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それでもGOTOはやらざるをえない

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

最初にお断りしておきますが、本稿では、只々ひたすらに、最近公表された政府の統計データのグラフを列挙していきます。それらを通して、とかく政治的には評判の良くないGOTOキャンペーンの必要性を理解してもらいたいと思います。

トラブル含みでの発進

先日、こちらにアップした記事で、新型コロナ感染拡大の抑制に気を配りつつ、壊滅的な状況にある観光業を下支えするには、GOTOキャンペーンを地域限定(首都圏と大阪を除外)にして、最初は小さな形で実施してはどうか、と提案しましたが、現実には、東京のみを当面除外して、キャンペーンが実施されることが決定しました。東京のみの除外というのは、感染拡大抑制の観点からは不安が残りますが、ともかくも7月22日から開始となります。

しかし、やはりといいますか、GOTOキャンペーンは、メディアやSNSでの評判は散々なものがあります。制度の細部を具体的に定めないままに、前のめりに実施に動いたことで、キャンセル補償の問題など、後手に回る対応が続いたことが災いしました。

これらの問題は、当然、行政が戒めとしなければならないところではあるわけですが、さりとて、それがGOTOキャンペーンの必要性を毀損するということではありません。以下で見るように、地域経済の基盤となる観光業の切迫した状況は、なんらかの支援を必要としていることは明らかです。

急速に悪化する景気

まず、マクロ経済の景気の動向を確認するために、内閣府が公表している「景気動向指数」を確認しましょう。景気動向指数は、景気の現状把握のために、生産や雇用などの様々な経済指標を合成して作成される指標です。

景気動向指数
景気動向指数

この指標を見てわかるのは、2020年3月以降の急速な景気悪化です。ここまでの悪化は、リーマンショック以来の出来事ですが、悪化スピードとしてはリーマンショックの時よりも悪いと言って良い状況です。このことから、新型コロナの感染抑制と両立する経済の再稼働が強く求められていることがわかると思います。

第3次産業の動向

景気動向悪化の要因としては、鉄工業と第3次産業の不調が寄与するところが大きいのですが、ここでは観光と強い関係をもつ第3次産業の動向について見ておきましょう。わが国の雇用者数の70%以上が第3次産業に従事していますので、雇用を考える上でも重要な産業です。

ここでは、経済産業省が公表している「第3次産業活動指数」を見ていきます。第3次産業活動指数は、各業種の生産活動に関する統計と産業連関表を合成して作られるものです(ただし、以下で確認する数値は全て原指数について前年同月比を取ったものです)。

まず、業種別に、今年の入ってからの指数を確認します。ただしここで、直近の5月度の指数が第3次産業総合指数を上回っている、電気・ガス・熱供給・水道業、情報通信業、運輸業,郵便業、卸売業、小売業、金融業、保険業、不動産業、物品賃貸業、学術研究、専門・技術サービス業、学習支援業、医療,福祉、複合サービス事業、その他サービス業などは省略しています。

業種別第3次産業活動指数(月次原指数前年同月比)
業種別第3次産業活動指数(月次原指数前年同月比)

このデータをみても分かる通り、総合指数を下回っているのは、観光と深く関わりのある、運輸業・郵便業、卸売業・小売業、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業です。特に、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業の下落は群を抜いている状況です。

業種とは別の集計方法として、対個人サービス業、対事業者サービス業、さらには、そのものズバリで観光関連産業という分類で再編集系列がまとめられていますので、そちらも確認します。これらの系列は、相互に排反のものではなく、それぞれに重複した業種の数値が含まれていることには注意してください。

再集計第3次産業活動指数(月次原指数前年同月比)
再集計第3次産業活動指数(月次原指数前年同月比)

これを見てわかるのは、やはり観光関連産業の悪化の酷さです。観光関連産業と重複するところの多い対個人向けサービスも強い悪化を示しています。総合指数よりも悪化していないのは対事業所サービス業と非選択的個人向けサービス業(つまりエネルギーや衣食住に関わる第3次産業)です。

観光関連産業をさらに細かくみると

第3次産業の中でも観光関連産業の落ち込みがひどいわけですが、この観光にまつわる業種をより細かく見てみましょう。これらの指標も最新のデータとして得られるのは5月までです。6月以降は、緊急事態宣言の解除によって、多少は持ち直している可能性が高いですが、今回のコロナ禍で、どこまでのダメージを受けたのかが再確認できます。

まずは航空運送業です。ひとびとの移動が国内外で急速にシュリンクしたことから、国際航空が先行して下落し、続いて国内航空も下落したことが見て取れます。

航空運送業(月次原指数前年同月比)
航空運送業(月次原指数前年同月比)

続いて外食です。外食では特に、お酒が提供されるような居酒屋などの下落が顕著です。

外食(月次原指数前年同月比)
外食(月次原指数前年同月比)

次に、宿泊業です。ホテルも旅館も、両方とも強いダメージを受けていますが、ホテルの方が若干高めなのは、ビジネス客をわずかながらでも引き受けていることが影響しているかもしれません。逆に言えば、観光客に依存している旅館は、より深刻なダメージを受けています。

宿泊業(月次原指数前年同月比)
宿泊業(月次原指数前年同月比)

続いて、旅行業者です。こちらは航空と並んで、最も深刻といって良いかも知れません。海外旅行が先行して落ち込んだのも航空と同じです。国内も海外も活動指数が一桁(国内3.2、海外1.0)にまで落ち込んでいます。

旅行業(月次原指数前年同月比)
旅行業(月次原指数前年同月比)

旅行業者の取り扱い額

国土交通省観光庁は、毎月、主要な国内旅行業者47社・グループの取り扱い額を、毎月の速報で集計して公表しています。それが以下の図です。

主要旅行業者取り扱い額
主要旅行業者取り扱い額

これを見ても分かる通り、3月以降の落ち込みは特にひどく、5月の取り扱い額は前年同月比でわずか2.4%という惨状です。

政府への不満と支援の必要性は分けて考えるべき

以上、ひたすらにグラフを並べて、観光業の惨状を紹介してきました。GOTOキャンペーンにまつわる政府の不手際は、国民の不満を高めるには十分なものであったかもしれません。しかし、だからといって、GOTOを止めるべき、という話にはなりません。GOTOの是非と、制度設計への不満は、ひとまず分けて考えるべきでしょう。

もちろん、GOTOキャンペーンが感染拡大に与える危惧は、至極当然なものです。政府には、これらに対する実効的な対策をうつ責務があるでしょう。そのうえで、可能な限りすみやかに、そして着実に、観光産業が稼働して、ポストコロナに向けた持続可能性を高めていくことが期待されます。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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