「五輪のないシーズン」を盛り上げた長野パルセイロ・レディース。なでしこリーグ1の集客力の秘密(2)
今年、なでしこジャパンがリオデジャネイロ・オリンピックに出場できない中、女子サッカー界は「リーグ全体の観客動員減をいかに食い止めるか」という、切実な問題に直面した。
そんな中、なでしこリーグに明るいニュースを届けたのがAC長野パルセイロ・レディース(以下:長野L)だ。
ホームゲーム9試合で32826人、平均して3647人と、リーグ1位の観客動員数を達成。2位のINAC神戸レオネッサ(2821人)、3位のアルビレックス新潟レディース(2377人)を大きく引き離した。
なぜ、長野Lはこれだけ人気を集めるのか。
現在は皇后杯が行われているが、リーグ戦を終えて、改めて長野Lの躍進と人気の理由を検証した。
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3)日本屈指の球技(サッカー・ラグビー)専用スタジアム
J3に所属するAC長野パルセイロと長野Lがホームとして使用する南長野運動公園総合球技場は、日本でも屈指の雰囲気の良さを誇る球技専用スタジアムだ。
スタンドには老若男女が集い、「おじいちゃんやおばあちゃんも多く、地域密着のいい雰囲気なんです」と、FW横山は頬を緩ませる。
冒頭に書いたように、今季、長野Lはホームゲームで1試合平均3647人の観客を動員。第8節のINAC戦では、今季最多記録の6733人を記録し、試合は3−2と、長野Lが劇的な逆転勝利を収めた。
サポーターや選手にとって魅力的なスタジアムは、どのようにして出来上がったのか。AC長野パルセイロの担当者に、3つのポイントについて伺った。
【スタンドの設計】
以前は収容人員6000人の小規模な球技場だったが、AC長野パルセイロのJ1参入目標を視野に入れて、ファン・サポーターら86000人もの署名を集めて全面的な改修をはじめ、新スタジアムは2015年3月に竣工した。
現在の収容人数は15000人強で、J1チームのスタジアム規定も満たしている。球技専用スタジアムのためピッチとスタンドの距離が近く、目の前で迫力あるプレーが楽しめる。タッチラインとスタンドの距離は11m。これは、芝を管理する車が旋回できる最低限の幅で、なおかつ緊急車両が入れるギリギリの幅だそうだ。スタンドはすべて屋根付きで、座席最前列までカバーされている。
また、ゴール裏の一部に設置されたテラス席も、このスタジアムならではだ。
「スタンドが芝生だった時代の名残です。以前はそこで寝そべって試合を見ていたので、その雰囲気を残して欲しい、というサポーターの要望もあり、両ゴール裏に残しました。ファミリー席のような感じで、団体でもまとまって観戦することができます」(担当者)
テラス席にはクッションや座布団、椅子を置いて観戦することもできる。芝生席だった時代の、のどかな雰囲気がよみがえる。
【コンコースの近さと映像・音響設備】
ショップやトイレがあるコンコースはスタンドとの区切りがないため、わざわざ外に出る必要がない。買ったらすぐに席に戻ることができ、どのエリアにいてもピッチが見渡せる。
映像と音響の設備も整っている。
試合前、大型スクリーンには、これまでの長野Lの戦いや歴史が詰まった動画が流れ、迫力のあるBGMとともにスタジアムの雰囲気を高めていた。
「映像はプロの業者が作っていますが、チームスタッフが使って欲しい映像や画像を渡したり、こういう作りにして欲しい、と細かくリクエストをしながら作ってもらったもので、毎年更新しています。各時代の歴史があって成長してきた今のチームなので、OB、OGたちの姿も映像で見ることができます」(担当者)
【徹底管理された天然芝】
美しく管理された天然芝も、このスタジアムの大きな魅力だ。
芝の問題はどのスタジアムでも頭を悩ませるテーマだが、南長野には、空気と水と光(太陽)という、芝の生育に欠かせない3つの要素を満たすための仕掛けがなされているのだという。
空気については、スタンドの下に通風孔が作られており、夏は空気を入れ換えやすく、冬は寒気を遮断できるメリットがある。また、毎分1400リットルの水が撒けるスプリンクラーは、芝の回復に十分な水量を供給できる。そして、太陽光を確保するために、日本初の「U字型」の屋根を採用した。
「アウェイゴール裏(南側スタンド)は一段下げて、太陽光が入るようにしています。屋根が少しでも芝にかかって影になると、そこだけ色がはっきりと変わってしまう。そのぐらい、日差しも芝の大切な栄養なんです。」(グラウンドキーパー)
ゴール裏の半地下に当たるスペースには、芝生の圃(ほ)場がある。芝の一部が痛んだ際、その圃場で育った芝を切り出して植え替える。競技での使用に影響が出ないよう、スピーディに対応出来るのだ。
圃場の隣にある部屋には芝を管理するグラウンドキーパーが常駐して、毎日徹底した管理を行う。練習場の芝も同様に管理されており、選手にとっては理想的な環境だ。
これら3つの条件が揃ったスタジアムでプレーする長野Lは、ホームの恩恵を存分に受けながらプレーしている。
選手はもちろん、サポーターからの評判も非常にいいそうだ。素晴らしい状態のピッチ上で繰り広げられる攻撃的なサッカーを、快適なスタンドで観戦できるというのも、長野Lの集客力につながっている。
これからも長野Lにとっての聖地で、たくさんのドラマが生まれることだろう。
4)テレビ中継
「この長野という土地は、選手たち自身も、チームもそうですが、成績が上に行けば行くだけ観客の皆さんが盛り上がってくださいます。」(本田監督)
長野県の土地柄も、集客を高めた一つの理由と言える。
2012年以降はカテゴリーが違うため、直接対決は行われていないが、地域リーグ時代から良きライバル関係を築いてきたAC長野パルセイロ(長野市/J3)と、松本山雅FC(松本市/J2)のライバル関係は有名だ。
廃藩置県の時代からの長きにわたり、長野市と松本市のライバル関係が続いたこともあり、この対戦は「信州ダービー」と呼ばれ、2009年にはこのダービーを描いた「クラシコ」という映画も注目を集めた。
長野県は他の県に比べて地元出身のJリーガーが少なく、サッカーに馴染みが薄いと言われることもあるが、サッカー観戦に関心のある層は潜在的には多いのだ。
そんな中、県内では長野放送とテレビ信州がホーム戦各1試合ずつを生中継した。どちらも長野Lが勝利したが、5−2(第2節、コノミヤ・スペランツァ大阪高槻戦)と3−2(第6節、岡山湯郷Belle戦)と、多くのゴールが生まれた試合だったこともあり、画面の奥にいる200万人を超える県民にも、面白さが伝わったはずだ。
また、選手が働く勤務先から応援に足を運ぶ人もいた。地元企業で働く選手たちの頑張る姿を応援したいと思うのも、女子サッカーならではの、地元密着の良さだろう。
今後は、もちろんテレビ中継が増えるに越したことはないが、各都道府県の土地柄を活かしたユニークな集客方法を考えてみるのも面白そうだ。
観客動員に成功し、その魅力を広く発信した長野L。来シーズンはよりスケールアップしたサッカーで、さらに多くのファンを魅了して欲しい。
そして、カテゴリーを問わず、長野Lのように観客を増やすためのヒントや、新たなアイデアを与えてくれるチームが登場することを願ってやまない。