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総力で掴んだ初優勝。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースがどのチームよりも「走った」理由

松原渓スポーツジャーナリスト
なでしこリーグカップ女王に輝いたジェフユナイテッド市原・千葉レディース(写真:松尾/アフロスポーツ)

【初優勝】

 3分と表示されたアディショナルタイムは、間もなく終わりを告げようとしていた。

 スコアは0-0。タイトルの行方は延長戦にもつれ込むと予想された、その時だった。

 ジェフユナイテッド市原・千葉レディース(以下:千葉)は、ハーフウェーライン手前からMF瀬戸口梢がドリブルを開始。瀬戸口は味方の位置を確認しながら左サイドをペナルティエリア手前まで持ち上がると、迷わず左足を振り抜いた。強烈なシュートはゴールを横切るようにしてファーサイドに飛び、右ポストの内側を直撃して、ゴールネットを揺らした。

「横には上野(紗稀)選手が走ってくれていたし、ゴール前に走りこんでくれた選手もいて、みんなで運んだボールだから大事にしなければいけないと思っていました。でも、ここで打たなければ悔いが残る、と。思い切って打ちました」(瀬戸口/千葉)

試合終了間際の劇的ゴールで初優勝(写真:松尾/アフロスポーツ)
試合終了間際の劇的ゴールで初優勝(写真:松尾/アフロスポーツ)

  8月12日(土)に行われたなでしこリーグカップ決勝戦は、千葉がアディショナルタイムの瀬戸口の劇的ゴールで浦和レッドダイヤモンズレディース(以下:浦和)を下し、なでしこリーグ1部での初タイトルを獲得した。

 試合終了のホイッスルと同時に、味の素フィールド西が丘(国立西が丘サッカー場)の夜空には、長年、千葉を応援し続けてきた熱烈なサポーターの大歓声がこだました。

 “華麗なサッカー”ではなかった。

 狙い通りの攻撃からシュートにつなげた場面は、前後半を通じても数えるほど。攻撃で良い形を多く作っていたのはむしろ、浦和の方だった。

 それでも千葉は、自陣ゴール前での危険な場面では全員が体を張って浦和のシュートを阻止し、90分間、粘った末に訪れたラストチャンスをモノにした。

 試合後、初タイトルの感想を聞かれた三上尚子監督は「嬉しい反面、慣れない感じですね」と初々しい表情を見せつつ、「90分間、よく耐えたと思います」と、浦和の猛攻をしのぎ切った選手たちをねぎらった。

 浦和と戦う上で、絶対に抑えなければならないポイントの一つが、浦和の攻守を司るMF筏井りさとMF猶本光のダブルボランチだった。その二人をマークしたのが、瀬戸口とMF鴨川実歩だ。

 「筏井選手は筑波大学の先輩で、猶本選手は後輩。鴨川も同じ大学だったので、中盤では負けないようにしよう、と鴨川と話していたんです」(瀬戸口)

 ポジション的に浦和の攻撃をリードする猶本に対して千葉は、人数をかけて囲い込む守備を徹底した。その結果、猶本に対するファウルが増え、FKを与えて何度かピンチも招いた。

 一方、69分には瀬戸口が後方からスライディングで猶本のボールを奪ったが、その際、足がもつれて逆に猶本からファウルを受ける形になり、互いに熱くなる場面も。それでも、最後まで中盤の主導権は渡さなかった。

 DF櫻本尚子とDF西川彩華の両センターバック、そして、右サイドバックの若林美里と左サイドバックの上野紗稀の4人で構成される千葉の最終ラインは、丁寧なラインコントロールで、浦和の前線の起点となるFW菅澤優衣香、FW安藤梢の2トップをけん制し、仕事をさせなかった。

【「走る」ことが強みだと思っていることが強み】

 昨年、同リーグカップ決勝戦で日テレ・ベレーザに0-4で大敗した苦い記憶は、この決勝戦に臨む千葉の選手たちの大きなモチベーションになっていた。

「去年の悔しい決勝戦を何人も経験していたことで、この試合の”耐えどころ”を耐えることができたのは大きかったと思います」(三上監督)

 準決勝のINAC神戸レオネッサ戦でも、千葉は4倍以上のシュートを浴びながらなんとか無失点に抑え、後半開始早々にカウンターからMF千野晶子が決めた虎の子の一点を守りきった。

 劣勢の中で優勝までたどり着けたのは、チームコンセプトである「走るサッカー」を、全員が怠ることなく継続してきた結果だ。

 試合終盤、瀬戸口がゴールを決めた場面でも、千葉はゴール前に5人もの選手がサポートに入っていた。

 一昨年の皇后杯終了後に千葉から浦和に移籍した筏井は、「ジェフ(千葉)は、『走ることが強み』だと思っていることが強みだと思います」と話した。

 

 なぜ、千葉の選手たちはそんなに走れるのか。

 その理由を探ると、いくつかの興味深い理由が見えてきた。

【フォア・ザ・チーム】

 まず、挙げたいのは、ピッチに立つ11人の「献身性」だ。

 守備の要として、千葉の最終ラインを支え続けてきた櫻本は、

「どのチームと対戦しても相手にボールを持たれる試合が多いので、守備で我慢する時間が長くなる、という自覚を持っています。その中で、今年は特にチームのために働く(献身的な)選手が多いので、(「走る」という)コンセプトの中でそれがうまくフィットしている」(櫻本)

