英労働党は再建できるか? ジョンソン首相の「おめでたい」ニュースの裏で起きていること
(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」2月号掲載の筆者記事に補足しました。)
3月1日付の日曜紙やBBCは、ボリス・ジョンソン英首相(55歳)とガールフレンドのキャリー・シモンズさん(31歳)が昨年末に婚約し、夏には子供が誕生するというニュースを一斉に報道した。シモンズさんのインスタグラムのアカウントに掲載された、ジョンソン首相がシモンズさんの頬にキスする画像付きである。
保守系「サンデーテレグラフ」紙によると、在任中に結婚する首相は約200年ぶりになるという(ジョンソン氏にとっては3度目の結婚で、シモンズさんは初婚になる)。
与党・保守党のジョンソン党首の華やかでおめでたいニュースは、プリティ・パテル内相と高級官僚の確執によって、官僚が前日に辞任した「悪い」ニュースを「葬る」意味もあったのかもしれない。
下院では単独過半数議席を獲得する保守党はどのような法案でも通せるという強みをてこに、今月、EUと離脱後の関係を決める交渉を始めていく。
一方、影が薄いのが最大野党・労働党だ。
昨年末の総選挙で大敗したことを受けて、ジェレミー・コービン党首が辞任表明をしており、労働党は今、新たな党首を選ぶプロセスに入っている。実質的には党首がいないも同然で、党としての存在感が限りなく薄い状態なのである。
本稿では、「なぜ労働党はなぜ大敗したのか」を分析した後、党首選の最新状況を見てみたい。
「なぜ、勝てなかったの?」と聞かれて
総選挙が行われたのは12月12日だが、選挙期間中、筆者は日本に一時帰国していた。
開票後、「EU離脱を成し遂げる」と繰り返したジョンソン首相の保守党が圧勝(定数650の中で365議席獲得)した。
筆者は、数人の知人から「なぜ労働党が勝てなかったのか」、「最後には世論調査でも追い上げていたのに何が起きたのか」と聞かれた。
筆者はこの問い自体に驚いた。在英者からすれば、コービン党首が選挙で「勝つ」シナリオは考えにくいからだ。実際に、労働党の獲得議席は59議席減の203議席で、これは1935年以来の低議席だった。
コービン労働党党首の位置付け
おそらく、英国外で理解されにくいのは、政治家としてのコービン氏の国内での位置づけかもしれない。
コービン党首がどのような位置づけにいるかについては、2016年10月20日号「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」で書いている(「コービン氏再選 ― 労働党は強力な野党になれるか」)。
コービン氏は党内でも「筋金入りの左派」と言われる。このため、党内中道派議員らとの間に大きな溝を作ることになった。
同氏は基幹産業の国有化を提唱し、「首相になっても、核兵器のボタンを押すかどうかはわからない」と述べて、保守系国民に不安感を抱かせた。
社会の支配者層からすれば、既存の支配体系を壊す可能性がある危険な人物である。
一方、保守系メディアは連日、同氏あるいは労働党についての批判的な記事を掲載した。その報道内容がどこまで真実だったかは不明だ。
党内の中道派議員にとってコービン氏は、「選挙に勝てない政策を出す人物」として脅威であり、何度も「コービン降ろし」のための運動を立ち上げ、メディアに彼の悪口を吹聴した。ところが、四面楚歌状態にも見えたコービン氏だが、社会の弱者救済を重要視する同氏の政策は若者層に絶大なアピール力を持った。米大統領選で民主党公認候補の座を狙うバーニー・サンダース氏をほうふつとさせた。
コービン政権待望論が出てくるのは、2017年の総選挙の時である。
当初の世論調査では保守党と労働党との差は20ポイント近くあった。しかし、保守党が高齢者に厳しい選挙公約で人気を落とす一方で、労働党の公約は「信頼できる」と高く評価された。選挙には勝てなかったが、「次回の選挙では政権取得に一歩近づく」はずであった。
離脱でどっちつかず、公約も敬遠され
「今度こそは・・・」のはずだった、2019年12月12日の総選挙。
この時の大きな争点は「EU離脱を実現できるかどうか」。しかしここで、労働党は2つの大失敗をおかす。
ジョンソン保守党党首が「離脱を実現する」という文句を際限なく繰り返した一方で、労働党は「中立」を維持したのである。離脱の是非を明示せず、政権取得後半年以内に国民投票を実施して、その後の「民意に従う」。この2回目の国民投票には「残留」の選択肢も入る。
労働党は離脱でもなく、残留でもない道を提示したが、有権者からすれば、これではどうしたらいいのかわからない。労働党支持層が多い、イングランド地方中部・北部の工業地帯に住む有権者の多くが3年前の国民投票で離脱を選択していた。今回、こうした人々は保守党に票を投じたのである。
