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「加熱式タバコ」でも上がる呼吸器の「疾患リスク」

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 この数年で多くの利用者を獲得しつつある加熱式タバコだが、健康への悪影響は情報が少ないまま、タバコ会社からの一方的なアナウンスが流されてきた。最近になり、紙巻きタバコと同様、やはり加熱式タバコを吸っても呼吸器系の疾患リスクが高くなるという研究が出てき始めている。

肺炎にかかるリスクが

 アイコス(IQOS、フィリップ・モリス・インターナショナル)やグロー(glo、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)のような加熱式タバコでは、葉タバコを加熱してニコチンや葉タバコ由来の発生物質、葉タバコに添加される物質などを吸い込む。プルーム・テック(Ploom TECH、日本たばこ産業)は、グリセリンなどの化学物質を加熱して気化させたベイパー(蒸気)を葉タバコにくぐらせて吸い込む。

 能動的にタバコを吸う場合、喫煙者の身体へ吸い込む物質を主流煙というが、どのタバコ会社も加熱式タバコと既存の紙巻きタバコを差別化させたいらしく、加熱式タバコから発生した物質を頑なに「煙」といわず「蒸気」や「ベイパー」などと呼ぶ。いずれにせよ、葉タバコや人工的な物質が加熱されて発生した物質をあえて吸うことになるが、それらは口から入って鼻や喉、気管、気管支、肺などの呼吸器を経由し、肺胞から血液に混ざって脳を始め、全身へ送られる。

 加熱式タバコから発生した物質は、肺へ送られるまでの間、喉や呼吸器に触れていくわけだが、肺炎や呼吸不全など、こうした組織に対する悪影響の報告が少しずつ出てきた。2016年には、加熱式タバコの利用者の20歳の男性が急性の好酸球性肺炎(Acute Eosinophilic Pneumonia、AEP)にかかったという症例報告論文が日本から出ている(※1)。

 この患者は、発熱と息苦しさを訴えて診察を受けたが、レントゲン写真や血液検査などから急性好酸球性肺炎と診断され、ステロイド薬や酸素吸入などの治療を受けて退院したという。急性好酸球性肺炎は若い男性に多い病気とされ、喫煙や薬剤、寄生虫や真菌の感染が原因と考えられているが(※2)、まだよくわかっていない。

 症例報告論文の患者は20歳の男性だったが、薬剤の服用などはしておらず、感染症にもかかっていなかった。ただ、6ヶ月前から加熱式タバコ(論文ではHC=Heat-not-burn Cigarettes、時期などからおそらくアイコス)を1日20本利用し始め、発症の2週間ほど前からそれが1日40本に増えていたという。

 この論文では、加熱式タバコと急性好酸球性肺炎の因果関係について、利用本数の急激な増加が原因ではないかと考えている。なぜなら過去の日本人33人の患者を対象にした報告で、喫煙のみならず喫煙本数の短期的な増加が急性好酸球性肺炎の発症と関係があるとする論文(※3)があるからだ。

 肺などの呼吸器疾患に対する同じような症例報告は電子タバコでも出ているが(※4)、つまり加熱式タバコも紙巻きタバコと同様、急に吸う本数を増やすと急性好酸球性肺炎にかかるリスクが上がるかもしれないということになる。

吸引の急増と二重使用

 肺がんにせよCOPDにせよ、前述した急性好酸球性肺炎にせよ、紙巻きタバコが大量生産大量消費の嗜好品として広く流通する以前、それほど多い病気ではなかった。だが、どこでも手軽に買い求めることができ、キセルやパイプなどの面倒な道具を使わずに吸える紙巻きタバコはチェーンスモークにつながり、肺を含む呼吸器の病気を大きく引き起こすことになる(※5)。

 加熱式タバコもアイコスのヒートスティックやプルーム・テックのたばこカプセルは、20歳以上なら全国のコンビニなどで手軽に買うことができるが、機器の不具合や充電の煩雑さもあり、チェーンスモーク(タバコ会社にいわせればチェーンベイパーか)がしにくくなっている。前述した20歳の急性好酸球性肺炎の男性患者の場合、アイコスと思われる機器を2台持っていたという。

 加熱式タバコや電子タバコといった新型の喫煙装置では、喫煙者がそれまでの紙巻きタバコから完全に切り替えるということはあまり考えにくい。なぜなら、やはり吸い心地や味わいなどがこれら新型タバコで紙巻きタバコより劣っているからであり、日本では電子タバコでニコチンを添加したリキッドを利用することが事実上不可能になっているからだ。

 つまり、新型タバコと紙巻きタバコの二重使用(デュアルユース)が多くなるが、加熱式タバコの二重使用についてまだはっきりとわかっていない。電子タバコの調査研究では、紙巻きタバコとの二重使用者が多いことがわかっており、こうした二股喫煙者は禁煙しにくいという研究もある(※6)。

