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ドラマ『放課後のカルテ』はなぜあんなに魅力的だったのか

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:2020 TIFF/アフロ)

保健室の先生のドラマ

『放課後カルテ』は魅力的なドラマだった。

安心して見られた。

小学校の保健室の先生が主人公である。

やさしいドラマであった。

ドラマは厳しい世界で展開する

ドラマは厳しい世界で展開するものが多い。

海の底より深い場所で石炭を掘ったり、虐待を受けている少年を家で匿ったり、別の男性との子を夫の子だと偽って育てたり、警察官の身分を隠して詐欺集団に入ったり、証拠を偽装する刑事とバディを組んだり、なかなか大変な世界で奮闘するものが多い。

それはそれでスリリングで楽しいのだが、そういうあいまに『放課後カルテ』を見るととても安心した。

人当たりのきつい医師

やさしい世界であった。保健室の先生が頼りになった。

それが松下洸平が演じる牧野先生だ。

養護の先生ではない。きちんと病院に勤務していた医師だったのだが、突然、小学校で保健室の先生をやることになったのだ。

優秀な医師らしいが、人当たりがきつい。

無愛想で、喋るとおもったことをそのまま言葉にしてしまう。

そんな保健の先生は、子供が怖がる。

常にいつも「人の変化」ばかり見ている

でも、牧野先生は人をよく見ている。とてもよく見ている。

ほかの誰もが気づかない子供の変化に気づく。

大人が、大丈夫でしょう、と見すごそうな兆候もしっかり見抜く。

おそらく、常にいつも「人の変化」ばかりを見ている人なのだろう。

それが習慣になっている。

しかも内面にまで目が届いている。

そこまで張りつめて人を観察している人なら、口の利き方が雑になってしまうのもしかたがないかもしれない。

無愛想な先生がよかった

無愛想な保健室の先生だったが、そこがよかった。

無愛想で、つっけんどんで、生徒に嫌われる保健室の先生を演じて、松下洸平がとてもよかった。

もともと人を引き立てるのがうまい

松下洸平はこれまで「やさしい人」を演じることが多かった。

主演ではなく、相手役、という役どころが松下洸平のものだった。

「スカーレット」で戸田恵梨香、「#リモラブ」で波瑠、「やんごとなき一族」で土屋太鳳、「9ボーダー」で川口春奈、「光る君へ」で吉高由里子の相手役を務め、朝ドラヒロインの相手役が多いことに驚く(川口はヒロインの姉だった/光る君ではメインの相手役ではありません)。

錚々たる女優の相手役を務めて、人を引き立たせるのがうまい役者さんなのだ。

その彼が主役を演じると、いきなり、無愛想な先生となった。

ちょっとおもしろい。

森川葵もすごくいい

相手役は、森川葵が演じる篠谷先生。

一生懸命の小学校教師で、森川葵が演じるにしては珍しくとてもストレートな役である。

森川葵の先生もいい。

いつも生徒たちのことを一番に考え、がんばりすぎて、それでダメになることもあるが、それでもまだ前向きにがんばろうとする。

痛々しいまでがんばる先生を演じて、森川葵がいい。

彼女がゆっくり静かに喋るときの声がやさしい。

子供に滲みるように話しかけて、そのへんはすごい。

この二人が世界をやさしい色に変えていって、そこにいると落ち着くのだ。

登場する病気の子供

子供たちの病気が扱われるから、ハードなところもある。

睡眠障害に、気胸。貧血、ずっと喋れない場面緘黙、手術が必要な心疾患。身体症状症。

そういう病気の子供が登場する。

子供の病気には、ふつう大人が一緒にいる。

寄り添う親の反応は、それぞれに違う。

保健室の先生はそれにも対応しなければいけない。

牧野先生の懸命さが滲み出てくる。

小学生の生活に寄り添ったドラマ

『放課後カルテ』は、保健室の先生の物語だから、学校が舞台である。

小学6年生の一年を描いて、ここも新鮮であった。

四月の新学期始業式から始まり、泊まりがけの校外学習や、合唱大会、そして卒業式。

小学生のイベントを丁寧に追っていた。そういうドラマは久しく見ていない気がする。

ふと、観月ありさがまだ小学生だったドラマ「教師びんびん物語」をおもいだしてしまったが、ずいぶんと昔のことになる。あれは熱血がテーマのドラマだった。

「小学校の生徒の生活に寄り添ったドラマ」はいまは新鮮に見えた。

やめると知って残念そう

保健室の先生の任期は一年かぎりだった。

春が近づいて、もともとの先生(はいだしょうこ)が復帰の挨拶にきたとき、牧野先生は残念そうだった。

残念そうな牧野先生を見て、ちょっとうれしくて、そして残念だった。

春になって学年が変わり、引き継がれた保健室には、牧野先生が克明に書いた生徒のファイルがぎっしり詰まっていた。

それを愛おしげに見る先生役のはいだしょうこも、よかった。

中学生になった姿を見るだけで

そのあと、卒業した生徒たちが中学校の制服でまた集まるシーンを見て、それだけで何だか感動してしまった。

子供たちの一年を丁寧に描いていたからだろう。

一緒に見守っていた気になって、その子たちが中学生になっただけで、その姿を見るだけで何ともいえず嬉しくなる。

やさしい気持ちになれるドラマ

最終話前も、心疾患の子が、母から手を離して、仲間に向かっていくシーンでぼろぼろ泣いたが、中学生になった姿を見て泣いてしまった。

泣いて、そして、やさしい気持ちになれた。

松下洸平と森川葵が、想像を超えて魅力的だったこと、そしてやさしさに満ち溢れていたことが、このドラマを素晴らしいものにしたとおもう。

いいドラマだった。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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