【性犯罪刑法・2020年までに】性虐待を見つける眼差しを育てる「リフカー研修」
■附帯決議のついた改正刑法 さらなる改正の目標は3年後
7月13日、性犯罪に関する改正刑法が施行された。110年ぶりに大幅改正されたこの刑法。非親告罪化したことや、これまで強制わいせつで裁かれていた口腔性交・肛門性交の強要が今後は膣性交の強要と同等に扱われることなどには一定の評価がなされている一方で、内容の不十分さも指摘されている。
今回の改正には附帯決議がついた。この中で訴えられている「暴行・脅迫要件」の是非などについて、3年後を目標に、すでに活動を始めている当事者/支援者団体もある。附帯決議についての検討が2020年を目途にスタートするためだ。
この刑法改正に至る当事者や支援団体の活動を取材する中で、ある国会議員が口にした言葉が印象に残っている。「法は世につれ、世は法につれ」。「歌は世につれ、世は歌につれ」をもじった言葉で、法は世の中の流れによって変わるし、また世の中も法によって変わるという意味を込めたという。法が変わることで世の意識は変わるが、一方で世の意識が変わらなければ法改正にもつながらない。3年後までにさらに世の中の理解を深めることが必要となってくるだろう。
可視化されづらい性暴力の問題を世に投げかけるために必要なこと。そのキーワードのひとつは「暗数」だ。もちろん日本に限った話ではないが、性暴力に暗数はつきものだ。犯罪白書によれば、「性的事件」の被害申告率は18.5%(平成24年調査・過去5年間の申告率)。また、内閣府調査によれば、性交を強要された女性のうち、警察に相談した人はわずか4.3%である。この暗数をどれだけ減らしていけるかは、性暴力を社会全体で考えていくための一つの大きな課題だと感じる。
■「日本を変える威力がある」リフカー研修とは
性暴力の中でも子どもへの性虐待は特に発覚しづらい。被害者自身が自覚するまでに時間がかかることも多く、加害者からの口止めが行われることもある。また、子どもが大人に被害を訴えても信じてもらえなかったり、「恥ずかしいことだから人には言うな」と被害を伏せられたりすることも、発覚しづらい理由だ。
日本は子どもへの性虐待が少ないと思われがちだ。しかしたとえば、『子どもへの性的虐待』(森田ゆり)内では、「子どもと家族の心と健康 調査報告書」(日本性科学情報センター/1999年)の、13歳未満の女子の15.6%、男子の5.7%、18歳未満の場合は、女子=39.4%、男子=10%が性的被害を受けているという調査結果を引用している。「性的虐待はたいへん頻繁に起きている。しかし表面化することはまれである」(同書)。私自身取材を続けて感じるのは、性暴力は決してレアケースではなく、むしろ身近な犯罪ということだ。
子どもへの性虐待をどのように発見していくか。発見するための「目」をどれだけ増やすか。ここに着目した取り組みが、RIFCR(TM)研修(以下、リフカー研修)だ。医師であり、認定NPO法人チャイルドファーストジャパン理事長を務める山田不二子氏は言う。
「日本を変える威力はあるだろうと思いますよ。リフカー研修を子どもと接する人たち全員が受けるようになれば、極めて多くの子ども(被虐待児)が見つかってくる」
RIFCR(TM)とは、性虐待に限らず、虐待・ネグレクトや犯罪などの人権侵害を受けたことが疑われる子どもを発見した人がどのように子どもから話を聞き、通告するかをマニュアルにまとめたもの。アメリカのCornerHouseというNPOで開発され、日本では2011年から子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク(現・チャイルドファーストジャパン)が全国で研修を実施している。主な対象は、保育士、幼稚園や小中高校の教職員、医師、保健師、心理士、市町村職員、児童相談所職員など。
■被虐待児の負担を避けるための聞き取り
研修テキストでは、性虐待が疑われる子どもの様子や、被虐待児を発見したときに、どのような聞き取りを行えば良いのかがまとめられ、受講者はテキストを参考にしながら講師から研修を受ける。
