ウクライナ侵攻「ロシア・フェイク工場」が各国首脳・メディアを標的に、朝日・読売・日経も
ウクライナ侵攻をめぐるロシアの情報戦には、各国首脳やメディア、アーティストも、標的に組み込まれている――英外務省はそんな実態を明らかにした。
ロシア・サンクトペテルブルクにある「トロール(荒らし)工場」と呼ばれる情報戦の拠点では、英国首相のボリス・ジョンソン氏や、ドイツ首相のオラフ・ショルツ氏らのインスタグラムアカウントを標的に、ロシアのプロパガンダを後押しするコメントを投稿しているという。
さらに、各国主要メディアも情報戦の標的として挙げられていた。リストには日本の朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞も含まれている。
このほかバンドやミュージシャンも標的として挙げられており、2021年に解散を表明したフランスのテクノユニット、ダフト・パンクの名前もある。
同省は「トロール工場」は、やはりサンクトペテルブルクに拠点があり、2016年の米大統領選に介入したとして米司法省に起訴された「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」との関与も指摘しているという。
●「クレムリンのトロール工場」
英国外相のリズ・トラス氏は5月1日、そう述べたという。ロイター通信など英メディアが一斉に伝えている。
トラス氏が指摘する「トロール工場」とは、フェイクニュース拡散などを通じて世論工作などを行うグループを指す。
ロシアによる2016年の米大統領選への介入疑惑では、「トロール工場」と呼ばれてきたサンクトペテルブルクの業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー」と、その出資者であり「プーチンの料理人」と呼ばれる実業家、エフゲニー・プリゴジン氏らが関与を問われ、米特別検察官のロバート・ムラー氏により起訴されている。
※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(02/18/2018 新聞紙学的)
英外務省が専門家に委託した調査によると、今回のウクライナ侵攻をめぐっても、「トロール工場」が明らかになったという。同省は委託先の専門家については明らかにしていない。
「トロール工場」の一つは、メッセージサービス「テレグラム」に3月11日に開設されたという「サイバー・フロントZ」というアカウントだという。アカウントには9万5,000人を超すフォロワーがいる。
このアカウントを舞台に、一般市民からの募集を行い、組織的に世論工作を行っているのだという。
●各国首脳、メディア、ミュージシャン
英外務省がまず指摘したのは、各国首脳を標的とした世論工作だ。
英首相のジョンソン氏。独首相のショルツ氏のほか、欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長のジョセップ・ボレル氏、イタリア大統領、セルジョ・マッタレッラ氏、イタリア首相、マリオ・ドラギ氏らの名前が挙げられている。
これらの首脳のインスタグラムのアドレスを示し、コメント欄にロシア政府の主張を投稿させる工作を行っていたという。
ロシアではインスタグラムは「デジタル鉄のカーテン」によって3月14日以降、アクセスのブロック対象となっている。このため投稿には、ブロックを回避できる暗号通信ツール「VPN(仮想プライベートネットワーク)」を利用しているという。
※参照:ウクライナ侵攻「デジタル鉄のカーテン」を突破する、ロシアに事実を知らせるこれだけの方法(04/25/2022 新聞紙学的)
コメント欄を使った工作は、インスタグラム、ユーチューブ、ティックトックに集中しており、それ以外にもフェイスブック、ツイッターのケースもあったという。
このほかに標的となっているのは、メディアだ。メディアが開設しているソーシャルメディアアカウントなどに対しても、コメント欄への工作が行われていたという。
世界50の主要メディアをまとめた標的リストの中には、米ニューヨーク・タイムズ、英ガーディアン、仏ルモンド、中国のチャイナ・デイリーなどとともに、日本の朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞も含まれていた。
英カーディフ大の2021年9月の調査でも、メディアのウェブサイトのコメント欄を舞台にした世論工作の実態が明らかになっており、日本ではヤフーニュースのコメント欄が標的となっていた。
※参照:メディアの「コメント欄」が情報工作の標的になる(09/27/2021 新聞紙学的)
今回の英外務省の調査では、ミュージシャンのソーシャルメディアアカウントも世論工作の標的になっていたという。
解散を表明したフランスのテクノユニット、ダフト・パンク、フランスのDJ、デヴィッド・ゲッタ氏、オランダのDJ、ティエスト氏、ドイツのバンド、スコーピオンズ、ラムシュタインなどの名前が挙げられている。
●コメント1日200本、2勤2休
「サイバー・フロントZ」については、サンクトペテルブルクの地元メディア「フォンタンカ」が3月21日、潜入取材をした記事を掲載。米メディア「バイス」も4月4日の記事で報じている。
それらによると、「テレグラム」でのスタッフ募集で集まった市民らは、当初1カ月は市内の旧軍需工場の貸しスペースにあるオフィスで作業をし、それ以降はリモートワークもできる、という。
勤務は2勤2休で月額4万5,000ルーブル(約7万6,000円)。1シフトのスタッフ数は100人だと説明を受けたという。
コメント数のノルマは1日200件。100人が200件で、1日2万件のコメントが世論工作として投稿されることになる。
「フォンタンカ」の記事でも、「サイバー・フロントZ」のメンバーと「インターネット・リサーチ・エージェンシー」とのつながりの疑惑が指摘されている。ただ、当のメンバーは、つながりを否定しているという。
●情報戦のネットワーク
ウクライナ侵攻をめぐるロシアによるフェイクニュースや「偽ファクトチェック」の発信では、外務省やロシア大使館の公式アカウントなども使われていることが指摘されてきた。
※参照:ウクライナ侵攻「政府公式アカウント」がフェイク増幅エンジン、SNSが規制しない理由とは?(03/22/2022 新聞紙学的)
今回の英外務省の発表では、「テレグラム」上での一般市民の募集によって、組織的にフェイクニュース拡散が展開されていることが明らかにされた。
さらに日本でも、メディアが標的の中に含まれていた。ウクライナ侵攻の情報戦には国境がないことが、改めて裏付けられた。
(※2022年5月2日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)
(※2022年7月3日9:30【訂正】「サイバー・フロントZ」の標的リストには日本経済新聞も含まれていたため、見出しとともに訂正します)