本音・建前・ウソ・ホント・理想と現実の心理学:Yahoo! Japanはウソつき組織?
■Yahoo!ニュース個人「取材に対してウソをつく組織「Yahoo! JAPAN」が信頼と品質など担保できるわけがない」の記事
ジャーナリスト藤代裕之さん(法政大学准教授)の記事です。宮坂社長に取材を申し込んだら、「Yahoo!ニュースについては担当責任者から語らせたいという宮坂本人の意向」と断られたのに、朝日新聞の記者によるインタビュー記事が掲載されていたということで、記事を書かれています。
<取材に対してウソをつく組織「Yahoo! JAPAN」が信頼と品質など担保できるわけがない>
読者からの反響もたくさんあるようです。意見を見ると、「そうかYahoo!はウソつきなのか」という意見と、「それはウソじゃないでしょ、断られても仕方ないでしょ」といった意見の両方があるようです。
やまもといちろうさんも、ご自分のブログに記事を書かれています。
常識的には、個人ジャーナリストと朝日新聞からとの取材依頼への対応に違いがあるのは当然かとは思いますが、藤代さんも新聞記者として行政のトップや企業のトップへの取材経験がおありでしょうから、何かお考えや事情がおありなのかとも思います。
ここではまず一般的なところから考て、そしてYahoo! Japanがウソつき組織かどうかの答えを探りましょう。
■ウソとは
ウソとは、デジタル大辞泉によると、次のように説明されています。
1 事実でないこと。また、人をだますために言う、事実とは違う言葉。偽(いつわ)り。「嘘をつく」「この話に嘘はない」
2 正しくないこと。誤り。「嘘の字を書く」
3 適切でないこと。望ましくないこと。「ここで引き下がっては嘘だ」
嘘という日本語は、結構広い意味で使われますね。うっかり間違えても、結果的にウソになりますし、お世辞もウソでしょうか。
心理学の辞典を見ると、ウソとは、
「意図的にだます陳述をさし、たんなる不正確な陳述とは異なる」( 有斐閣「心理学辞典」)
といった説明があります。
普通の意味のウソですね。うっかり間違えたり、お世辞や社交辞令は、ウソではなくなるでしょう。自信のない人が、「私ダメ人間なんです」と語るのも、事実とは違ってもウソではありません。
■ウソの働きと動機
世の中からウソがなくなったら大変です。きっとあちこちで、争いが起こるでしょう。
発達心理学の研究によると、幼なすぎる子どもはウソがつけず、3歳ぐらいになると上手にウソがつけるようになります。たとえば、ヒツジさんを追いかけてきたオオカミさんに、「ヒツジさんはここにはいないよ」とウソがつけるようになります。様々なごっご遊びも、ウソっこ遊びです。泥団子がおまんじゅうになったり、自分が仮面ライダーやお姫様になったりします。
事実を事実通りいわないウソをつく最大の動機は、何かを守るためです。自分を守るためだったり、相手を守るためだったり、人間関係を守るためにウソをつきます。
そういう意味では、良いウソ「ホワイト・ライ」と、悪いウソ「ブラック・ライ」があるでしょう。ホワイト・ライは、悪意のない善意のウソです。
■ホンネ、タテマエ、社交辞令
「コピー3枚ずつとってこい」というと角が立ちますが、クッション言葉を使って、「忙しいところ悪いけれど、コピーとってきてくれるかな?」と言えば、スムーズでしょう。本当は忙しくないかもしれませんが。本当は悪いとは思っていないかもしれませんが(でも、そういう気持ちがまったくないわけではありませんが)。
引越しの挨拶状に、「お近くにお寄りのさいは、ぜひお立ち寄りください」とかって書いてありますが、本当に訪問したら、迷惑がられるでしょう。
デートの誘いを断るときには、「お前なんか嫌いだ、ばか!」ではなく、「ごめんなさい、その日は先約があって」などと断ります。
これらは、事実ではありませんが、悪意あるウソではありません。
