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八街市の小学生死傷事故から考える    飲酒運転防止装置はなぜ実用化できないか

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
「お酒を飲んだら運転しない」という常識は、アルコール依存症患者には通用しません。

 千葉県八街市で、飲酒運転のトラックが下校中の小学生の列に突っ込むという痛ましい事故が発生してしまいました。亡くなられたふたりの児童のご冥福をお祈りするとともに、生き残った児童の心のケアを十分にして下さるようお願いいたします。

飲酒運転防止には、厳罰化では限界がある

 飲酒運転は1999年に東名高速で起きた追突死傷事故以来、厳罰化が進められてきました。しかし、一定の効果は見られたものの、撲滅には至っておりません。なぜかと言えば、厳罰化に効果があるのは「出来心」で飲んでしまう人に限られ、アルコール依存症の人にはほとんど効果がないからです。

 アルコール依存は「病気」です。実は僕の身内にも、依存症患者がいましたが(肝硬変で亡くなりました)、「飲むべきではない」という状況でも、自分の意志では抑制できなくなってしまうのが、アルコール依存症という病気なのです(薬物依存症ですから)。

 ならば、アルコールが検出されたら運転できなくなる装置を開発すれば、と考えて当然で、過去にも飲酒運転による事故が起きるたびに、こうした意見はでてきました。実際、各自動車メーカーでも開発は行ってきましたが、実用化されたものは、今のところありません。なぜなら、ハードウェアで対策するのは非常に困難だからなのです。

 この件については、'06年に個人のブログで指摘しているのですが(かなり毒を盛っています)、あらためて書いておきたいと思います。

「アルコールを検知する」というアプローチは、技術的に「スジが悪い」

 最初に開発されたのは、クルマにアルコール検知器を搭載しておき、エンジンを始動する前に呼気を吹き込んで、アルコールが検知されたらエンジンがかからないようにする、という装置です。良いアイデアのように思えますが、アルコール依存症患者は、こうした装置を何としても破ろうと考えますから、抜け穴があっては効果は発揮できません。メーカーとしても「飲酒運転防止装置です」と掲げて販売する以上、抜け穴があったら訴訟問題に発展しますから、100%防止できないものを販売するわけにはいかないのです。

アルコール検知器とスマートキーを一体化すれば、「飲酒運転できないクルマ」は実現できそうに思えますが……
アルコール検知器とスマートキーを一体化すれば、「飲酒運転できないクルマ」は実現できそうに思えますが……

 では、抜け穴はどこにあるのかと言えば、「エンジンがかからなくなるなら、エンジンをかけたまま飲んでしまえばいい」ということです。実際、郊外に行けば、コンビニで買い物をする間にエンジンをかけっぱなしにしているクルマを見ることは珍しくありませんから、エンジンをかけたまま駐車していても不自然には見えません。そのコンビニでお酒を買ってクルマに戻れば、このシステムは簡単にすり抜けられてしまいます。

 ならば車内全体のアルコール濃度を検知すれば、と考えても、窓を開けられてしまえば測定精度は担保できませんし、そうしたクルマでは、酔っ払った人を迎えに行くことができなくなります。すなわち「アルコールを検知する」というアプローチは、技術的に「スジが悪い」のです。

ドライバーモニタリングシステムなら効果は期待できるものの…

 可能性があるとしたら、近年、採用例が出てきている「ドライバーモニタリングシステム」です。ドライバーの顔をカメラで常時撮影し、目を閉じている時間が長かったり、よそ見をしている時間が長かったりした場合に警報を出し、応答がなければクルマを停止させてしまう装置です。もともとは、居眠り運転や突発的な意識喪失に対応するために開発されたものですが、飲酒運転による意識低下にも一定の効果はあるはずです。

スバルのドライバーモニタリングシステムは、事前に表情を登録しておく必要があり、使用も任意(SUBARUフォレスター発表会時の資料から)
スバルのドライバーモニタリングシステムは、事前に表情を登録しておく必要があり、使用も任意(SUBARUフォレスター発表会時の資料から)

 ただし、装置を作動させるかどうかは任意ですし、それなりにコストもかかりますから、全車に義務づけするのは難しいでしょう。そもそも飲酒運転常習者がそんなクルマを買うことに期待すること自体、「人が良すぎる」と言わざるを得ません。

「事故を起こさせない」というアプローチで、外堀を埋めるのが有効

 一方で、義務化の進められている衝突被害軽減ブレーキには、一定の効果が期待できるのではないかと思います。今回の事故は、最初に電柱に衝突したときの速度が約50km/hと推定されていますから、衝突被害軽減ブレーキが搭載されていれば、センサーが電柱を検出して停止できていた可能性があります。電柱にはぶつかってしまったとしても、電柱に衝突してから停止するまで約40m走っていますから、小学生にぶつかる前には止まったのではないでしょうか。

 しかも、こうした装置なら、アルコール依存症患者でも「抜け道」を探そうとは思わないでしょう。「飲酒運転しても事故を起こす前にクルマが止まってくれる」と誤認識する可能性は否定できませんが、無くすべき優先順位は”飲酒運転”より”死亡事故”のほうが上位です。

 もっとも今回の事故の場合、「通学路であるにもかかわらず、ガードレールさえなく、制限速度が60km/h」という異常性にも、メスが入れられるべきではないかと思います。

 歩道建設用地を買収する費用がないなら、一方通行にして一車線化してしまえば良いのです。できない理由を並べるより、「どうすればできるか」を考えるべきでしょう。

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年勤務。SUVや小型トラックのサスペンション設計、英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェクト、電子制御式油空圧サスペンションなどを担当する。退職後に地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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