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W杯予選では日本の脅威!?北朝鮮代表エースFWハン・グァンソンの数奇なサッカー人生とは

金明昱スポーツライター
長らくイタリア・セリエAでプレーしていた北朝鮮代表FWハン・グァンソン(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

 これほど国家に左右されたサッカー選手も珍しい。サッカー朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)代表FWハン・グァンソンのことだ。

 2026年の北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選で北朝鮮は17日(日本時間)にシリア(0-1)、21日にミャンマー(6-1)と対戦。気になるメンバーの中にイタリアとカタールでプレーしたのち、“消息不明”と言われていたハンの姿があった。コロナ禍で2020年から国際Aマッチから遠ざかっていた北朝鮮にとっては、ようやく訪れた実戦の場。加えてハンには“復帰戦”のような意味合いを持つ試合だった。

 特にミャンマー戦では右サイドからのクロスを頭で合わせてゴールを決めたあとチームメイトと大喜びする姿からは、自身にとっても待ちわびたゴールなのがよく分かった。調べてみると代表でのゴールは19年11月のカタールW杯アジア2次予選トルクメニスタン戦以来4年ぶりとのことで、かなりうれしかったのだと思う。

イタリア強豪クラブが認めたハンの才能

 ハンは世代別代表に選出されてきたエリートで、平壌国際サッカー学校(アカデミー)がスタートさせた育成プロジェクトの1期生で、イタリアのカリアリにテスト生として加入。2017年3月にユース選手として契約を結んだ。

 当時、カリアリでプレーしたアジア人選手はいなかったため、ハンが初めてのアジア人選手となった。その後、すぐにトップチームに昇格して、4月2日のパレルモ戦でセリエAデビュー。しかも驚くべきは、デビュー2試合目の4月10日のトリノ戦で81分に途中出場し、アディショナルタイムにヘディングシュートを決めて初ゴールを記録した。

 この年は12試合に出場して1ゴール。17-18と18-19シーズンはペルージャに期限付きで加入し、2シーズンで計36試合11ゴールを挙げた。19-20シーズンはカリアリに復帰したところで、ユベントスへの移籍が決まったのだが、トップチームへの出場機会を果たせず、次はカタール1部のアル・ドゥハイルへ5年契約で移籍する。19-20シーズンは10試合出場で3ゴールと7度目のリーグ優勝に貢献。

 しかし、新シーズンスタート後の20年9月にはクラブの公式サイトやインスタグラムでメンバー登録が確認できず、行方がわからなくなっていた。

コロナ禍の国境封鎖で約3年も北朝鮮へ帰国できず

 北朝鮮選手の登録抹消の理由は簡単な話で、国連の「対北朝鮮制裁決議」にある。「海外労働者が稼いだ金が核やミサイル開発に流れている」という話だが、選手の移籍金や契約金までがその対象とされるのは、たまったもんではないだろう。

 クラブ側はやむなくハンを放出せざるを得なかったと聞く。当時の国連安全保障理事会では、加盟国内の北朝鮮労働者を送還するよう求める対北朝鮮制裁決議が採択されており、そのあおりをハンも受けたということだ。

 その後、北朝鮮サッカー関係者の話によると「ハンは海外のどのクラブにも所属できないまま、一旦、イタリアに戻って練習を続けていた」そうだが、なぜすぐにでも自国リーグでプレーしないのかと疑問に思っていた。

 考えれば簡単なことで、彼は帰国したくてもできない状態だったのだ。20年以降のコロナ禍で北朝鮮は長らく海外からの入国を許可しておらず、国境は封鎖されていた。つまりハンは母国リーグでプレーができたはずが、不可抗力でサッカーが続けられない状態に陥った。その期間は約3年で、ようやく帰国できたのは飛行機が往来し始めた今年8月と最近のことだ。

 「3年」の空白期間は、プロサッカー選手にとっては辛く、サッカー人生を諦めてしまうような期間でもあると思う。彼はまだ25歳と若く、18歳当時はイギリス紙『ガーディアン』が「世界で最も才能あるU-18フットボーラー50人」に選んだほど。ただ、脂の乗った時期に実戦から遠ざかったわけで、世界で活躍する同年代の選手たちと比べると、その力は大きく引き離されたと言っても過言ではない。

背番号「10番」として代表に戻ってきたハン

 それでも彼は腐らず、国内チームに所属し、代表にも復帰していた。W杯アジア2次予選の2試合を見る限り、背番号「10」を背負うところにチームのエースとして、期待されている証であるのはうかがえた。

 しかし、シリア戦は先発するも、前半のみのプレーで終わった。体力不足は否めず、チームにまだフィットしていない感じが見受けられた。ミャンマー戦は相手が格下であったことから、比較的自由にボールを持つことはできたが、縦に抜けるスピードには衰えを感じずにはいられなかった。

 ただ、試合勘が戻ってくれば、セリエAやカタールでの経験が間違いなく生きてくるはず。数々のイタリアのクラブが彼の才能を認めていたのは事実で、実際にユベントスが完全移籍で獲得を狙い、契約に至っている。それだけ彼には光る才能があるし、ボールを持ったときのプレーに期待せずにはいられない。

 欧州5大リーグで初めて得点した北朝鮮選手という記録を持つハンだが、これほどの数奇なサッカー人生も珍しい。来年3月、北朝鮮は日本と2連戦を戦う。下馬評では日本有利に変わりはないが、数少ない欧州経験選手としての意地を見せてもらいたいと思っている。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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