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恐竜に「踏まれる」とどうなるか

石田雅彦科学ジャーナリスト
Illustration by Deverson Silva

 恐竜は巨大で重いというイメージがあるが、そんな連中に踏まれるとどうなるのだろうか。恐竜化石の有名な産地で、恐竜が踏みつけた痕跡が残る地層を調べた研究がある。こうした踏みつけ痕跡から当時の生態系がわかってくるという。

恐竜に踏まれたカメの化石

 ちょっと前になるが、スイスのジュラ紀後期の地層で発見されたカメの化石から、カメが巨大な恐竜(竜脚類)に踏みつぶされたと考えられるという報告が出た(※1)。

 ジュラ紀の名前はフランス東部からスイス西部にまたがるジュラ山脈の地層に由来する。地層年代としてのジュラ紀は約2億130万年前から約1億4500万年前だが、そのカメの化石は2007年の調査でクルテドゥー(Courtedoux)というフランスの国境に近い地層から発掘されたという。

 この報告をした研究グループは、カメの化石の中に真ん中がまるで何かに押しつぶされたように平たく変形していることを発見したという。数トンにもなる巨大竜脚類がカメを踏みつぶし、それが化石になったというわけだが、かなりの重量物によって加重され、約7度の角度でねじりながら押しつぶされていることがわかったそうだ。

 このカメはジュラ紀後期のプレシオケリス(Plesiochelys)の仲間である「Thalassochelydia」という水棲カメだったのではないかと考えられ(※2)、プレシオケリスは白亜紀に出現したとされる現在のウミガメの祖先という説もある。

 また、スイスのジュラ紀の地層からは、カメの化石も多く含まれるが、恐竜の足跡(フットプリント)化石も数多く発見され、恐竜がよく通るトラック、「けもの道」もあるようだ。

 だが、恐竜の「けもの道」とカメの化石の発掘エリアは重複しないという。同研究グループは、もしかするとカメはすでに死んでいたかもしれないが、カメが産卵場所を探すうちに迷い、恐竜も普段は通らない新たな道へ入り込み、両者が出会って不幸な事態になったのではないかと推測している。

ブラジル北東部の恐竜の足跡とは

 ところで現在、最も古いとされるウミガメ(Santanachelys gaffney)の祖先は、ブラジル北東部のアラリペ(Araripe)盆地のサンタナ(Santana)層という白亜紀前期(1億2500万年前〜1億50万年前)の地層で日本人の研究者が発見した化石による(※3)。

 このサンタナ層からは、植物、魚類、昆虫、ヘビやワニ、翼竜などの爬虫類の保存状態のいい化石が数多く発見されてきた。

 最近、ブラジルのリオデジャネイロ連邦大学などの研究グループがサンタナ層に残された恐竜の踏みつけ痕跡に関する論文(※4)を発表した。恐竜によって地層や地質に残された擾乱(Dinoturbation)を調べることで、当時の自然環境や生態系、恐竜の生態などがわかるが、同研究グループによれば、白亜紀前期のアラリペ盆地は泥濘の多い湿地帯であったため、特に竜脚類(Sauropoda、竜脚下目)による堆積物の変形がよく残されているという。

 竜脚類の恐竜で有名なのは、頸が長く巨大なディプロドクス、アパトサウルス、ブラキオサウルスなどの草食恐竜で、その多くはジュラ紀に繁栄した。アルゼンチンのパタゴニアの白亜紀後期の地層からは最近、全長20メートル以上と推定される巨大なティタノサウルスの肩甲骨、骨盤、尾などの化石が報告されている(※5)。

 だが、同じ西ゴンドワナ大陸からわかれた南米大陸でも、ブラジル北東部の白亜紀前期の地層から竜脚類を含めた恐竜の化石はあまり多く発見されていないという(※6)。

 サンタナ層で恐竜の踏みつけ痕跡を研究したグループによれば、この地層には明らかに体重の重い竜脚類の足跡があり、小川が流れ込む湿地帯や湖の湖畔、三角州などに二足歩行と四足歩行の恐竜の足跡が残されているそうだ。そして、ほとんど化石が発見されていないものの、円形で垂直に荷重された竜脚類特有の痕跡から、白亜紀前期のアラリペ盆地には多くの竜脚類、おそらくティタノサウルスが生息していたことがわかるという。

白亜紀前期、ブラジル北東部のアラリペ盆地でティタノサウルスの群れが同じルートを繰り返し行進していたことを再現したイラスト。Illustration by Deverson Silva, Pepi(本人から掲載の使用許諾済み)
白亜紀前期、ブラジル北東部のアラリペ盆地でティタノサウルスの群れが同じルートを繰り返し行進していたことを再現したイラスト。Illustration by Deverson Silva, Pepi(本人から掲載の使用許諾済み)

 アラリペ盆地は、湿潤な気候から急速に乾燥化が進んだことで、魚類やウミガメを含む爬虫類などの中生代の化石が多く残されている。豊富な足跡から今後、研究が進めば恐竜の化石も発見されてくるだろう。

※1:Christian Puntener, et al., "Under the feet of sauropods: a trampled coastal marine turtle from the Late Jurassic of Switzerland?" Swiss Journal of Geosciences, Vol.16, Issue46, 2019

※2:Jeremy Anquetin, et al., "A review of the fossil record of turtles of the clade Thalassochelydia." Bulletin of the Peabody Museum of Natural History, Vol.54(2), 317-369, 2017

※3:Ren Hirayama, "Oldest known sea turtle" nature, Vol.392, 705-708, 1998

※4:Ismar de Souza Carvalho, et al., "Dinosaur trampling from the Aptian of Araripe Basin, NE Brazil, as tools for paleoenvironmental interpretation" Cretaceous Research, Vol.117, doi.org/10.1016/j.cretres.2020.104626, 2021

※5:Alejandro Otero, et al., "Report of a giant titanosaur sauropod from the Upper Cretaceous of Neuquen Province, Argentina" Cretaceous Research, Vol.122, doi.org/10.1016/j.cretres.2021.104754, 2021

※6-1:Mline M. Ghilardi, et al., "A new titanosaur from the Lower Cretaceous of Brazil" Cretaceous Research, Vol.67, 16-24, 2016

※6-2:Ismar de Souza Carvalho, et al., "A new basal titanosaur (Dinosauria Sauropoda) from the Lower Cretaceous of Brazil" Journal of South American Earth Science, Vol.75, 74-84, 2017

※6-3:Juliana Manso Sayao, et al., "The first theropod dinosaur (Coelurosauria, Theropoda) from the base of the Romualdo Formation (Albian), Araripe Basin, Northeast Brazil" SCIENTIFIC REPORTS, Vol.10, 10892, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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