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アジア系オンリー映画が、異例の全米1位。多様性を超えた純粋な面白さで、日本でもヒットの予感?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『クレイジー・リッチ!』のLAプレミアに集まったキャストやスタッフたち(写真:Shutterstock/アフロ)

先週末(8月第3週)の北米ボックスオフィスで、異例の作品が第1位に輝いた。その名は『クレイジー・リッチ!』。何が異例かというと、この映画、ほぼ100%のキャストがアジア系なのである。製作はワーナー・ブラザースなので、純然たるハリウッド映画なのだが、このようにアジア系キャストだけの作品をメジャースタジオが送り出すこと自体が異例。しかも北米で初登場1位になるのは、おそらく初めての事態だ。25年前の1993年、やはりハリウッドのスタジオが製作したアジア系キャストの『ジョイ・ラック・クラブ』がヒットしたが、同作も1位には到達していない。クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』や、ロブ・マーシャル監督の『SAYURI』といった日本人キャストをメインにしたスタジオ作品も同様だ。

ここ数年、ハリウッドでは、男女間の格差や、人種的マイノリティやLGBTQなどの問題を非常に重要視し、その問題を「多様性実現」という方向で解決しようとする姿勢が明らか。この『クレイジー・リッチ!』などは、まさにその典型的な例で、これまでアフリカ系、ヒスパニック系をメインにした作品がボックスオフィスを賑わすケースは多かったものの、アジア系の『クレイジー・リッチ!』の成功は、今後の作品に大きな影響を与えることになるかもしれない。週末5日間で3400万ドルと、数字としてもなかなかのもの。メガヒット作品の指針である1億ドルが射程に入った。

しかしこの1位スタートは、ある程度、予想されていたことで、他に強力な作品が出なかったうえに、事前の評価が高かったことが要因。映画批評サイトのロッテントマトでは公開前から90%以上の“フレッシュ”の数字を維持。公開後も批評家93%、一般観客93%(8/21現在)と、恐ろしく高い数字となっている。ちなみに日本では『クレイジー・リッチ!』のタイトルで公開されるが、原題は『Crazy Rich Asians』。よりアジア系であることが強調されている。

つまりこの映画、なぜヒットしているかといえば、「アジア系」という珍しさ以上に、シンプルに「映画として面白い」という点が評価されているからだ。

現在、日本でもマスコミ向けに試写が行われているが、試写室では意外なほど感動の渦が広がっている。中盤から後半にかけて、明らかに作品に入り込んで、涙を流している人が多く見受けられる。なぜならこの映画、ハリウッドエンタメラブストーリーの「王道」と言ってもいい作りなのだ。

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原作はケヴィン・クワンの小説で、タイトルからして「金持ちアジア人」を皮肉ったような印象だが、その内容はじつに映画向け。育った環境が異なる男女が恋におち、相手の家庭に受け入れてもらえず悩む……という、絵に描いたようなストーリー。その「絵に描いたような」感覚を、絶妙に映画化した点が大成功の理由だと感じる。しかも単なるシンデレラストーリーではなく、ヒロインの自覚や仕事もしっかり盛り込むことで、近年の『プラダを着た悪魔』『マイ・インターン』などのヒット作の流れを汲んでいる。要するに「共感度」が異様に高いのだ。

メインの舞台がシンガポールということで(撮影はマレーシアでも行われた)、アジア系が主要キャストになるのは必然だった。しかも男性側の主人公が中国系シンガポール人なので、キャストの多くも中国系である。

主演の2人は、それほど馴染みがないかもしれないが、脇を固めるキャストが

ミシェル・ヨー(『グリーン・デスティニー』)

オークワフイナ(『オーシャンズ8』)

ケン・チョン(『ハングオーバー』シリーズ)

ソノヤ・ミズノ(『ラ・ラ・ランド』『エクス・マキナ』)

ハリー・シャム・ジュニア(ドラマ「グリー」 ※今回はカメオ的に一瞬の登場)

と、ハリウッドで活躍するアジア系が勢ぞろいした感もある。東京生まれのソノヤ・ミズノのコンスタントな活躍は、日本人にもうれしいだろう。監督も『G.I.ジョー バック2リベンジ』『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』などハリウッド大作も手がけてきたジョン・M・チュウと、アジア系である。

要するにこのストーリー、人種や国を変えて描いたとしても、一本の映画になる普遍性を備えている。もちろん北米の劇場には、現地のアジア系の人たちが多く詰めかけてロケットスタートとなったわけだが、作品自体の評価が高いので口コミも広まり、ちょっとした社会現象になりつつあるのだ。

一方で、「黒人」「ヒスパニック」「アジア系」と特定人種に限定する作品への疑問もあるが、やがて性別や人種、セクシュアリティの垣根を超えた作品が多く作られる「布石」がこうして作られ続けるのは喜ばしい。

日本でも9月に公開される、この『クレイジー・リッチ!』。日本ではどう受け入れられるのか。ハリウッドが作るアジア系には敏感な部分もある日本人観客だが(そのために邦題から「アジアンズ」を外したのか?)、めくるめくゴージャスなアイテムや演出というポイントがあるうえ、何より、口コミが成績を大きく左右するようになった近年の日本で、シンプルに「面白い映画」として評判が広がる気もする。

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『クレイジー・リッチ!』

9月28日(金)、 新宿ピカデリーほか全国ロードショー

配給:ワーナー・ブラザース映画

(c) 2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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