「罪を反省していない少年を社会に放り出すのか?」遺族が叫んだ事件と近畿財務局 赤木さんの事件の共通点
無免許運転で死亡事故を起こした少年が、家裁と地裁の間を2往復も行ったり来たりした事件をご存じだろうか?
家裁と地裁を2往復 異例の少年事件
その事故は2015年(平成27年)8月13日に起きた。兵庫県尼崎市の市道で、無免許で初めて車を運転した16歳の少年は、自転車の肥後勇さん(当時80歳)をはねて死亡させ、助けもせず逃げ去った。
少年はそれまでに2度、保護処分を受けていた。大阪家庭裁判所は「刑事処分を受けさせるべき」と少年を検察庁に送った。地検が起訴して少年は大阪地方裁判所で裁判を受けた。
ところが大阪地裁は「更生が期待でき、保護処分が相当」として家裁へ逆送致に。まさかの結論に傍聴席の遺族が泣き出すと裁判長は「静かにしてください」と冷たく言い放った。
少年を送り返された大阪家裁は再び検察送りに。再度起訴された少年に大阪地裁はまたも家裁に戻す判断。これが「行ったり来たり2往復」だ。3度目の家裁での審判で少年の保護処分が決定。少年は少年院に送られた。
私は当時NHK大阪報道部の司法担当記者として一連の裁判を取材した。これらの経緯は遺族にとって納得できるものではなく、当の少年のためにもならないと感じ、NHKのニュースで報じた。ほかの報道各社も大きく取り上げた事件だった。
あれから3年 忘れていた事件の遺族から連絡
あれから3年。私は森友事件を取材して報じ、記者を外されてNHKを辞め、事件の渦中で命を絶った財務省近畿財務局の上席国有財産管理官、赤木俊夫さんの手記を世に出した。正直に言って肥後さんの事件のことは忘れていた。そこに、亡くなった肥後勇さんの長男、肥後剛さん(54歳)から3年ぶりに連絡が入った。
「覚えて頂けてますか?全国初の未熟運転、家裁と地裁のキャッチボールに振り回された被害者遺族の代表です」
名前を目にして即座に思い出した。肥後さんは、森友事件を追及する私の一連の報道に触れた上で続けた。
「事件の真相を追及したい…という思いは、被害者側にも消えません」
「少年院に収容された犯人の仮退院申請が出たんです。謝罪の手紙は途絶え、ほぼほぼ示談になりかけていた賠償の交渉も頓挫(少年院で何かトラブルを起こしたようです)。なのに退院の準備へと進んでる。反省→贖罪→更生とステップアップするものだと思うんです。これまで犯してきた数々の罪への反省すらいまだにまったくできていない…と言っても過言ではないのでは?何も変わらないのはわかっていますが、とりあえず4月14日に近畿地方更生保護委員会へ意見陳述に行ってきます。…という事実を、何らかの形で取り上げて頂ければ…、いえ、話を聞いて頂けるだけでも、活字によるやり取りだけでも構いません」
かつての取材先からの久しぶりの連絡はうれしいものだ。これは取材に行くしかない。
まったく無関係の2つの事件を結ぶものは…
そして迎えた当日。肥後さんたちご遺族は弁護士とともに近畿地方更生保護委員会が入る大阪合同庁舎第4号館へと入っていった。
ところでこの建物の看板に注目してほしい。国の出先機関が多数入るこの建物。肥後さんたちが向かう近畿地方更生保護委員会の2つ上に表示されているのは…財務省近畿財務局。そう、森友事件で犠牲になった赤木俊夫さんの職場。国有地不当値引きの、公文書改ざんの、現場となった場所だ。どうやら私と財務局はそういう因縁で結ばれているようだ。
待つこと40分。肥後さんたちが出てきた。委員会の職員を前にそれぞれ思うところを述べてきたという。くわしい話を聞くため、近くの喫茶店に場所を移すことにした。最寄りの喫茶店というと…実はこの建物のすぐそばに、かつての私の職場、NHK大阪放送局がある。その1階にある喫茶店が最寄りだ。私たちはそこに移動した。またも因縁としか言いようがない。ちなみにNHKの隣は大阪家庭裁判所。少年の少年院送りが決まった場所だ。
遺族の叫び「この状態で社会に放り出すんですか!?」
「日本放送協会 大阪放送会館」という表示が背後に見える喫茶店で、肥後さんは語った。
「事前に意見書も出しましたけど、きょうはそれとは別に思うところを言わせてもらいました。裁判でも訴えたけど、この少年は刑務所で反省させるべきだったんです。少年院ではなくて。だから彼ら(更生保護委員会の担当者)に言いました。
『あなた方は、少年に反省させて贖罪の気持ちを根付かせるんじゃなかったんですか?手紙もない。示談もない。これは反省してないでしょ?考えるべきは仮退院ではなくて教育期間の延長の方でしょう。それが社会のためだし、少年のためでもある。この状態で社会に放り出すんですか!?』
最後は相当強く叫ぶように訴えました」
私は弁護士の金容洙さんに尋ねた。
「少年院の延長ってできるんですか?」
金弁護士は答えた。
「できないでしょう。彼ら(更生保護委員会)には家裁が決めた内容を変える権限はありません。きょうの意見陳述は仮退院に向けた手続きですね」
少年よりも国への怒り
再び肥後さんに尋ねた。
「今、一番憤りを感じているのはどういうことですか?」
肥後さんは即座に答えた。
「最初はね、もちろん少年への怒りが強かった。でも今は、国と、向こうの(少年を弁護した)弁護士に対する怒りの方が強いんです。特に国ですね。こんな仕組みでいいのか!という怒りです」
怒りはあっても、どうすることもできないもどかしさ。そして亡くなった父親は戻ってこない。森友事件で亡くなった赤木俊夫さんと、妻の昌子さん(仮名)に通ずるものがある。
私ができること、すべきことは、そういう方々の思いを世に伝えることだ。私は肥後さんのことも赤木さんのことも生涯忘れないだろう。
#赤木さんを忘れない #肥後さんも忘れない
【執筆・相澤冬樹】