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「8週齢規制」めぐり出生日偽装が横行、子犬の死亡率上昇の可能性も 対策迫られるペットショップ

太田匡彦朝日新聞記者
ペットオークションに出品される子犬たち(画像を一部加工しています)=太田匡彦撮影

 幼い子犬・子猫の心身の健康を守るため2019年の動物愛護法改正で導入された「8週齢規制」。生後56日を超えるまで子犬・子猫の販売は禁じられたが、繁殖業者による出生日偽装が横行している。

 朝日新聞が昨年12月に行った動物愛護行政を担う全国129の自治体への調査では、規制の実効性の低さが改めて浮き彫りになった(犬猫の「生後8週」までの販売規制、出生日偽装で実効性に疑問符)。ペットショップ大手に取材すると、出生日偽装が疑われる個体について身体的な弱さをうかがわせるデータも判明。販売の現場では対策を迫られている。

子犬の死亡率が1・5~2倍に

 年間約5万匹の子犬・子猫を販売するペットショップ大手Coo&RIKU(本社・東京都千代田区)ではペットオークション(競り市)、繁殖業者との直取引、自社グループの繁殖場という三つのルートから仕入れを行っている。直近2年分となる約7万匹の子犬の体重データを分析すると、オークションや繁殖業者との直取引で仕入れた個体は、グループ会社が経営する8週齢規制を確実に順守している繁殖場から仕入れた個体に比べ、「あからさまに(体が)小さいことがわかった。ごまかされているところがあると考えざるを得ない」(大久保浩之社長)という。

 前者2ルートで仕入れた子犬が、グループ会社の繁殖場から仕入れた子犬の入荷時の体重に達するまで、犬種によってばらつきはあるが2~3週間かかることも判明した。

 そのうえでそれぞれのルートから仕入れた子犬の死亡率を調べてみると、グループ会社の繁殖場からの個体は0・67%だったのに対し、オークション経由では1・03%、繁殖業者との直取引では1・26%と、1・5~2倍も高かった。

 子猫の死亡率にも同様の傾向がみられ、グループ会社の繁殖場からの個体が1・69%だったのに対し、オークション経由は3・27%、繁殖業者との直取引では2・96%だった。

 大久保さんは「仕入れた後の飼育環境は全く同じなのに、これだけの差が出た。子犬・子猫の健康にとって2~3週間の成長の差がいかに大きいかよくわかる。もともと業界内では、生後45日くらいまでが子犬の見た目が最もかわいい時期と考えられていて、実際いまでも同じ犬種や毛色なら小さいほうが高く取引される。2~3週間ごまかせば、差額は5、6万円になる。こうした商習慣が抜けないのではないか」と話す。

繁殖業者に「ごまかす動機」、ペットショップは「自衛」

 繁殖業者による法令違反が横行するのであれば、ペットショップとしては「自衛」するしかない。

 Coo&RIKUではグループ会社の繁殖場から仕入れる割合を増やしていく方針を掲げつつ、子犬・子猫をオークションなどから仕入れる際の社内基準として、最低体重など別の線引きを検討するとしている。同時に、「繁殖業者が規制を守るよう、オークションはより厳しく監督する体制を整えてほしい。8週齢規制が徹底されれば、流通する子犬・子猫の死亡率は確実に下がります」(大久保さん)と注文をつける。

 一方、全国に約150店を展開するAHB(本社・東京都江東区)は、ほとんどを繁殖業者との直取引で仕入れていて、以前から仕入れ時の最低体重を犬種・猫種ごとに定めている。トイプードルやチワワであれば450グラム、ミニチュアシュナウザーであれば700グラム、ペルシャ猫であれば600グラム――といった具合だ。

 「日齢が規制に満たない子を仕入れてしまうと、フードを食べなかったりすぐに下痢になったりと様々な問題が生じる。生後56日を超えていると言われても、体重が基準に満たない場合は仕入れません」と川口雅章社長は言う。それでも、繁殖業者の側に「ごまかす動機」があることには不安をおぼえる。繁殖業者は、早めに出荷すれば飼育コストが削減できる。消費者がより小さな子犬・子猫を好むため、取引価格は小さければ小さいほど高くなるのも確かだ。

