難民受け入れで東西が分断する欧州 試される人道主義と移動の自由
「家族に未来を与えたかった」
シリア内戦を逃れようとギリシャに渡る途中に溺死したクルド人難民アラン・クルディ君(3歳)と5歳の兄、母親が4日、故郷のシリア北部コバニに運ばれ、埋葬された。
現地からの報道によると、父親のアブドラさん(40)は「家族に未来を与えたかった。私には何も残っていない」と唇を噛んだ。
国際子供支援団体セーブ・ザ・チルドレンのケイト・オスリバンさんは、シリアやアフガニスタンからの難民が殺到しているギリシャのレスボス島やマケドニア国境などで子供たちの支援活動をしている。
同団体は第一次大戦後の1919年、「私には11歳以下の敵はいない」と荒廃した敵国の子供を支援しようと立ち上がった英国人女性エグランタイン・ジェブによって創設された。
ケイトさんはマケドニア国境で母親、15歳と12歳の息子の3人家族に出会った。シリアのコバニ出身だった。15歳の少年が言った。
「シリアに残っていたら死んでいた。避難先のトルコでは僕たちは存在しないも同然だった。欧州は希望だ」。父親はトルコに残って働いている。3人家族がドイツにたどり着いたら送金するためだ。
危険にさらされる子供たち
「この家族はまだましです。多くの場合、子供たちだけで欧州に向かっています。家族で欧州に向かうにはお金が足りないからです。子供たちは旅の途中で誘拐されたり、搾取されたり危険にさらされています」
ケイトさんは筆者の取材にこう応えた。
密航者が小さなボートを用意する。料金は1回につき1人1千~1200ユーロ。難民をぎっしり乗せたボートは未明に、ギリシャのレスボス島やコス島に近いトルコの海岸を出発する。エンジンは焼きつき、怯えた子供たちの泣き叫ぶ声が暗闇に消えていく。
1回で成功することはない。2回、3回と密航を試みる。成功することもあれば、アラン君と兄、母親の3人のようにボートが転覆して命を落とすこともある。「命懸けの密航のために父親は長い間、働いてお金を貯めるのです」とケイトさんは言う。
空前の試練
戦闘地域をくぐり抜け、危険な船旅に未来と希望を託す小さな密航者たち。2つの大戦とベルリンの壁崩壊を経て、人の自由移動が永遠の平和をもたらすという理想を掲げる欧州が空前の試練に立たされている。
2001年の米中枢同時テロに端を発するアフガニスタン、イラク戦争がもたらした混乱。中東民主化運動「アラブの春」による独裁体制の崩壊とイスラム過激主義の増殖でシリア、イラク、リビアなどで内戦が激化し、約6千万人が家を追われた。
地中海を経由して欧州連合(EU)加盟国に渡った難民の数は今年1月から8月28日の時点で32万2914人。内訳はギリシャに20万9457人。イタリアに11万1197人。スペインに2166人。死者はすでに2432人にのぼっている。
今年6月時点で積み残しになっている難民認定申請はEU全体で56万7785人。ドイツ30万6010人、スウェーデン5万6005人、イタリア4万8305人の順だ。
ドイツへの難民認定申請は2013年12万7023人、昨年20万2834人(認定は3万3310人)と増え、今年は80万人に達する見通しだ。しかし、このうち約3割はセルビア、コソボ、マケドニア、ボスニア、マケドニアからの経済難民とみられている。
破綻した「ダブリン合意」
EU加盟国は「ダブリン合意」と呼ばれる取り決めに基づき、難民が最初にたどり着いた国が責任を持つことになっている。難民が他の国に移っても最初にたどり着いた国に送り返すことができる。中東・北アフリカに近いギリシャやイタリアが難民の最前線に立たされている。
イタリアのレンツィ首相は、隣接するフランス、オーストリア、スイスから難民を押し返され、「欧州が団結を見せなければ、わが国には奥の手がある」と恫喝した。EU加盟国が割当制を導入して応分の難民を受け入れなければ、玄関口のギリシャやイタリアだけが負担を押し付けられる。
レンツィ首相が言う奥の手は難民を片っ端から認定し、EU加盟国全体に拡散させるという非常手段だ。ドイツのメルケル首相とフランスのオランド首相はレンツィ首相の割当制に同調した。
昨年、ドイツでは3万5100人の難民が最初にたどり着いた国への送還対象になったが、実際に送還できたのは4800人。かかる送還費用と手間を考えると、「ダブリン合意」という難民管理の枠組みは破綻していると言って良い。
送還される難民に屈辱感を与える上、実効性に乏しく、EU加盟国間に不協和音を生じさせるからだ。
メルケルの決断
ドイツはもともと難民への支援体制が整い、待遇も良かった。そこに加えてメルケル首相が8月21日、シリア難民については「ダブリン合意」の例外として扱うと表明したことから、雪崩のような大移動が起きた。移動ルート上のハンガリーに難民があふれ返った。
4日、ドイツとはそりが合わないチェコ、ハンガリーに加えて、ポーランド、スロバキアまでもが「欧州団結の手段として義務化された恒久の割当制の導入につながるようないかなる提案も受け入れられない」という共同声明を発表した。
割当制の導入は、さらなる難民流入の引き金になるというのが表向きの理由だ。しかし、その背後には、文化や宗教、社会摩擦を引き起こす恐れがあるイスラム教徒を受け入れることに対する警戒心がある。
EUは7月に3万2500人のシリア難民を自主的に受け入れることで合意したが、国連からは最大20万人の難民を受け入れるように求められている。
ドイツではグーグルのインターネットサービス、マイマップを悪用して難民の自宅や施設の場所を表示する地図が公開された。地図はその後、削除された。しかし各地で、ネオナチの仕業とみられる難民施設への放火が相次ぎ、今年前半だけで昨年同期の3倍に当たる難民施設襲撃事件が起きている。
難民受け入れにずっと難色を示してきた英国のキャメロン首相はアラン君の死に関連して「1人の父親として心を動かされた」と語り、4日、受け入れ枠を数千人拡大すると発表した。セーブ・ザ・チルドレンを生んだ英国でも、欧州の普遍的な価値である人道主義と難民受け入れへの懐疑が複雑に交錯する。
かつて欧州の植民地支配と戦争によって確定された国境が完全に崩壊しようとしている。ブッシュ米大統領とブレア英首相がアフガニスタン、イラク戦争でまいた混乱の毒が中東やアフリカに広がり、平和と安定を求めて人の大移動が起きている。欧州は今こそ結束して人道の危機を乗り越える義務を負っている。
(おわり)