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4年連続得点王へ、原動力は「不安」

小宮良之スポーツライター・小説家
4年連続得点王を狙う大久保嘉人。(写真:築田純/アフロスポーツ)

「若い頃は勢いだけでやってたよね。今はもう不安しかない。点を取りたいけど、取れないんじゃいかって。不安ばっかりで、寝られなくなる。その不安を取り除くには、できるだけシュート練習をして、これで大丈夫かな、と思って試合に向かう。それでも、不安でしょうがない」

大久保嘉人(川崎フロンターレ)はそう言って、肩を竦めた。Jリーグ史上初の3年連続得点王を手にした男の言葉である。尽きない不安こそが、33才になっても大久保が得点を取り続けられる理由だとすれば――。

未知の領域と言える「4年連続の得点王」も不可能ではない。

4年連続のJリーグ得点王へ

なぜ、33才になる大久保がゴールをとり続けることができるのか?

実は大久保は二十代の頃には得点王になったことはない。スペインやドイツで過ごした時期があることも関係している。所属していたチームが戦力的に恵まれていたとは言えず、左サイドのポジションを任せられるなどゴールから遠い位置でプレーしていたこともあるだろう。

しかし、若い頃の彼は好不調の波がひどく激しかった。

ハタチの頃の大久保は、”ツノ”を隠していない。攻撃的で、好戦的で、自信家のように振る舞うことが多く、慢心も少なからずあった。それでも、どこか憎めないところがあったのは、人なつこさを失わなかったからだろうか。しかし、勝負になると一切の妥協をしなかった。

「俺は本質的には変わっていない。昔はいかなくてもいいところで(削りに)いって、イエロー(カード)とかもらってた。でも、若いときはそれでいいと思う。今はそれをやらないやつばっかりじゃん? プロになったらみんな一直線のところから始まるわけやから、そこで有名になろうと思ったら、当然でしょ。試合に出られないままだったら意味がない」

虚心なく語る大久保には”跳躍力”があった。人並み外れて勘の鋭い選手で、ピッチの中で本質を見抜く機略に優れ、感覚的に冴え、自らのプレーを惜しげもなく出せた。もっとも、過敏な感覚は感情を乱れさせることもしばしばで、ピッチで敵選手や審判と衝突するだけでなく、プレーを不安定にすることもあった。しかし、彼の言うようにその気概があったからこそ、プレー経験を積み上げることができたのだ。

「常にリスクを負っていないと俺はだめ。フツーじゃ、気持ちが奮い立たない。そういう性格なんですよ」

大久保は殴りつけるような気迫で言う。

「失敗したら、自分のせい。それこそがストライカー。前で点を取る人で、点を取らないと勝てない。点を取るためには俺にパスをくれよ、俺が取ってやるよ、と思う。練習からそれは言い続けている。パスも横に逃げたりする選手がいるんだけど、まずは前を見て、俺を見ろって。そこで(パスを)取られたら俺のせいだし、(ゴールを)取れなくても俺が悪い。でも、俺は(ボールを失ったら)取り返しに行く、というスタンスでやっている。すべては俺次第。そう思わないと面白くない。だから、新聞やテレビでもなんでも言う。それは自分に対してのプレッシャーになるけど、そのプレッシャーがないと身体が動かない」

戦闘者は肌がひりつくような緊張の中で生き続けたいのだろう。そこで抱える不安の大きさはとてつもなく大きい。しかし大きければ大きいほど、自分の衝動をずんずんと突き動かすのだ。

「30才になったとき、俺は20才に戻った、と思ってまた始めた。若手だと思ってね」

大久保はあけすけに言う。たしかに、サッカー人生を一周して経験を積み、なおかつ鋭敏さを持ち続けられたら、無敵に等しい。

「感覚が大事、というのは今も変わらない。それがなくなった駄目やろうね。だから、とにかく不安。いつなくなるかわからんし。常に不安を持っている。でも、年を取ってアンパイにしていたらダメ。リスクを負って結果を出さないと、上がっていけない。それは面白くもないし。ずっとそう思ってやって来たし、その気持ちは持ち続ける。フツーは嫌!飽きる」

大久保は安住しない。

彼が川崎というクラブに来てから得点が増えたのは、風間八宏監督が攻撃の比重の高い戦略で選手を集め、一つに束ね、プレーさせているからだろう。得点王争いをするアタッカーたちも、「嘉人さんは羨ましい」と言う。だが、大久保が得点を取れるのは日々、自分を追い込める度量にある。たいていの選手はそこまでのプレッシャーに堪えられず、押し潰されてしまうのだ。

大久保は多くのことを経験し、その技量は高まっているし、駆け引きにも長けている。しかしサッカー選手として向上するという野心は変わっていない。ルーキーのような清冽さで、ゴールを睨む。

不変。

それは異能である。もし33才の経験でハタチの選手のように貪欲にゴールに迫れたら―――。4年連続得点王も、手が届くところにある。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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