私も2016年にこの研修を受講した。研修やテキストの具体的な内容については、公開が認められていない。扱う内容が非常にデリケートであり、誤って伝わる危険性を考慮してのことだ。
CornerHouseがRIFCR(TM)を開発したきっかけについて山田氏は言う。
「虐待を受けた子どもが身近にいるのにそれを見逃してしまうことがある。もしくは、子どもが開示(虐待を打ち明けること)をしたときに、被害を聞きすぎて、その後の児童相談所の調査・警察の捜査に支障をきたすこともあります」
初期対応では最低限の聞き取りしか行わないのが原則だ。これは聞き取る側の言葉によって記憶に事実と異なることが混入したり、開示の内容に変更が起こってしまうこと、また繰り返し被害内容を聞き取ることによる負担を減らすため。しかし日本ではこういった知識が共有されておらず、大人・子どもに限らず、性的被害について繰り返し長時間の聞き取りが行われることがある。
2014年にリフカー研修を受講した、納田さおり西東京市議会議員は言う。
「日本の社会では、多くの子どもたちが性的虐待を受けている現実について共通認識として浸透しているとは言い難い状況にあるため、性的虐待を受けた子どもに直面したときの多くの大人の反応は『まさかそんなことがあり得ない』という疑いに陥りやすいと言えます。疑いを持った大人の聞き取りには誘導的要素が混入しやすく、子どもは混乱し発言を混濁してしまうことは容易に想像できます。
実際、性的虐待より社会に浸透しているいじめや体罰についての子どもへの聞き取りの場面において、最初は親に率直に打ち明けた内容でも、疑いを前提としながら教師が聞き取りをすると証言やニュアンスを変えてしまうケースが見受けられます。まして、性的被害を受けた子どもは恥ずかしさや怖さ、辛さなどの気持ちが混沌としている状況にあり、何人もの大人に聞き取りをされることで、さらにこの混沌が加速して証言の一貫性に欠けることもあるでしょう。
リフカー研修は子どもの性的虐待は『あり得るもの、存在するもの』という大前提に立ち、まずは子どもの異変の気付きから始まり、子どもの目線に立って丁寧に話を聞く被害者中心主義の面接手法のため、子どもの心の揺らぎを察知し、その発言を安定したものに導くことが出来ます。理想としては認知症サポーターと同じように社会に広く周知され、普及することが望ましいと考えています」
■必須化には遠い? 問題把握の道は
これまでにチャイルドファーストジャパンを通じてリフカー研修を受けたのは約2000人。子どもと関わる現場の公務員などについては必修化が必要ではないかと感じるが、現在のところ、その目途は立っていないという。山田氏は「必修化しないといけないけれど、なるかどうかはわからない」と話す。
「国がどこまでこの問題を重大と認識するかというところ。精力的なトップがいる都道府県なら条例とかでできるかもしれないけれど、本当の意味で必修化するためには国。法律が変わらないといけない。国がそこまでの意識を持っているかどうかは、どうなんでしょうね」
山田氏が訴えるのは、やはり「暗数」だ。
「被害を訴えた子だけが被害者だと思ってはいけないということです。被害者は暗数になっていて被害児たちがたくさんいる問題なんだと。そういう傾向の強い犯罪です」
平成27年度に児童相談所に寄せられた性的虐待の通報件数は1518件(速報値)。身体的虐待(2万8611件/27.7%)、ネグレクト(2万4438件/23.7%)、心理的虐待(4万8693件/47.2%)に比べると件数はかなり少なく、全体の1.5%。
しかし山田氏は、実親以外からの性虐待の場合、実親がそれを見過ごしたことによる「ネグレクト」にカウントされていると指摘。同居人や兄弟からの性虐待についても虐待別の統計が必要であることを訴える。
リフカー研修の受講証明書には「子どもを守るパズルの1ピースとして」という言葉がある。見過ごされている被害や、専門的対応の不足。カバーする一つの取り組みとして、リフカー研修の広がりを期待したい。