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韓国代表GKチョン・ソンリョンが川崎で感じた「日韓サッカーの違い」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
川崎フロンターレの守護神チョン・ソンリョン(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

昨シーズン前、水原三星から川崎フロンターレに移籍し、Jリーグ1年目にして29試合に出場して文字通りチームの守護神として活躍するチョン・ソンリョン。韓国代表として2度のワールドカップとオリンピック、さらに城南一和時代にはACL優勝も経験している。

ACL準々決勝の浦和レッズ戦を8月23日に控え、いまだタイトルのない川崎にとって重要なポジションを担っているが、すでに彼がKリーグとは一味違う日本のパスサッカーに馴染んでいることは前回紹介したとおりだ。

Jは選手の側からファンに歩み寄る

ただ、彼はサッカーだけでなく、Jリーグのシステムや文化にも好感を持っている。

「Jリーグでのプレー経験のある選手にも話を聞いていて、もともと日本には良い印象を持っていました。ファンも温かいし、サッカー環境も整っていると。実際に来てみると、その通りでしたね」

特に印象深いのは、ファンとの交流だという。

「Kリーグと比べると、ファンのためのイベントが多いですね。川崎では毎日、トレーニングのあとにファンと方々と交流する場が設けられているのですが、こういった活動はファンにとってもいいことだし、Jリーグを盛り上げる意味でもすばらしいことだと思います。ファンを待つのではなく、チームと選手の側から積極的に歩み寄ることも重要だと学びました。まさかバナナの被り物をするとは思いませんでしたが(笑)」

実際、韓国ではKリーグの不人気が叫ばれて久しい。チョン・ソンリョンも「観客は圧倒的に日本の方が多い」と証言するが、スタジアムに閑古鳥が鳴くKリーグでプレーした韓国人選手が、観客が熱狂するJリーグに好感を持つのも当然だと言えるだろう。

(参考記事:なぜ今、韓国人選手のJリーグ進出が増えているのか。加速するK→J移籍の背景)

兵役とタトゥーが象徴する文化の違い

しかし、それでも日本が異国であることには変わりない。かつてJリーグでプレーし、現在はKリーグに戻ったとある韓国人選手は「日本と韓国の違いに戸惑った」と語っていたが、言葉も文化も母国とは異なる日本で選手生活を送ることには少なからず困難も付きまとうのではないか。

(参考記事:クラブW杯アジア代表の元Jリーガーが語った「日本と韓国の違い」)

そう訊ねると、意外にもチョン・ソンリョンは「問題なく適応できている」と答えた。

「生活するうえで困ったことはないですね。住みやすいですし、もっと長く暮らしているように感じるほどです。日本の食べ物もおいしい。特にひつまぶしが好きです。のどに骨が刺さるのは難点ですが(笑)。通訳してもらいながら、言葉も少しずつ勉強しています」

こうした文化的な違いもあるが、サッカー環境も違うと彼は感じている。

例えば選手のスケジュール管理だ。韓国代表でコーチングスタッフを務めた池田誠剛氏に取材した際には「韓国では厳しく細かく指示されることに慣れていて、“10分間フリー練習”と言っても、選手は何をしていいかわからず戸惑ってしまう」という話も聞いた。

だが、チョン・ソンリョンもそのギャップを体感している。

「韓国と比べて、日本は自由に使える時間がたくさん与えられます。僕もそのギャップには多少戸惑いましたが、今は練習後にゲームやショッピングをするほど自然に生活できていますね」

その時間を使って、チームメイトとも分け隔てなく絡んでいるのだという。チームではベテランに当たるため、昨シーズンは一人ひとりを自らご飯に誘い、全員と食事をともにしたそうだ。「よく兵役の話を聞かれる」のは韓国人選手の宿命だろうか。

ちなみにチョン・ソンリョンの両腕には大きなタトゥーが入っているが、これも日本との文化的な違いと言えるだろう。日本では何かとタブー視されることが多いが、韓国人アスリートでは堂々とアピールする選手も少なくない。

(参考記事:日本よりも強烈で大胆な韓国サッカー選手たちのタトゥー事情)

さりげなくそのことに触れてみると、チョン・ソンリョンは快くタトゥーの意味を説明してくれた。

「家族のイニシャルや背番号と同じ数字の1です。僕にとって数字の1は、GKとしてのプライドや責任感を示す番号ですし、家族に誇らしい家長になるという誓いが込められたものなんです」

韓国人選手にはない日本人選手の良さ

また、チョン・ソンリョンは川崎フロンターレの選手たちと交流を深める中で、韓国人選手が持っていない日本人選手の良さも見えてきたそうだ。

「日本の選手は切り替えが早い。試合に負けてもすぐに前を向く。転換が早いのはいいことだと思います」

インタビュー前編では技術的な成長について語ってくたが、チョン・ソンリョンは日本のサッカーからメンタル面での成長のヒントも得たのだろう。

そんなチョン・ソンリョンは今後、川崎で何を目指すのか。

「川崎はまだタイトルがないので、今回のACLでぜひとも優勝を勝ち取りたい。可能性ですか?結果は神のみぞ知ること。僕はチームのためにベストを尽くすだけです」

韓国時代は無数の優勝を味わってきた。浦項スティーラーズ時代にリーグ優勝1回(2007年)、城南一和時代にACL優勝1回(2010年)。韓国代表として東アジア選手権(2008年)も経験している。

タイトルを知らないチームのゴールマウスには、“優勝の味”を知る男が立っている。韓国から来たベテランGKは、初の載冠を実現する救世主となるのだろうか。ACL準々決勝の浦和戦では、川崎の守護神から目が離せそうにない。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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