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【特ダネ】NHK女性記者15人が7月異動で大量退職の怪

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロンドン支局長時代の助手、樋熊泰奈さんが出産した奈津ちゃん(右)と美南海ちゃん

炭鉱のカナリア

都議会に続いて国会でも「まず自分が子供を産まないとダメだぞ」という性差別ヤジが女性議員に飛ばされていたことが明るみになる中、今度は公共放送のNHKで女性記者15人が7月の異動に合わせて大量退職する見通しであることがわかった。

取材の最前線では女性記者も男性記者と同様、朝駆け夜討ちを強いられ、超過勤務が日常的になっている。大量退職する見通しの女性記者15人は、NHKの「炭鉱のカナリア」なのか。

昔、炭坑に入るとき、先頭の坑夫は必ずカナリアの入った鳥カゴを手に持っていた。坑道に有毒ガスがたまっていると、元気に鳴いていたカナリアが突然、動かなくなる。

そのとき異常に気付いて、早く坑道から脱出すれば坑夫は命を失わずに済む。

NHKは他のメディアに比べて女性記者の割合も多く、出産・育児を支援する社内制度も整っており、大量退職に報道局幹部も首をひねっているそうだ。

しかし、女性記者が意欲を持って働けないニュースルームに、男女の機会均等を後押しするバランスのとれた報道を期待するのは難しい。

激減する男子学生の「新聞記者志望」

一時期、新聞記者は大学生にとってあこがれの職業だった。しかし現在、志望者はピーク時に比べ一桁少なくなっている。筆記試験とは名ばかりで、受験者はほとんど全員面接に進むことができるという。(大手新聞社中堅記者)

その中で女子学生の比率は7~8割にのぼり、男子学生は新聞社への就職を回避する傾向が強く現れている。地方紙でも新入社員は女性ばかりという嘆き節を聞いたことがある。

筆者が主宰する勉強会「つぶやいたろうジャーナリズム塾」(現在5期生)の塾生も女性が圧倒的に多い。永久就職先にこだわる男性より、女性の方が先行きに不安を抱える新聞社に就職するリスクを取りやすいと解説する関係者もいる。

男社会のメディアに女性記者が増えることは良いことだ。女性記者が男性記者並みの超過勤務を強いられるより、女性が働きやすい環境を女性記者が積極的に行っていった方がはるかに男女の機会均等が進むからだ。

そうすれば、退職するまで一度も家庭をかえりみない男性記者の働き方もきっと変わるはずだ。一日待てば発表されるニュースをわざわざ朝駆け夜討ちをしてだし抜くことに力を注ぐより、政府や地方自治体の政策にメスを入れた方がずっと社会の役に立つ。

受信料に支えられるNHKでは男子学生の「就職志望離れ」は、経営の苦しい新聞社ほど顕著ではないのかもしれないが、NHKは女性記者の働き方を見直した方が良い。

少なすぎる女性記者

それでなくても日本のニュースルームには女性が少ないのに、女性記者が大量退職すれば、職場のマッチョ化にますます拍車がかかる。2010年12月に国際女性メディア基金(IWMF)がまとめた報告書では日本のニュースルームでの男女比は7対1だった。

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世界経済フォーラム「ザ・グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書2013」によると、日本の女性国会議員率は全議員の8%で、120位。サウジアラビアやアフリカのマリよりも低い。国会とメディアは率先して女性比率の数値目標を導入すべきではないか。

IWMFの報告書ではメディアで職業水準に達している女性の割合は世界で35.1%。アジア・オセアニアでも20.7%もあるのに、日本は15%止まり。西欧や北欧では40%を超えている。これで日本は先進国と言えるのか。

同報告書は、日本の放送局は総務省から免許を与えられており、法律で「政治的な中立性」を求められていると指摘。メディアが政府のコントロールを受けることへの批判はあるが、改善されていないことに強い懸念を示している。

「安倍NHK人事」とは無関係か

NHKをめぐっては、籾井勝人(もみい・かつと)会長が就任会見で、旧日本軍の慰安婦問題について「どこの国にもあった」「なぜオランダには今も飾り窓があるのか」と発言して大騒ぎになったことは記憶に新しい。