 と、話す。

 その献身性は、攻撃面にも表れている。

 昨シーズンまでチームの得点力を支えていた菅澤が浦和に移籍し、得点源となる選手がいなくなった中で、「全員守備、全員攻撃」の意識が高まったのは必然だった。

 

 今シーズン、千葉の攻撃で鍵となる役割を担っているのが、スペランツァFC大阪高槻から移籍してきたFW成宮唯だ。成宮は小柄だが、高いアジリティー能力と足下のテクニックを備え、優れた状況判断で攻撃の軸になる。前線でキープ力に長ける成宮を信頼して、2列目の選手たちが思い切って前に出られることも、千葉の「走り」の効率を高める要因になっている。

 千葉は、今シーズンのリーグ戦とカップ戦を合わせたここまでの20試合で、10人もの選手がゴールを決めている。それは、今シーズン、絶対的なストライカーがいない中で目指してきた新たなスタイルが功を奏しているからだ。

【「2足のわらじ」で培ったセルフマネジメント】

 千葉が他のチームよりも走れる理由として、瀬戸口は「練習環境」を挙げた。

「(千葉の)選手は夕方まで仕事をして、夜に練習しています。お昼から練習できるチームに比べて環境は良くないですが、そういう環境に身を置くことで自分自身も強くなるし、身体のケアも含めて、『走る』ことにつながっていると思います」(瀬戸口)

 勤務内容や勤務時間は選手によって違うそうだが、中には週5日、フルで勤務している選手もいるという。その環境の中でコンディションを整えるためには、時間の使い方を工夫することが欠かせない。

 右サイドを豊富な運動量で90分間、上下動するMF千野晶子は、空いた時間を有効に使って「走り」の質を高めてきた。

「走ることとアジリティーは自分の強みなので、シーズン前やオフの日のトレーニング、練習後の自主練も含めて続けています。あとは、『自分は走れる』と言い聞かせること。そうやって自信を持つことで、自然と体が動くんです」(千野)

【あの背中を見て戦っています】

 決勝戦の後には、多くの選手から、ある選手の名前が挙がった。

 千葉の背番号10を背負う、左サイドハーフのMF深澤里沙だ。在籍11年目を迎え、チーム最年長の深澤は、90分間、攻守において脚を止めず、「走る」千葉のコンセプトを先頭で引っ張る存在だ。

 球際で激しく寄せられても簡単に倒れず、タッチラインギリギリまでボールを追い、ここぞ、という場面では相手ディフェンダーに猛烈なチェイシングを仕掛ける。

 その背中は、多くの選手にとって苦しい時の励みになっている。

「千葉は若くても、しっかりした選手が多いんです。それは、一番年上の(深澤)里沙さんが素晴らしいから。自分からは発言しないで背中で引っ張ってくれる。あの背中を見て、みんな戦っています。今日も、(表彰式で)真っ先に里沙さんに表彰状を渡して、胴上げをしました」(櫻本)

チームメートに胴上げされる深澤里沙(写真:松尾/アフロスポーツ)
チームメートに胴上げされる深澤里沙(写真:松尾/アフロスポーツ)

 当の本人にその言葉を伝えると、「ありがたいですね」と微笑んだ。試合後の胴上げは、昨年4月のリーグ通算200試合出場に続いて2回目だという。

「みんなに『軽い』って言われました。その分、いっぱい飛べました」

 深澤は、初タイトルまでの長かった道のりを振り返るように、しみじみと言った。

【感謝】

 表彰式ではキャプテンの上野が、優勝カップを高らかに掲げた。

 千葉のリーグカップ優勝は、多くの人々の思いの上に成り立っていた。

 ゴールを決めた直後に選手たちは、まず、ゴール裏のサポーターに向かってガッツポーズを見せた。

 それから、同じくゴール裏で写真を撮っていた千葉オフィシャルカメラマンの今井恭司氏の元に走った。雨の日も風の日も千葉の試合を撮り続ける、チームの大切な一員である。今井氏は日本のサッカーカメラマンの第一人者であり、8月1日には「日本サッカー殿堂」入りが発表された。

 そして、ベンチで待つ控え選手、スタッフの元へ。

 試合後には、緊迫した90分を共に戦った浦和の選手たちと一人ずつ握手をかわし、審判団への感謝を伝えた後、千葉の選手たちは、サポーターが待つゴール裏に駆けつけた。歓喜に湧くサポーターの前で、試合に勝った時には必ず行ういつもの「でんぐり返し」を披露し、優勝の喜びを分かち合った。

 今週末からは、なでしこリーグが再開して、いよいよ後半戦に突入する。

 千葉は現在、首位のベレーザに勝ち点8差の6位。リーグ再開後の初戦は8月19日(土)に、アウェイの長野UスタジアムでAC長野パルセイロ・レディースと対戦する。

「自分たちがどういうサッカーをしたら良いのかが分かってきた部分もあるので、リーグもこのままの勢いでいきたいですね。しっかり、コンディションを整えて臨みたいと思います」(上野)

 若きキャプテンは、言葉に力を込めた。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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