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2024 M−1 令和ロマンはなぜ連覇できたのか 審査員たちのある決定的な「変化」

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:松尾/アフロスポーツ)

歴史に残る令和ロマンの連覇

2024年M−1グランプリは令和ロマンの連覇だった。

ちょっとすごい。

漫才史上に燦然と輝く快挙である。長く歴史にその名が残るだろう。

ただ、今年は「新たなスター」は生まれなかったことになる。

毎年新たに生まれ、国民全体で受け入れる新コンビが2024年は誕生しなかったのは、やはり少し残念である。

2位だったバッテリィは、おそらく広く受け入れられるだろうが、でも2位は2位である。まあ、オードリーや南海キャンディーズのように2位のまま有名になっていくこともあるので、これはこれでいいのだが。

9人の審査員が意識したバランス

審査員は9人になった。

昨年から引き続き審査員だったのは4人。

博多大吉。ナイツ塙。海原ともこ。中川家・礼二。

去年の残りの審査員は、サンドウィッチマン富澤、山田邦子と松本人志だった。

5人入れ替わって、今年の審査員は9人。

9人だけれど、今年の採点はずいぶんバランスを意識した採点だったとおもう。

ひょっとして「松本人志が抜けたこと」を意識していたからかもしれない。

トップバッターは優勝しにくい

令和ロマンは、2023年に引き続き2024年もトップバッターだった。

最初に登場して漫才パフォーマンスを見せた。

トップバッターは優勝しにくい、と言われている。

データでもそう出ている。ジンクスというよりも、ほぼ事実であった。

演者が緊張しているし、それよりも客席が緊張している。

客も、お笑い界の歴史に残る現場にいると考えてしまって、そのとおりなのだが、緊張してしまうのだ。どういう気分で漫才を見ればいいのかわからないまま、始まってしまう。

最初の漫才師は、戸惑う客を相手に、狙ったポイントで笑いが取れずにあせってしまう。

力がはいって、パフォーマンスが落ちていく、ということが起こる。毎年、起こっていた。

阿部一二三の引きの凄さ

トップバッターで優勝したのは、過去では第一回大会の中川家だけだった。

第一回だから、ある種の例外である。

それ以来、優勝者がなく、2023年の令和ロマンがそのジンクスを覆した。

だからこそ、2024年も令和ロマンが最初に登場した時点で、これはまじに連覇があるのかも、とおもった。

そう感じた人も多かっただろう。

その気分が彼らの連覇を助けたとおもう。

笑神籤で令和ロマンを引いた「五輪連覇男」阿部一二三がすごい。

トップに出ると優勝というジンクスを作る

令和ロマンは、2023年も2024年も、トップに出たのに、まったく緊張を見せないところがすごかった。

緊張していないわけがない。緊張していないと却って失敗するものだ。

ただ、緊張していながら、それを毛ほども浮かび上がらせないところが凄まじいのだ。そこが圧倒的に飛び抜けた才能だと言えるだろう。

トップに出場すると優勝できる、という不思議なジンクスを立てたことになる。

ただ、2025年以降はそれがかえって妙なプレッシャーになりそうだ。

おそらくここ2年だけの伝説になるのではないか。

トップバッターに95点以上はつけられない

トップバッターが不利な理由には、審査員が点をつけにくいということもある。

すごいパフォーマンスが出ても、最初から98点はつけにくい。超えるパフォーマンスが複数でるかもしれないとおもうと、かんばって最高95点というところなのだ。

実際に昨年2023年トップの令和ロマンはそこまで高い点がつけられていない。

サンドウィッチマン富澤と海原ともこ、中川家・礼二が94点。

これが最高点だった。

ナイツ塙が93点、山田邦子92点、博多大吉91点、松本人志90点だった。

このあたりが限度なのだ。

2024年トップバッターの異様な高得点

しかし2年目となるともう少し勇気が持てる。

2024年のトップバッター令和ロマンの採点は以下のものだった。

高い順に

海原ともこ 97点

博多大吉 96点

ノンスタ石田 96点

かまいたち山内 96点

アンタ柴田 95点

オードリー若林 94点

ナイツ塙 93点

中川家・礼二 93点

笑い飯哲夫 90点

みんな堂々と95点以上をつけている。これもまたM−1史上かつてない採点である。

過去にたったの2組だけ

ここまで19回の大会で、トップに出て来た漫才で95点以上を付けられたことがあるのは2組しかいない。

2005年の笑い飯と2009年のナイツだけだ。(2005年は松本人志とカウス2人がつけている)