NHK経営委員の長谷川三千子・埼玉大学名誉教授も、産経新聞のコラムで「人間の女性は出産可能期間が限られていますから、その時期の女性を家庭外の仕事にかり出してしまうと、出生率は激減するのが当然です」と、人口減対策として「性別役割分担」を強調したことがある。

NHKの新入女性社員の間では、長谷川名誉教授の発言に衝撃が走ったという。

都議会で、妊娠・出産・不妊に悩む女性への支援を訴えた塩村文夏(あやか)都議(36)に「自分が早く結婚すればいい」と性差別ヤジを飛ばした鈴木章浩都議(51)=自民党会派離脱=は「少子化、晩婚化の中で、塩村議員に早く結婚して頂きたいという軽い思いで」発言したと謝罪した。

長谷川名誉教授も鈴木都議も女性の晩婚化が少子化の原因とみているようだが、果たしてそうだろうか。筆者の産経新聞ロンドン支局長時代の助手、樋熊泰奈さんは3カ月半前、37歳で愛くるしい双子の女児を出産した。

筆者は「英国で働く女性が出産、子育てしやすい理由は何だと思いますか」と質問してみた。

泰奈さん「英国は国営医療制度(NHS)なので医療費の心配がありません。夫が育児休暇を取りやすく、職場復帰もしやすいという理由もあります。中小企業の場合、産休手当ての補助が国から102%出るので、中小企業の負担にはまったくなりません」

少子化の原因を晩婚化に結びつけるのは、日本で「真正保守」を名乗る頑迷固陋な人たちだけだ。

英国やフランスで回復する出生率

ソ連崩壊や米国の衰退を予測した著名なフランスの家族人類学者エマニエル・トッド氏は「女性の識字率が上がれば、出生率は下がる」ことを人類普遍の傾向としてとらえた。女性の識字率が上がれば晩婚化が進み、出生率は下がるという。

しかし、英国やフランス、北欧などの先進国で、女性が一生の間に出産する子供の平均数を表す「合計特殊出生率」は回復している。

世界金融危機後の景気低迷で「産み控え」が心配されていたが、世界銀行の統計によると、英国では1997年の1.69を底に2012年は1.9。昨年のロイヤルベビー誕生の影響で「2」達成の期待が膨らむ。

フランスでは93年の1.73から12年には2.0まで上昇した。「2」を超えると人口減は回避できるといわれている。

女性先進国の北欧はどうだろう。12年時点でスウェーデンは1.9、ノルウェー1.9、フィンランド1.8。方やドイツは1.4、ギリシャ1.3、イタリア1.4。

欧州のおける出生率の格差をどう見るか。多産のイスラム系移民の増加、育児支援、産休制度などの影響はもちろんあるものの、女性の社会進出度と出生率の回復は密接に関係している。

メルケル首相は女性だが、ドイツでは「女性は教会、台所、子供を大切にすべきだ」という風潮が今でも強く残る。ドイツ人女性は家庭か、仕事のジレンマに悩まされている。

ギリシャ、イタリアも女性に対する考え方が日本の「真正保守」同様、極めて保守的だ。長谷川名誉教授の説が正しいのなら、ドイツやギリシャ、イタリアの出生率は英仏、北欧のそれを上回っていなければならない。

破綻している「真正保守」の論理

日本では非正規雇用が増え、夫の収入だけで妻子を養う経済構造ではすでになくなっている。夫婦共働きでも子供を育てていけるような社会をつくっていくのが正しい方向だ。

妊娠中絶や避妊薬など、「産む性」の否定がジェンダーフリーを意味した戦後とは異なり、ジェンダーフリーが「産む性」を保障する時代を迎えつつある。

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日本の出生率は05年の1.26で底を打ち、12年には1.4まで回復した。仕事も結婚も出産も家庭もが女性にとって当たり前になる社会が最高の少子化対策だ。

安倍首相は経済政策アベノミクス第3の矢「成長戦略」の中でウーマノミクスを重要な柱として位置づける。それが偽らざる真意であるのなら、NHKの女性記者大量退職を深刻に受け止めなければならないだろう。

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tsubuyaitaro@imediajapan.onmicrosoft.com

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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