「私たちはテレパシーは使えないので、いつも自分の思いを何かの言葉や態度としての「記号」にします。婉曲な表現や正反対の表現をすることもあります。コミュニケーションの受け手は、この相手からの記号を上手に翻訳して、真意を探らなければなりません」(ウソの上手な使い方:コミュニケーションと人間関係・恋愛の心理学:カエルを王子様にする方法:Yahoo!ニュース個人有料:碓井)。
また、居酒屋で「あんな上司の下で働けない、辞めてやる」と語るのも、会社内で「よし、がんばるぞ」と語るのも、どちらも本人にとってはウソではなかったりもします。
大学のキャンパス内で、私(碓井)の前を歩いていた学生が「碓井先生のレポートさあ、やになっちゃう」といった文句を言ってていたので、近づいて「こんにちは」とあいさつしたら、「やだ、いるならいると言ってください」と明るく言われてしまいました。文句もウソではないのですが、碓井のことを嫌っているわけではなく、碓井に聞こえるように文句を言うつもりはなかったわけです。
ネットで誰かの悪口を書いたら、本人から応答があって恐縮した経験とかはありませんか?
■ウソつきと取材
ウソつきは、国語辞典的には、ウソをつく人のことをさします。ただ、私たちはみんな何かしらのウソを日常的についていますから、そうすると人はみんなウソつきになってしまいます。
でも「ウソつき」は、もっと非難の意味をこめて使う言葉でしょう。他人をだまして利益を得ようとする、他人を傷つけ自分だけ得をしようとする、そんな人や組織のことを、私たちはウソつきといいます。
一方、日常会話でなく取材だとまた違うでしょう。「あなたの会社は給料が高いんでしょうね」と日常会話で言われて、「いえいえ、そんなとんでもない」と言うのは、事実ではないとしても悪意ある「ウソつき」ではありません。
けれども、「あなたの会社の平均給与は?」と取材で質問されて、意図的に事実とは異なる回答をすれば、これはウソつきと呼ばれて当然です。取材でウソをついてはいけません。
ただ今回話題になった記事では、取材に対してウソをついたのではなく、取材の依頼に対しての回答がウソと感じられたという話でしょう。
「担当責任者から語らせたいという宮坂(社長)本人の意向」というのも、事実なのか事実でないのかは、数字とは違って明確ではありません。たぶん事実なのでしょう。ただ、いつも誰からの取材に対してでも同じではないということなのでしょう。
■理想と現実
「私たちはお客様第一の商売をします」と言っておいて、わざと粗悪品を売るなら、この言葉はウソです。その店は、ウソつきです。でも、定休日に店を開けろといったのに応じてくれなかったからといっても、この言葉はウソにはならないでしょう。
理想、信念、ポリシーと、現実場面での適用は違います。
Yahoo! JAPANは今月2月18日にメディアステートメント(メディア宣言)を発表しています。そこには、信頼性と品質(良質で信頼できる情報~)、多様性の尊重(特定の権力・団体や思想・信条に与することなく~)、豊かな情報流通(パートナーであるコンテンツ提供者と協力し~)とあります。
この宣言から考えると、朝日新聞の取材は受けるのに個人ジャーナリスト(コンテンツ提供者の一人)の取材は受けないのか、と言いたくなる人もいるでしょう。しかし、トップへの取材依頼を全て受けることは、現実的に不可能です。
Yahoo!Japanが、ステートメントで示された理想を個々のケースでどのように実現させていくのか。その結果が、Yahoo! Japanがウソつき組織かどうかの答えになるでしょう。
*Yahoo!ニュース個人の各オーサーも、その責任の一端を担っていることも忘れてはいけないと思います。
*参考『人間関係がうまくいく嘘の正しい使い方:ホンネとタテマエを自在にあやつる心理法則』(碓井真史著・大和出版)