呼吸器の細胞に悪影響が

 加熱式タバコが、肺などの呼吸器に重大な悪影響を与えるという研究論文が最近いくつか出た。

 もともと紙巻きタバコのタバコ煙により、肺炎などの感染症のリスクが上がることはわかっていた。これはタバコ煙が、気管に炎症を引き起こす免疫系の仲介役を阻害し、気管の細胞の抵抗性を弱めるためと考えられている(※7)。

 同じようにアイコスと細胞組織を使った研究では、アイコスから抽出された物質にさらされた細胞で肺炎球菌の増加が観察されたという(※8)。つまり、アイコスを利用すると細菌感染の感受性が高まり、肺炎にかかるリスクが上がるかもしれないというわけだ。

 つい先日、米国のニューヨーク州立大学ロズウェルパークがん研究所の研究グループが出した論文(※9)によれば、加熱式タバコ(Heated Tobacco Product、HTP、IQOS)と電子タバコ(3.5%ニコチン添加、MarkTen Brand)、既存の紙巻きタバコ(マールボロ85mm)から抽出した物質を使い、それぞれヒトの気管支上皮細胞にさらしたところ、加熱式タバコの発生物質が細胞に対して強い毒性を示し、その毒性は紙巻きタバコ>加熱式タバコ>電子タバコの順に強かったという。

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ヒトの気管支上皮細胞を使った、空気(コントロール、Control)、電子タバコ(E-cigaretete)、加熱式タバコ(Heated Tobacco Product、IQOS)、紙巻きタバコ(Marlboro Red)の活性化の比較。バーが低くなるほど細胞の活性が悪くなり、毒性が高くなる。Via:Noel J. Leigh, et al., "Cytotoxic effects of heated tobacco products (HTP) on human bronchial epithelial cells." Tobacco Control, 2018

 これらはマウスなどの実験動物の生体に対するものではなく試験管レベルの細胞実験で、加熱式タバコは既存の紙巻きタバコより毒性が弱いのは確かだが、電子タバコよりは強く、無害とはとてもいえないものだ。研究グループは、加熱式タバコから出る物質の毒性について、細胞の自死(アポトーシス)や炎症系シグナル伝達物質(サイトカイン)の産生に関与しているのではないかとしている。

 加熱式タバコにも呼吸器疾患など健康への少なくない悪影響があることがわかったことになるが、無害ではない物質を口から吸い込んで体内へ吸引しているわけで当然といえば当然だろう。利用者の呼気からも同じ物質が環境中へ放出されていることになり、受動喫煙についてもその影響は無視できないだろう。

※1:Takahiro Kamada, et al., "Acute eosinophilic pneumonia following heat‐not‐burn cigarette smoking." Respirology Case Peports, Vol.4, Issue6, 2016

※2-1:Andrew F. Shorr, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia Among US Military Personnel Deployed in or Near Iraq." JAMA, Vol.282(24), 2997-3005, 2004

※2-2:Federica De Giacomi, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia." CHEST, Vol.152, Issue2, 379-385, 2017

※3:Hiroshi Uchiyama, et al., "Alterations in Smoking Habits Are Associated With Acute Eosinophilic Pneumonia." CHEST, Vol.133, Issue5, 1174-1180, 2008

※4-1:Darshan Thota, et al., "Case Report of Electronic Cigarettes Possibly Associated with Eosinophilic Pneumonitis in a Previously Healthy Active-Duty Sailor." The Journal of Emergency Medicine, Vol.47, No.1, 15-17, 2014

※4-2:Masayuki Itoh, et al., "Lung injury associated with electronic cigarettes inhalation diagnosed by transbronchial lung biopsy." Respirology Case Peports, Vol.6, Issue1, 2018

※5:Laura E. Crotty Alexander, et al., "Inflammatory Diseases of the Lung Induced by Conventional Cigarette Smoke: A Review." CHEST, Vol.148, Issue5, 1307-1322, 2015

※6-1:Sara Kalkhoran, et al., "E-cigarettes and smoking cessation in real-world and clinical settings: a systematic review and meta-analysis." The LANCET Respiratory Medicine, Vol.4, Issue2, 116-128, 2016

※6-2:Mohamad Haniki Nik Mohamed, et al., "Effectiveness and safety of electronic cigarettes among sole and dual user vapers in Kuantan and Pekan, Malaysia: a six-month observational study." BMC Public Health, Vol.18, 2018

※7:Jonathan Grigg, et al., "Cigarette smoke and platelet-activating factor receptor dependent adhesion of Streptococcus pneumoniae to lower airway cells." BMJ Thorax, Vol.67, Issue10, 2012

※8:Lisa Miyashita, et al., "Effect of the iQOS electronic cigarette device on susceptibility to S. pneumoniae infection." Allergy and Clinical Immunology, Vol.141, Issue2, 2018

※9:Noel J. Leigh, et al., "Cytotoxic effects of heated tobacco products (HTP) on human bronchial epithelial cells." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054317, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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