【パリ】アラーキー作品が話題の新美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」に
安藤忠雄氏が設計していることで、日本でも話題になっているパリの新美術館「ブルス・ドゥ・コメルス」。今年5月22日の開館時には、こちらの記事で歴史的建造物としての価値、美術館としての再生などについてご紹介しました。
オープニング企画として建物の中央で繰り広げられているロウソクでできた彫像が時間と共にどんどん溶けていくという、ウルス・フィッシャーによるインスタレーションは、開館から半年経過した今、下の写真のように変貌していました。
今日ご紹介するのは、館内の第3ギャラリーで12月8日から始まった荒木経惟作品の展覧会です。
タイトルは Shi Nikki ( Private Dairy) for Robert Franck。
荒木氏は、妻の陽子さんを亡くした後、『私日記』という写真集を発表していますが、今回展示されている101点のプリントは、フランソワ・ピノー氏が2014年に「タカ・イシイギャラリー」を通じて購入し、ピノーコレクションになっているものです。
写真は全て右下に日付が入っていて、最初の1枚は92年7月27日。そこから時系列的に展示が続き、101枚目は93年12月31日の日付だけが入った真っ暗な画面です。
荒木氏お得意のKinbakuシリーズはパリにもファンがいて、ギャラリーや書店でかなり見かける時期もありましたが、この101点の中にもやはりエロティックな作品が多く入っています。そして、小さな公園、駅のホーム、酔っぱらいのいる街角、広島の原爆ドームのある風景、愛猫、空の写真が抑揚となって、無言の物語が綴られているような、そんな感覚を見る者に与えてくれるような気がします。
for Robert Franckという副題は、荒木氏が敬愛し、親交のあったアメリカ人写真家ロバート・フランクへ、という意味。実は、この『私日記』が発表された94年、フランク氏は息子を失っていて、自分と同じく愛しい人を亡くした友への思いが込められているのだそうです。
「アラーキー」と呼ばれ一世を風靡した写真家。日本のメディアにしばしば登場していた荒木氏のことは、私も視聴者、読者の一人として記憶しています。被写体がしばしば挑発的ですから、彼の作品はおそらく好き嫌いの分かれるところだろうと思います。
かく言う私も、特にパリで彼のkinbakuシリーズを大々的に掲げているギャラリーや書店などを見るたびに、日本女性として複雑な気持ちがしたものです。けれども、今回の展覧会は少し違った思いで眺めている自分がいたように思います。
この『私日記』が制作された92、93年当時、私も東京に暮らしていましたので、懐かしい風景と四半世紀後にパリで対面することになった、という気分。裸の女性たちの写真にしても、写真がモノクロで、サイズもそう大きくないためか、かつて感じたような違和感が収まっているような…。
「好色というよりも、静かに物語るような深みのあるシリーズ」
9月から館長に就任したエマ・ラヴィーニュ氏のこのコメントに共感する人は、きっと多いはず。私も彼女の言葉に頷きつつ、ふと「Patiner(パティネ)」というフランス語が頭に浮かんできました。
辞書を引くと、この単語には「緑青で覆う、古色をつける、色つやを出す」という訳があります。
発表当時は物議を醸す作品でも、というか、むしろ、そういうインパクトのある作品ほど、歳月に磨かれていい具合になってゆく。同じ作品でも、見る時代と環境が違えば評価も変わる…。
思えば、印象派やゴッホ作品の価値も歳月によって醸成されたもの。「アラーキー」の『私日記』もまた、それを見る人によって様々な解釈が加えられ、伝えられてゆくことでしょう。
NOBUYOSHI ARAKI
Shi Nikki ( Private Dairy) for Robert Franck
荒木経惟
『私日記』ロバート・フランクへ
※会期は2022年3月14日まで。