審査員の半分以上が95点以上だったのは初めてである。

というか、おそらく空前にして絶後なのではないか。まあ未来のことはわからないけれど、たぶん絶後の可能性が高い。

令和ロマンが最初だったので落ち着いた

そして、1番手の令和ロマンに高得点をつけたので、審査員の採点が落ち着いた。

みんな順当な採点をおこなった。同じような採点になっている。

ここが2024年M−1の最大の特徴だっただろう。

目立ったのは海原ともこくらいで、彼女はそこそこ高めの点数をつけていた。

ともこだけ、最低92点、最高97点で真ん中が94.5点と、かなり高い。

ほかの審査員はだいたい下が88点くらい、上が95から97あたりで、真ん中が92点というものだった。

2番ヤーレンズ3番真空ジェシカが登場した

採点が落ち着いたのは、令和ロマンが最初に出てきて、前年優勝者でもあり、これは上位3組に入れていいだろう、と判断できたからだろう。

しかも2番手にヤーレンズ、3番目は真空ジェシカが出て来た。
基準が決めやすくなった。

令和ロマンを基準として、ヤーレンズは少し落ちるという判断した人が多く(哲夫だけが逆)、真紅ジェシカはほぼ令和ロマンと拮抗しているという判断となった。

あとはこの壁を上回るかどうかだけをチェックすればいい。

優勝候補とも言える3組が最初に出てきたわけだ。これでめちゃくちゃ採点しやすくなった。

気の毒なのはそのあと

だからそのあと出てきた人たちは少し気の毒でもあった。

「令和ロマン・真空ジェシカ」以下だと判断されれば、それより低い点がついて、すぐさま敗退が決まってしまう。

すこーしだけ消化試合という空気が流れている時間帯があったようにおもう。

エバーズは惜しかった

これ以降は爆発的に受ければ95点以上をつけるというわかりやすい基準ができて、そこを抜けたのはバッテリィズだけであった。

バッテリィズは97点が3人、96点が2人、95点3人であった。

エバーズもすごく良かったのだが、96点が2人、94点が5人であった。

94点のほうが多くて、とても惜しかった。

これはまた、ほぼ審査員の意見が合致していたということである。

裏の功労者は阿部一二三

今年の納得しやすい審査を生んだのは、そういう出順を籤で引いた五輪連覇金メダルの阿部一二三のおかげだったと言えるかもしれない。

裏の功労者である。

もちろん連覇を成し遂げたのは、令和ロマンの圧倒的な実力があってのものなのだが、出番順はかなり大きかったとおもう。

また、それを後押ししたのは、審査員の意識のある「変化」である。

松本以降の審査員の変化

やはり松本人志が抜けたことの影響もあったのだろう。

松本人志がいたときは、彼が審査委員長格、という存在であった。

松本は常にバランスを考えて審査していた。

松ちゃんがいれば、他の審査員はすこし個人的な好みに寄っても大丈夫だ、という心理的安心感があったとおもう。

でもいなくなった。

つまり、どの審査員も、自分も松ちゃんのようにバランス感覚をもって採点しなければとおもったのではないだろうか。

ここの変化が大きかったようにおもう。

みんな、自分が委員長格だから、とおもって採点しているように見えた。

そこから自由だったのは海原ともこだけだった。

高めに採点して、自分の採点がばらけずダンゴ状態になるのも気にしていなかった。

たしかに彼女はあのポジションでいいとおもう。

松本人志を受け継いだのは笑い飯哲夫

笑い飯の哲夫は、最初の令和ロマンに90点をつけて、目立って低かった。

これは「トップバッターの令和ロマンに90点をつけて、そのあと全体に採点が低くなる」というのは2023年の松本人志とまったく同じ轍を踏んだことになる。

なぜか笑い飯哲夫が、松本人志の2023年の採点を引き継いだことになっていたのだ。

まあ、たまたまそうなった、ということなのだとはおもうが、少しおもしろい。

みんなが強く全体のことを考えて採点したので、審査に対しての疑問の声は少ない。

でもすこし、それはだいたい似たような採点になってしまったということでもある。そのぶん、おもしろみがなくなった。ネット世論と合致してしまうとそういうことになるようだ。

司会は変わらず今田耕司と上戸彩で、この二人を見るとすごく安心してしまう。

そういう「年末ならではの存在」になっているのだなとつくづくおもう。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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