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年俸制なら労働者の賃金を勝手に下げることができるという誤解について

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(写真:アフロ)

プロ野球の契約更改も佳境に入っていますね。

ヤクルト・山田哲人内野手のように1億4000万円増の2億2000万円で契約更改したという景気のいい話もあれば、杉内投手のように4億5000万円も減俸されてしまうニュースもあり、悲喜こもごもです。

さて、プロ野球選手の年俸が上がったり、下がったりするイメージからか、会社で「年俸制」が取られていると、いろいろ誤解が生じるようです。

というわけで、ここで、年俸制についての都市伝説を指摘しておきましょう。

年俸制って?

まず、年俸制ってなんでしょう。

これは賃金額を1年単位で合意することです。

法律上に、年俸制はかくあるべき、という定めはありません。

そのためか、プロ野球選手の契約更改で「年俸5000万円アップ!」とか、「年俸1億円ダウン!」というように、年俸に対する世間一般のイメージから誤解が多いものとなっています。

年俸制なので仕事の評価次第で給料を自由に下げられる?

まず、年俸にまつわる都市伝説の筆頭は、年俸制だから会社がその労働者の1年間の働きを見て給料を一方的に決めることができる、というものがあります。

しかし、これは完全に誤解です。

これこそプロ野球選手の契約更改のイメージが与えた最たる誤解といっていいでしょう。

だって、よく考えてみてください。

プロ野球選手の年俸も、球団側が一方的に決めつけているわけではありません。

プロ野球選手も、一応、形式的には「サインした」「ハンコを押した」ということで、初めて年俸額が決まっています。

それと同じように普通の企業でも、年俸制だからといって、勝手に労働者の賃金を減らすことはできません。

あくまでも、労働者の同意が原則です。

ただ、労働者と会社の見解が一致しないとき、翌年度の年俸をどうするか?という問題があります。

これについては東京高等裁判所の裁判例で日本システム開発研究所事件(平成20年4月9日判決)があります。

この事件は私が労働者側の代理人をやったのですが、高裁の判決で次のような一文があります。

第1審被告(=会社)における年俸制のように,期間の定めのない雇用契約における年俸制において,使用者と労働者との間で,新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は,年俸額決定のための成果・業績評価基準,年俸額決定手続,減額の限界の有無,不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され,かつ,その内容が公正な場合に限り,使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合は,労働基準法15条,89条の趣旨に照らし,特別の事情が認められない限り,使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である。

ちょっと難しいですが、要するにこういうことを言っています。

使用者が労働者との合意なしに年俸額を定める場合は次の内容を就業規則で明示することが必要

・ 年俸額決定のための成果・業績評価基準

・ 年俸額決定手続

・ 減額の限界の有無

・ 不服申立手続等が制度化

上記内容が公正なものであることが必須

けっこう厳しく見られています。

労働者にとって賃金は、非常に大事なものです。

これを使用者が一方的に下げるというのは例外中の例外ですので、このような判決となっているのです。

ちなみに、仮にそうした内容の就業規則があったとしても、会社が年俸額を決定するにあたっては、労働者に対する評価について権利の濫用は許されません。

いずれにしても、社長が、「うちは今年から年俸制だ!」とか言って、特に明確な基準もないのに「君の働きは不十分だったから来年は10%ダウン」とかやってるようじゃダメってことですね。

一方的に減額してきたら?

では、上記のような制度もないのに、会社が勝手に年俸を減額して払ってきたような場合はどうでしょうか?

先の事件では裁判所は次のように判決しています。

交渉期限の次年度への延期が合意されるなどの特段の事情の認められない限り,当該年度中に年俸額について合意が成立しなかった場合には,前年度の年俸額をもって,次年度の年俸額とすることが確定するものと解すべきである。

要するに、この事件では、次年度の年俸額が決まるまでに次年度に突入しちゃうと、次年度の年俸額は前年度の年俸額になるよ、ということを言っているのです。

そのため、労働者は、その差額を請求することができることになります。

言葉のイメージでごまかされないように

どうでしょうか。

年俸制だから使用者が勝手に賃金額を決めていいというのは、全然違うということになります。

むしろ、勝手に減らして払っていると後でまとめて請求される可能性さえあるのです。

もし勝手に年俸を下げられたら専門家に相談することをお勧めします!(^^)/

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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