 川口さんはこう話す。「ペットショップの側でできることは限られていて、今後、(取引先の繁殖業者の)犬舎や猫舎にカメラを付けてもらったり、(繁殖実施状況記録の)台帳などを電子化して交配日から入力してもらったりといったことを検討しているところです」という。

健康管理センター新設に3億円

 コジマ(本社・東京都江東区)は21年6月、千葉県市川市内に約3億円をかけて、仕入れた子犬・子猫の健康を管理する「ウエルケアセンター」を新設した。原則1週間程度この施設にとどめ、社員の獣医師らが健康状態を見極めてから各店舗に送り出す体制を整える。状態が悪ければとどめる期間を延長し、治療などを施す。

 現実問題として、オークション経由で仕入れる子犬・子猫のなかには「食が細かったり、体調が安定していなかったりという子が多い。(オークションに出品される個体について)同じ日に生まれた子がたくさんいて(出生日偽装の)懸念があることも確か」(川畑剛社長)なことが背景にある。

 仕入れる際にはやはり最低体重を基準として設けてはいるが、「出生日を第三者がチェックできる法制度になっていないなかでは、子犬・子猫の健康は自分たちで担保するしかない。現状ではこれが、小売業者としてのリスクヘッジ」と川畑さんは言う。消費者への普及啓発を目的に昨年10月から提供を始めたアプリ「育ワン」なども駆使しつつ、対応を急ぐ。

 ペッツファースト(本社・東京都目黒区)は昨年6月以降、オークションでの取引をやめ、すべての仕入れを繁殖業者との直取引でまかなうようになった。バイヤーは繁殖業者のもとをこまめに回り、交配日から把握。以降、繁殖業者と連絡を取り合いながら、出産までの経過を追っていく。チェーン全体の販売計画を立てるのが目的の業務だが、結果として出生日偽装のリスクを低減できているという。

 また実際に仕入れる段階では、繁殖業者の側が「生後56日を超えている」と言っていても、まだ体が小さ過ぎたりする場合にはバイヤーのほうから「翌週(の出荷)に回してください」などと提案するようにしている。この際、仕入れ値は、体が大きく育った1週間後でも基本的に変更しない。こうした対応には、繁殖業者に出生日を偽装する「動機」を持たせないようにする効果があるという。正宗伸麻社長は「とにかく健康な子を確保するためです」と話す。

一部のオークション会場も対応急ぐ

 出生日偽装の「舞台」として強く疑われているオークションでも、一部の会場が対策を始めている。

 毎週水曜日が開催日の「関東ペットパーク」(埼玉県上里町)では3月、出品時の体重、門歯の生え具合、獣医師による出生証明書の有無を「出荷可否判定基準」とする方針を打ち出した。子犬・子猫を出品する繁殖業者にこれらの情報の提供を求め、「総合的に判断したうえで、明らかに幼いと認められる場合は出荷を拒否させていただく」(上原勝三代表)とする。

 関東ペットパークではほかにも、出生日や成長の記録を画像や体重のデータとともに記録するシステムを開発中といい、8週齢規制をいかに順守してもらうか、知恵を絞っている。ただ、上原さんはこう話す。

 「全国すべてのオークションが足並みを揃えなければ、意味が無い。より小さい子のほうがより高値で取引される現実があるなかでは、なんの制約もかけないオークションがある限り、ごまかしたい繁殖業者はそっちに流れていく」

ペットオークションの会場には、繁殖業者に8週齢規制の順守をうながすため、独自基準を周知する掲示があちこちに貼ってあった=2024年2月21日、埼玉県上里町の関東ペットパーク、太田匡彦撮影
ペットオークションの会場には、繁殖業者に8週齢規制の順守をうながすため、独自基準を周知する掲示があちこちに貼ってあった=2024年2月21日、埼玉県上里町の関東ペットパーク、太田匡彦撮影

朝日新聞記者

1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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