Yahoo!ニュース

更生するとはどういうことか:連続強盗事件「ルフィ」との関係を告白したEXIT兼近大樹さんの生き方

原田隆之筑波大学教授
(写真:イメージマート)

ツイッターでの告白

 全国的な連続強盗事件の指示役として、フィリピンの入管施設に収容されている「ルフィ」こと渡邊優樹容疑者の処遇に注目が集まっている。

 そんななかで、お笑いコンビEXITの兼近大樹さんが、過去の自身の逮捕歴や渡邊容疑者との関係などについて、「多少脚色されたデマもありながら、ほとんどがすでに公表している事実」であり、「弁明の余地もありません」などとツイッターで心境を吐露した。

 それに対してツイッターでは、「応援しています」「前を向こう」という声があふれる一方で、「美談にするな」「悪いことしたけど今は頑張ってます、などという好感度商売には嫌悪感しかない」などといった否定的な意見も寄せられている。

犯罪者の社会復帰

 犯罪歴がある人の社会復帰は、現代日本社会において、最も難しい問題の1つである。これは、日本は世界的に見ても治安が飛び抜けて良い国であるがゆえのジレンマがあるように思える。

 わが国では、圧倒的大多数の人々が、法律を遵守し、犯罪を憎み、この安全な社会を作り上げてきたことは間違いない。それは世界に誇れる日本人の美徳の1つである。

 一方で、そのために、犯罪者や犯罪歴のある人々が殊更に異端視され、社会的から排斥されるという傾向につながっていることは皮肉としか言いようがない。

 政府は、2019年に犯罪対策閣僚会議が取りまとめた「再犯防止推進計画加速化プラン」のなかで、「誰一人取り残さない社会の実現」を目標として掲げている。

 そして、従来の刑事司法における「適正な科刑を実現すること」のみならず、「貧困や疾病、嗜癖、障害、厳しい生育環境、不十分な学歴など様々な生きづらさを抱える犯罪をした者等が地域社会で孤立しないための「息の長い」支援」の重要性を強調している。そこでのキーワードは、「最良の刑事政策としての最良の社会政策」である。

 私は加害者臨床に携わり、さまざまな犯罪者の治療と社会復帰の支援をしてきた。たとえば、私が特に専門としている犯罪に依存症・嗜癖的な犯罪がある。これらは、繰り返されることが多いため、刑罰だけでは再犯防止に限界があり、治療が必須である。それを実現すべく、「刑罰に加えて治療を」というパラダイム転換を呼び掛けてきた。

 この種の犯罪で代表的なものは、薬物犯罪である。わが国では、薬物使用者が殊更にバッシングされ、著名人であった場合は、その作品までもが自主規制されて陽の目をみなくなる。

 こうした現状に対して、彼らの人権を守り、社会復帰を後押しできる寛容な社会こそが、われわれの目指すべき方向性であると何度となく指摘してきた。さらには今後の方向性として、単純な薬物使用の非犯罪化という世界的な潮流も紹介してきた。(たとえば、「田中聖さんの再逮捕を受けて:あらためて薬物依存症の治療と人権について考える」)。

 このような立場から、今回の件についていくつかの意見を述べたい。

被害者のことをどう考えるべきか

 まず、兼近さんの関わった事件は薬物事件と違って、直接の被害者がいる。そのことに関しては、薬物事件と同一に述べることはできないし、被害者のことを第一に考えるべきである。被害者の立場に立つことは非常に重要であり、それはいささかも軽視してはならない。

 とはいえ、刑事司法システムのなかで、すでに法的な手続きを受けた人に対して、社会がそれ以上の制裁を加え続けることは、法治国家としては許されることではない。彼の事件は、いずれも20歳当時のものであり、すでに10年以上が経過している。

 さらに、これに関連して、一般人と違ってテレビやネットなどに頻繁に顔を出す人であることの特殊性を指摘する意見がある。たとえば、被害者がその顔を見ると、嫌な記憶が甦ったり、トラウマが呼び起こされたりするのではないかとの懸念である。

 被害者としては、加害者を一生許したくないという人もいるだろうし、加害者を許せないのであれば無理に許す必要もない。被害の内容や本人の心情によっては、そうした気持ちになるのは当然のことである。

 しかし、法的な制裁が終わっている以上、兼近さんが望んだ道で社会復帰することと、被害者のケアは別の問題であり、もしも被害者が今なお不快な気持ちやトラウマに悩まされているならば、そうした被害者のケアを今以上に充実化させ、いつでも垣根なくサービスを受けられるようにすることが重要であろう。

 事件とは直接関係のない人たちが、被害者の名を借りて「被害者が困っているから、加害者は社会復帰をしてはいけない」というのは筋が違う。われわれのすべきことは、浅薄な正義感を振りかざしつつ被害者の名を借りて加害者を叩くことではない。それは被害者への冒涜でもある。

