井上尚弥もウシクもカネロも王者ではない?記録サイト「ボックスレク」がWBAを抹消
井上が唯一の4団体統一王者
現在ボクシングの全階級を通じて4団体統一王者はスーパーバンタム級の井上尚弥(大橋)だけである。10月12日サウジアラビアのリヤドで予定されるアルツール・ベテルビエフ(ロシア/カナダ)vs.ドミトリー・ビボル(ロシア)のライトヘビー級4団体統一戦でもう一人、比類なきチャンピオンが生まれる。だが、2021年11月からスーパーミドル級4団体統一王者に君臨していたサウル“カネロ・アルバレス(メキシコ)も今年5月にヘビー級で同じ偉業を達成したオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)も前者ははく奪、後者は返上によって一つのピース(いずれもIBF王座)を失ってしまった。
今、洋の東西を問わずトップボクサーたちは世界タイトル獲得にとどまらず、4団体統一をゴールに掲げ、トレンドになっている。それでも、その崇高な目標を達成しても指名試合の期限を厳守することは難しく、意に反してベルトを手放すケースが頻発する。今月3日、TJ・ドヘニー(アイルランド)を退けて4団体統一王座の2度目の防衛に成功した井上はそれだけ各団体から一目置かれ、リスペクトされていると思う。
ところが、その絶対的な存在の井上がいつの間にか“3団体統一王者”になってしまう現象が起きた。もちろんモンスターは公式にWBAスーパー、WBC、IBF、WBO王者に認定されている。しかしボクシングの記録サイト「ボックスレク・ドットコム」(BoxRec.com)からWBAタイトルマッチ(地域タイトル戦を含む)やWBAチャンピオンがすべて削除されている。
利便性で一躍、業界の寵児に
世界チャンピオンを認定する団体でもっとも歴史が長いのがWBA。他の3団体はいずれもWBAから派生した歴史がある。そして看過できないのはWBAに何らかの問題があり、3つの団体はいずれも脱退するかたちで新団体を設立したことだ。さらにWBAは以前から暫定、スーパー、ゴールドといったタイトルを乱立し、ファンやメディアはもちろん業界関係者からも批判の矢面に立たされている。今回のボックスレクのニュースを聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは同団体に対する反発だった。
ちなみにボクシングの記事を書く際にボックスレクほどたくさんアクセスするウェブサイトはない。おそらく他のライターもいっしょだろう。またプロモーター、マネジャー、マッチメーカーと呼ばれる業界の人々も今やボックスレクなくして仕事ができない。利便性が何よりも強みで、早くて正確。1年365日このサイトにアクセスしない日はないと言ってもいい。発信元はイギリスで、海外のメディアもプロモーターからのプレスリリースもこのサイトに基づいて選手の戦績を記している。ヨイショし過ぎだと言われそうだが、ボクシング界が回っているのもボックスレクのおかげだと感じるほどだ。
なぜか昔の名前が復活
さて、WBAが嫌われたのは別の理由があった。発端は8月9日から11日までベトナムのホーチミン市で開催されたWBAアジアの年次総会だった。ベネズエラ人のヒルベルト・ヘスス・メンドサ会長も出席した総会でWBAの首脳陣はボックスレクに代わり、ライバルの「ファイトファックス」(FF)を公式記録として採用すると発表した。ボックスレクが出現するまでFFがその役目を担っていたのは事実。しかしいつの間にか、その名前は聞かれなくなり、実際、消滅したのだが、再び復活したという。なぜWBAがボックスレクと縁を切る決断を下したのか真相は定かではないが、一説にはサウジアラビアでビッグイベントを連発する同国の娯楽庁長官トルキ・アラルシャイフ氏がボックスレクを買収しようとして失敗し、よみがえったFFへ乗り換える意向を示したところ、WBAのサポートが得られたという。ところがFFのデータは貧弱で使えるものではなく、WBAはそのままボックスレクのデータを全部コピーしてアラルシャイフ氏へ供給。怒り心頭のボックスレクはWBAを排除する行動に出たというのだ。
よって他の団体との統一王者である井上、ウシク、カネロをはじめ、井上の実弟井上拓真(大橋=バンタム級)、来月2度目の防衛戦に臨むユーリ阿久井政悟(倉敷守安=フライ級)らWBA全階級のチャンピオンたちが影響を被ることになった。
まだまだ多い暫定王者
今回の件で判明したのはボックスレクが業界で、ファンの間でも影響力が無視できない存在になっていることだ。そこにボクシング界を牛耳ようと試みるアラルシャイフ氏の願望が入り込み、同氏と良好な関係を築こうとするWBAが便乗したと見るべきか。よってWBAの動きは身から出たサビと呼べるだろう。
いくらチャンピオンとして認められていても、すでに“公式レコード”に限りなく近いボックスレクで肩書とタイトルマッチの称号が消されれば、どう見ても不自然だと思える。1日も早くWBAが頭を下げて改善を請うべきだろう。ついでに少しずつ進展している「1階級1人のチャンピオン」の状態を促進してもらいたい。
そう考えていたら4団体中、最大勢力を誇るWBCもミニマム級からヘビー級まで17階級(クルーザー級とヘビー級の間に新設されたブリッジャー級を含めると18階級)で現在4階級に暫定王者が存在している。WBAで2人のチャンピオンがいるクラスは5つ。ボクシング界はウミを出しているようで出し切っていない。