もう1つの失敗は、自信があったはずの選挙公約だった。
国民医療制度(NHS)や住宅への大規模投資、大学授業料やインターネットの無料化、鉄道・水道・郵便・エネルギー産業の国有化、最低賃金の引き上げ、企業や上位5%の富裕層への増税など。いずれも労働者や社会の弱者を支援する骨太の公約であるが、よく見ると、社会主義・共産主義的イデオロギーが伝わってくる。基幹産業の国有化がもしすべて実現すれば、サッチャー政権時代の民営化による改革の逆を意味し、「時代に逆行する」と言われても仕方ない。今回の公約は、最終的に「社会主義的すぎる」と有権者に敬遠されてしまうことになった。
その一方で、公約は社会格差の是正を願う多くの人にアピールし、「ジョンソン政権下ではNHSがアメリカ企業に売られてしまう」というコービン党首のキャンペーンメッセージが効いたせいもあって、投票日までに労働党は保守党との差を数ポイントにまで縮小させた。「世論調査では追い上げていた」は当たっていたといえよう。
ただ、コービン党首の政治家としての不人気は日本からすると想像できないほど強い。「いざというときに、決断ができない政治家」という印象が定着している。「指導力に欠けている」という不満を筆者自身が何人もの労働党員から聞いた。2大政党制の英国では、選挙に勝てない指導者は失格とみなされる。年が明け、労働党は党首選を開始した。
4月には新党首決定
労働党の党首候補者は、現在、3人に絞られた。
キア・スターマー氏(57歳):影の離脱担当相、元公訴局長官、2015年に下院議員として初当選、EU残留に向けた再度の国民投票を奨励。
レベッカ・ロング=ベイリー氏(40歳):影のビジネス・エネルギー・産業戦略大臣。弁護士業から、2015年下院議員に。コービン党首の側近といわれ、先の総選挙でのコービン氏の戦略にも関与。
リサ・ナンディ氏(40歳):ロンドン市議を経て、2010年下院議員に。残留支持だったが、離脱派国民にも共感を寄せる。反コービン派。
複数の世論調査では、スターマー氏が圧倒的支持を得ている。例えば、世論調査会社ユーガブとスカイニュースの調査結果(労働党の党首選出権を持つ1323人が対象、調査日2月20日から25日)では、スターマー氏支持が53%、ロング=ベイリー氏が31%、ナンディ氏が16%。
郵便投票が2月24日に開始されており、締め切りは4月2日。結果の発表は4月4日となる。
最有力視されているスターマー氏だが、「退屈な政治家だ」、「そろそろ労働党も女性が党首になるべき」(保守党はマーガレット・サッチャー氏、テリーザ・メイ氏が党首・首相に就任)という声があがっている。また、コービン党首も党首選の当初の段階では有力視されていなかったので、まだ結果の予測は困難だ。
ジョンソン首相による、「一強」的な政治に説明責任を持たせるには、強い野党の存在が必須だ。
果たして、労働党は再建できるのか。党首選で問われているのは、ここである。
「第3の道」を提唱して長期政権を維持した「ブレア・ブラウン政権」(トニー・ブレア氏の下で1998年から2007年、ゴードン・ブラウン氏の下で2007年から10年)のようにではなく、かつ左派系コービン体制でもない、新たな労働党の選択肢・戦略は何か。
「当たる」調査への模索
それにしても、世論調査はいったいどこまで当たるのだろうか?
この問いが発せられるようになった最近の例が、3年前の国民投票の時だった。多くの世論調査が「最終的には残留派が勝つ」という予想を出していたが、結果は離脱派の勝利となった。
その後、各世論調査会社は「普段は投票に行かない人」の投票行動も十分に考慮するよう調査方法を変えたといわれている。また、どの調査も必ず「あくまでも予想である」という文言を入れている。世論調査は英国では専門の調査会社が行うのが原則で、メディア自体は関与しないが、そのメディアにとって都合がよい結果を大きく掲載するという手法がよく使われている。
現在、最も信頼が置かれているのは、投票日の午後10時、すべての投票が終わった時点で発表される、テレビ局向けの出口調査だ。
イングランド地方、スコットランド地方、ウェールズ地方の144の選挙区で、調査会社イプソス・モリ社のスタッフが有権者の全体像をつかむためにふさわしい人物に投票所の外で声をかける。投票用紙を似せた用紙を渡された協力者は、スタッフが目撃できない場所で用紙に印をつけ、スタッフが持つ箱に入れる。集まった用紙は秘密の場所で分析され、その結果が各テレビ局に伝えられる。
しかし、出口調査自体も、正確な予想は困難だ。2015年の総選挙では保守党の単独過半数議席の獲得を予測できなかった。
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コービン氏の政治やその背景についてご関心のある方は、以下もご参照ください。