エイプリル・フールに生まれた選手のなかには、信じられないような記録の持ち主も
4月1日に生まれたメジャーリーガーは、ベースボール・リファレンスによると、52人を数える。その一人は、1968年4月1日生まれの桑田真澄だ。2006年まで読売ジャイアンツで投げた後、桑田は2007年にピッツバーグ・パイレーツで19試合に登板し、防御率9.43を記録した。
その翌年、40歳の誕生日を迎える直前に、桑田は選手としてのキャリアにピリオドを打った。だが、1939年4月1日に生まれたフィル・ニークロは、48歳までメジャーリーグでナックルボールを投げ続けた。
40代に入ってからニークロが記録した1977.0イニングと121勝は、どちらも40歳以降の史上最多だ(通算は5404.0イニングと318勝)。開幕直前に40歳となった1979年は、今日と違って弱小だったアトランタ・ブレーブスで、リーグ最多タイの21勝を挙げ、最多の20敗を喫した。イライアス・スポーツ・ビューローによれば、1900年以降、同じシーズンに最多勝&最多敗の投手は、他に誰もいない。1シーズンに20勝&20敗以上も、1920年以降では、1973年に24勝20敗のウィルバー・ウッドと、この年のニークロだけだ。
ちなみに、1979年にナ・リーグで21勝を挙げた別の投手は、弟のジョー・ニークロだった。最多勝のタイトルを分け合った兄弟も、この年の彼らしかいない。ジムとゲイロードのペリー兄弟は、1970年に揃って最多勝投手となったが、リーグが違った。兄のジムはア・リーグ最多タイの24勝を挙げ、弟のゲイロードはナ・リーグ最多タイの23勝を記録した。
この他、1944年4月1日生まれのラスティ・スターブは、4チームでそれぞれ500本以上のヒットを打った、唯一人のメジャーリーガーだ。多い順に、ヒューストン・コルト.45s/アストロズで792本、ニューヨーク・メッツで709本、デトロイト・タイガースで582本、モントリオール・エクスポズで531本。テキサス・レンジャーズ時代の102本を含め、2716本のヒットを打った。
1985年4月1日生まれのダニエル・マーフィーは、2015年に6試合連続ホームランのポストシーズン最長記録を打ち立てた。それについては、達成当時にこちらで書いた(7試合連続とはならなかった)。