤務環境の差も選手のパフォーマンスに影響してくるためだ。
ベントスの選手は日中に仕事をして夜に練習をしているが、昨季まではフルタイムだった勤務時間が減らされたり、試合翌日は勤務から1日オフに変わったりと、2部に昇格してからはよりサッカーに集中できる時間が増えつつあるという。
「給与面の待遇も含めて、2部に上がったことで協力していただける企業が増えたので、少しずつ変化しています。2部の他のチームに比べるとまだまだ好待遇とは言えないので、今後も良い方向に改善していければと思っています」
そうした取り組みが結果につながれば、さらなる相乗効果のサイクルが生まれるはずだ。「ベントス」とはラテン語で「新しい風」を意味するという。十文字ベントスは初めて臨む2部の舞台で、新しい風を吹かせることができるだろうか。
【ケガと葛藤を乗り越え昇格の原動力に】
昨季、2部昇格への原動力となった一人が、背番号10のFW鳥海由佳だ。リーグ戦14試合でチームトップの8ゴールを決め、チャレンジリーグMVPに輝いた。
148cmとひときわ小柄だが、ディフェンダーの背後をとるスピードとゴールへの嗅覚に優れている。柴山監督は「相手の最終ラインで(囮になって)相手を釣り出し、自分で点を取ることもできる。駆け引きの中で周りも使って自分も生きるのが上手な選手です」と高く評価する。
鳥海は、なでしこリーグ5連覇中の日テレ・東京ヴェルディベレーザの下部組織メニーナで育ち、年代別代表候補に名を連ねてきた。兄と姉と妹もサッカーをするサッカー一家に育ち、妹のFW鳥海玲奈はデフフットサルの女子日本代表選手でもある。
2015年、18歳でベレーザに昇格したが、代表選手がスタメンを占めるクラブで出場機会は限られており、自身のレベルアップのため、18年10月にベントスに期限付き移籍を決断した。そして、同年12月の2部・チャレンジリーグ入替戦に出場した。だが、ベントスはバニーズ京都SCに惜敗し、あと一歩で昇格を逃している。
翌シーズン、鳥海は契約を期限付き移籍から完全移籍に切り替えた。その決断の理由を聞くと、「入替戦でチームを勝たせることができなくて悔しい思いをしたからです」と明かした。
昨季はリハビリからのスタートで、結果的に合計出場時間は672分と限られた中でたしかな結果を残した。だが、鳥海自身は「評価していただけたことは嬉しかったですが、(リーグMVPという)賞をもらえるようなプレーができたとは思っていません」と恐縮したように話す。
周囲に生かされるフォワードというポジション柄、本格的に合流した当初は苦労もあったようだ。10年近くプレーしたクラブを離れ、1部からチャレンジリーグへとカテゴリーを2つ変えた中でプレーする難しさや、自分の特徴を理解してもらうところから始めなければならない難しさはあっただろう。だが、柴山監督が「何事も深く追求して行動する選手」と言うように、控え目で優しい語り口からは、内に秘めた強い芯が感じられた。
「自分はパスの受け手ですが、その(動き出しの)タイミングが出し手からすると難しさもあるようで、最初は自分から合わせるようにしていたのですが、それだけでは前に進めないと気づいて自分からも少しずつ要求していくようになりました。新加入の選手もいた中で(シーズンの)途中から入ってプレーする難しさもありましたが、自分のプレースタイルを知ってもらえるようにコミュニケーションをとる中で、合うようになっていきました」
そうして、鳥海が持つスキルは引き出されていったのだろう。昨季、ベントスが唯一敗れたつくばFCレディースの、「昨季対戦してすごいと思った選手」という公式HP上のアンケートで複数の選手が鳥海の名前を挙げている。
駆け引きで意識していることや持ち味のスピードを維持するために心がけていることを聞くと、丁寧に言葉を選びながらこう語った。
「常にディフェンスラインの背後は狙っています。一瞬のスピードが自分の持ち味なので、ポジションが真ん中でもサイドでも、どこからでも相手が『そこを走られたら嫌だな』と思うところを抜け目なく狙っています。体の軸がブレないように、体幹トレーニングはメニーナの頃から続けています」
ベントスというチームの魅力について、鳥海はこう語る。
「全員が最後まで諦めずに戦い抜けるチームです。自分も含めて、個々の力は2部の他のチームに及ばない部分もあると思いますが、個々が持っている力を最大限に出せるのはこのチームの魅力だと思います」
新戦力が加わり、より強固になったチームで鳥海のプレーが見られるのを楽しみにしている。
今季、ベントスは7月19日の開幕戦で、ホームのNACK5スタジアム大宮にスフィーダ世田谷FCを迎える。
(※)インタビューは、7月初めにオンライン会議ツール「Zoom」で行いました。