 さらに、悪いことをした人がテレビで大きな顔をしたり、偉そうなことを言うのはけしからんとか、子どもにも悪影響があるとの意見もある。しかし、それは逆であろう。むしろ、世の中に顔や名前が出ている人が、かつての犯罪歴を乗り越えて立派に社会復帰している姿を見せることは、社会で躓いている人にとっての良いモデルになる。

悲惨な境遇と犯罪

 一方で、彼の少年時の悲惨な境遇を殊更に強調する報道もあった。「再犯防止推進計画加速化プラン」のなかでも同様に、犯罪者の家庭や置かれた立場などの「生きづらさ」に着目した支援を訴えている。

 たしかに想像を絶するような不遇な境遇で育ち、それが理由で非行や犯罪に赴く人たちがいる。とはいえ、悲惨な境遇にある人が皆犯罪に加担するわけではない。

 やはりそこには、本人の主体的な選択と責任があったわけであり(少年の場合は、ある程度限定されるが)、犯罪をいたずらに環境のせいにすることは、犯罪に至った人を擁護しているように見えて、実は彼らの主体性や責任を矮小化し、一人前の人間としてみていないことにつながる。

 そして、もし本人も同じように考えているのならば、それから先の改善更生も危ういものになるだろう。

 確かに、犯罪を防止するうえで、悲惨な境遇にある人々へのニーズに合わせた支援は必須である。一方で、周囲や環境を改めるだけでは犯罪は減らない。

 そして、当人も、自分の周囲や境遇を責めるだけでなく、自身の問題点を自覚し、それを改善する努力をしなければ、同じことの繰り返しになる。この先どんな仲間を選び、法律やルールをどう遵守していくか、被害者に対してどんな償いができるか、どのように仕事をきちんとこなしていくのかなどは、すべて本人の問題である。

 兼近さんに関しては、おそらくはこうした反省に立ち、主体的な努力を積み重ねてきたからこそ、彼の今があるのだろう。それを10年以上も前の犯罪歴ゆえに帳消しにされていては、人は永久に立ち直ることなどできなくなる。

 しかも、彼の犯罪歴が取りざたされたのは、これが初めてのことではない。4年前にも同じような報道があり、その際も彼は事実を認めて、過去と真摯に向き合う姿勢を見せている。

 「そんなことは自業自得だ」と切り捨ててる声もある。しかし、過去の犯罪歴ゆえに、彼らをいつまでも社会から排斥し続けていれば、行き場を失った人々は、また犯罪に手を染めざるを得なくなるかもしれない。そのような社会は、自分で自分の首を絞めてしまうようなことをしているのだと気づくべきだ。

兼近さんのツイートを読んで

 兼近さんのツイートを読み、私が深く共感したのは以下の点である。

理解できない、何故こんな奴がこの世にいるのか、死ね、社会に出るな、で終わらせずに知ってください。それが被害者も加害者も減らし、分断をなくす一歩になります!あなた達が俺を殺しても、世界は何も変わりません。皆、被害者の助けになるための活動は当然してると思いますが加害者を減らす事で被害者は減ります。

 この部分にこそ、彼が最も伝えたかった思いがあるのだろう。独りよがりな正義感で分断を煽っても、それは安全な社会の実現から遠ざかるばかりである。

 また彼は、「活動は控えないのか」と聞かれ、こう答えている。

絶対に控えません!疲れたらやめますし、いつか死にます!けど、それまで残せる事も誰かを救う事もできます!やらかした過去を言い訳にして何もせず死ねますか?本気でそう思ってくれるなら俺に絡む時間、被害者を救う時間して欲しい!たくさんの機関があります!一緒に活動をより活発にしましょう!

 過去は消せないし、いくら反省しても嘆いてもそれは永久に変わらない。しかし、これからの行動や生き方は、本人の責任でいくらでも変えていくことができる。

 そのとき、本当に更生したかどうか、それは誰にもわからない。おそらく本人にもわからないだろう。「更生をした」などと簡単に言い切れるものではないし、そもそも何がどうなったら更生したと言えるのだろうか。

 つまり、更生したかどうかを問うことは、実な無意味な問いでしかない。その人のこれからの行動が、今後のその人自身をつくっていくのであり、答えはその積み重ねとしての生き方のなかにしかないのだから。

 そして、私はそのような生を生きていく人たちに心からのエールを贈りたいし、彼らを排除することなく受け入れ、サポートしていけるような社会の一員になりたいと思う。

筑波大学教授

筑波大学教授,東京大学客員教授。博士(保健学)。専門は, 臨床心理学,犯罪心理学,精神保健学。法務省,国連薬物・犯罪事務所(UNODC)勤務を経て,現職。エビデンスに基づく依存症の臨床と理解,犯罪や社会問題の分析と治療がテーマです。疑似科学や根拠のない言説を排して,犯罪,依存症,社会問題などさまざまな社会的「事件」に対する科学的な理解を目指します。主な著書に「あなたもきっと依存症」(文春新書)「子どもを虐待から守る科学」(金剛出版)「痴漢外来:性犯罪と闘う科学」「サイコパスの真実」「入門 犯罪心理学」(いずれもちくま新書),「心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門」(金剛出版)。

原田隆之の最近の記事