でんぱ組.incが実現させた完全リモートワークの楽曲&MV制作に見る、新しいクリエイティブの方法論
緊急事態宣言が発令され、外出自粛の日々が続く中で、エンタテインメント業界の打撃も大きくなってきた。ライブの休止や延期だけでなく、ロケなどを用いた映像収録が不可能になったことにより、多くのクリエイティブも停止を余儀なくされている。
そんな中、リモートワークによる新たなクリエイティブの方法論も模索されている。そのひとつが、でんぱ組.incの新曲「なんと!世界公認 引きこもり!」だ。この曲はメンバーやクリエイター、スタッフ全員が自宅にいながらやり取りをすすめる完全リモートワークで制作。しかもファンを巻き込み、制作過程を「#でんぱ新曲作るんさ」というSNS上のハッシュタグでひとつのドキュメントにして追えるような動きを見せていた。
企画発案から、作曲と作詞、振り付け、映像制作まで全て含めて、かかった日数はわずか8日。その動きを振り返ってみたい。
でんぱ組.incは、約1年3ヶ月ぶりのニューアルバム『愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ』を4月15日にリリースした。古川未鈴、相沢梨紗、成瀬瑛美、藤咲彩音、鹿目凛、根本凪という現体制の6人組になってから初のアルバムだ。
しかし、CDショップで予定されていた販促イベントは延期となり、5月2日からの全国ツアー「THE FAMILY TOUR 2020」も全公演の開催が中止となった。
こうして発売日近辺のグループの活動が止まってしまうことが決まったことを受け、でんぱ組.incチームは「オンラインで新曲を作ろう」と思い立つ。発案者はロデューサーのもふくちゃんこと福嶋麻衣子、ディレクターのYGQの2人だ。
4月6日深夜、もふくちゃんが「いま、YGQと浅野尚志さんとでんぱ組.incの楽曲をなんとかオンライン上でやり取り公開しながら作れないかな〜と、話しています!」とツイート。そこから楽曲制作はかなりの速さで進められた。
数時間後には作曲家の浅野尚志が「急遽はじまった新曲製作」と「#でんぱ新曲作るんさ」のハッシュタグを投稿し、翌4月7日にはデモ音源を公開。
同7日、もふくちゃんとYGQは、前山田健一に作詞を、釣俊輔(agehasprings)に編曲をオファー。前山田健一はその日のうちに歌詞を完成させ、仮歌を録音した。
そして8日には釣俊輔が「アレンジ進めてますー!!」と作業中の音源を公開。
これまででんぱ組.incを支えてきたクリエイター陣が集結し、すさまじいスピード感で制作が進行していった。
メンバー6人のヴォーカルレコーディングは、それぞれの自宅でiPhoneのアプリを用いて録音された。
ギターの板垣祐介、ベーシストのIKUO、ドラマーの田中航、ピアノの森本真伊 a.k.a ハヤシ、ヴァイオリン&ヴィオラの門脇大輔はそれぞれ宅録でレコーディングに参加した。
それを釣俊輔がアレンジし、エンジニアの西陽仁(ONEly INC.)がトラックダウンし音源が作られていった。
同時に、ミュージックビデオの制作もリモートで進められていった。まずは4月8日、前山田健一が歌った仮歌をもとに、でんぱ組.incの数々の楽曲の振り付けを手掛けるYumiko先生が自撮りでメンバーに振り付けのラフをシェア。
9日には映像監督の森本敬大がMV監督に立候補。
メンバーはそれぞれダンスを練習し、それをYumiko先生がZOOMでオンライン指導し、自宅にグリーンバックのスタジオを作り映像素材を撮影した。
新曲の制作過程においては、当初からファンを巻き込んだ仕掛けも進められていた。発案時点でもふくちゃんがファンに「BPMどれくらいがいいですか?」とアンケートをとったり、歌詞が公開された後にはメンバーの歌割りをファンが発案したりと、SNSを通してファンがクリエイティブに参加する動きも見られた。
さらには、みきちゅが担当したハーモニーのメロディラインをもとにお客さんのコーラスをツイッターで募集し、結果、数百を超えるトラックが集まった。
ミュージックビデオには、ファンが送ったイラストや写真やCGなどの素材も使われた。
こうして4月15日、アルバムの発売にあわせて楽曲とミュージックビデオが完成し、公開された。
擁した時間は約8日間。インターネットを介したクリエイター陣とメンバーとファンが一体になった企画が、通常ではありえないほどのスピード感で結実した。
さらに4月25日にはボーカルや各パートの音源を収録したステムデータと、ミックス音源のBPMを半分に落とした音源データを公開。商用目的の使用はNGとしながらも、リミックスや「踊ってみた」などファンが自由に二次創作に参加できる仕組みも用意している。
Yumiko先生はダンス練習用の動画も公開している。
こうして、関係者全員が自宅にいながら作業し、SNSを通してファンが制作に参加して完成した「なんと!世界公認引きこもり!」。
前山田健一が書いた歌詞にはこんな言葉がある。
でんぱ組.incは、もともとメンバー全員が引きこもりだった過去を持つグループだ。最上もが、夢眠ねむと、これまでに脱退や卒業したメンバーも含めて、それぞれの趣味に特化したオタクでもあった。
ブレイクのきっかけになった代表曲「W.W.D」(2013年)は、「生きる場所なんてどこにもなかった」と、育ってきた過去を綴るドキュメンタリー的な内容をもった曲だ。この曲の作詞作曲を手掛けたのが前山田健一。プロデューサーのもふくちゃんからメンバーの過去を聞き取り、それをもとに歌詞を書いた。
「W.W.D」の歌詞にはこんなフレーズがある。
2017年に加入した根本凪も、もともと自分の部屋に引きこもっていた思春期を過ごしてきたという。YouTubeで観たこの「W.W.D」のミュージックビデオがきっかけに未来に向けて足を踏み出す決意を持ち、アイドル活動をはじめたメンバーだ。
そして、前山田健一自身も、やはりでんぱ組.incのメンバーたちと同じような思春期を過ごしてきたクリエイターでもある。
こうした過去と、そこから立ち上がりアイドルグループとして活動をはじめ人気を掴んできた経緯が、「世界公認 引きこもり!」という曲の背景にある。
加えて、アイドルグループのメンバーだけでなくクリエイターたちにスポットをあてたいという意図もあったようだ。
この曲の制作の背景にあった思いについて、もふくちゃんは、以下のように語っている。
単なるアイドルグループというよりも、クリエイター陣も含めた一つの“チーム”として動いてきたでんぱ組.incだからこそ、このスピード感で実現できた楽曲と言っていいだろう。
ライブの延期や中止だけでなく、緊急事態宣言発令に伴う外出自粛によってレコーディングや楽曲制作、映像収録なども大きな影響を受けている昨今。でんぱ組.incが実現させた「完全リモートワークの楽曲&MV制作」は、これからのクリエイティブ全般にとって一つの大きな可能性の提示とも言える。