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ペットと平成  「うちの子」になった犬猫たち

太田匡彦朝日新聞記者
家の裏手で暮らしていたムク。昭和50年代が終わる頃、家にやってきた(筆者提供)

 平成に入って少子高齢化が進む中、新たな「家族」になったのが犬や猫です。犬の飼育数は平成当初に比べて一時は2倍になり、猫は最近20年間で3割近くも増えました。私たちの暮らしに犬猫たちの存在が徐々に根付いていった30年を振り返ります。

●店で買う「家族」、悪質業者横行も

 昭和50年代が終わる頃、団地から建売住宅に引っ越したのを機に、我が家に犬がやってきた。父がどこからかもらってきた、雑種の子犬。モコモコした外見から「ムク」と名付けた。

 子犬のうちは玄関で飼っていたが、そのうちに家の裏手に犬小屋を建て、杭に鎖でつないだ。エサは、いわゆる残飯だった。しばらくすると隣家がマルチーズを飼い始めた。我が物顔に室内を歩き回る姿と「血統書付き」という響きに、雑種のムクは、どこか色あせたように子供心に思えた。ムクは平成が始まる直前、フィラリア症で死んだ。

 ペットフード協会によると、その頃、犬の飼育数は686万匹(1987年)だった。平成に入ると一気に増え、ピークの2008年には1310万匹に達した。この間、犬たちは拾ったりもらったりする外飼いの「番犬」から、ペットショップで買って室内で共に暮らす「家族」へと、主な位置づけを変えていった。

 テレビCMから、犬が家族の一員として認知されるようになったことがよくわかる。ミニバンに元気よく乗り込む犬、カメラの被写体として躍動する犬、新築マンションのかたわらを飼い主と散歩する犬――。かつてなら子どもが映っていたであろうポジションに、犬たちが進出した。

 飼育環境は大きく向上した。餌は、栄養バランスが考えられたドッグフードが主流になった。フィラリアやノミ・ダニの予防、感染症対策のワクチン接種などが浸透し、かける獣医療費が増えた。長毛種はトリミング、それ以外でも定期的なシャンプーなどのため、ペットサロンを利用する飼い主も少なくない。ペットフード協会の調べでは、犬にかかる費用は18年時点で平均月1万1480円、生涯で見ると平均179万円余りになっている。

 ブームもあった。90年代前半は、漫画「動物のお医者さん」の影響でシベリアンハスキーが大流行。02年からのテレビCMはチワワ人気に火をつけた。消費者は、純血種を求める動きを強めた。血統書発行団体ジャパンケネルクラブによると、純血種の犬の新規登録数は89年は約23万7千匹だったが、ピークの03年は約57万5千匹に増えた。

 結果として大きな成長を遂げたのが、ペットショップを中心とする生体販売ビジネスだ。平成が始まる前後から全国にできはじめた生体の競り市(ペットオークション)が、ペットショップの多店舗展開を後押しし、00年代に入ると異業種からの参入も相次いだ。

 繁殖業者が様々な犬種の子犬を競り市に出荷し、ペットショップが仕入れて、店頭のガラスケースに陳列する。消費者は、百貨店の屋上やホームセンターなどで日常的に純血種の子犬を目にし、購買意欲を刺激される。いまや当たり前になったそんな風景は、平成を通じて形作られた。全国に数十店から100店前後を展開する大規模ペットチェーンは現在、10社以上も存在している。

 生体販売ビジネスの成長は、犬と消費者の距離を近づけた一方で、悪質業者による動物虐待という社会問題も生んだ。繁殖用の犬を、何段にも積み上げた小さなケージに入れっぱなしで飼育し、子犬を産ませ続ける。子犬は生後1カ月を超えたらなるべく早めに出荷する。売れ残れば地方自治体の保健所や動物愛護センターに持ち込んだり、闇で葬ったり。繁殖能力が衰えたり売れ残ったりした犬を、山中や河原に遺棄する事件も起こった。大量生産、大量消費のしわ寄せが、犬たちにいった。

 動物愛護法は平成の間に3度も改正された。毎回、悪質業者への規制強化が検討課題にのぼるが、ペット業界の反対もあって状況はなかなか改善されない。平成最後の年となった19年にも、超党派の国会議員が改正を目指している。業界側がようやく歩み寄りを見せており、次の時代には大きく改善される可能性がでてきている。

●ネコノミクス注目、飼育数が逆転

 一方、平成の半ばに入ると、今度は猫が存在感を増し始めた。94年に推計717万匹だった飼育数は、じわじわと増加。17年は952万匹となり、ピーク後は減少傾向の犬(892万匹)を、ついに抜いた。

 背景には、00年代半ばからの猫ブームがある。ネット上で当時はやり始めた個人ブログで、猫は有力なコンテンツになった。SNSや動画投稿サイトでも人気に。そこから派生するなどして写真集、映画、CMにも次々と取り上げられた。「ネコノミクス」という造語も登場。その経済効果は2兆3千億円(15年)という試算まで出た。

 こうなると、犬と似たプロセスをたどり始める。少し前まで拾ったり、もらったりするのが当たり前だった猫だが、テレビCMに登場したスコティッシュフォールドなど一部の純血種の人気が高まり、ペットショップで買うものになりつつある。

 既にペットショップの店頭には、はやりの純血種の子猫がずらりと並ぶ。朝日新聞の調査では15年度以降、猫の流通量は前年度から平均1割増のペースで増え続けている。16年のゴールデンウィークには、競り市での落札価格が例年の3~4倍まで高騰した。子犬より高値がつく子猫も出て、業界内で話題になった。

 かつて猫は自由に家を出入りしたものだが、最近は環境省や自治体が野良猫対策などのため、「完全室内飼育」を推奨するようになった。餌もキャットフードが一般的になり、かける獣医療費も増えた。ペットフード協会によると、18年時点の猫にかかる費用は平均月7521円、生涯では平均112万円余りになっている。

 ニューヨーク市立大のキャサリン・M・ロジャーズ名誉教授の著書「猫の世界史」によるとイギリスやアメリカでも、00年前後に猫の飼育数が犬を逆転している。ドイツやフランス、オランダ、カナダなどでも猫が犬を上回っているデータがある。生活の都市化や核家族化などが進む先進国では、ライフスタイルの変化に伴い、犬猫の飼育数が逆転するものなのかもしれない。

 犬猫あわせた飼育数は、18年時点で推計1855万匹。03年に、15歳未満の子どもの数を超えている。さらに少子高齢化が進む日本が迎える次の時代、犬猫たちは、より存在感を増しそうだ。

(2019年4月18日付朝日新聞朝刊に掲載した記事に加筆しました)

朝日新聞記者

1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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