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アップルがiPhoneに自前通信チップを搭載しない理由

小久保重信ニューズフロントLLPパートナー
(写真:ロイター/アフロ)

このほど発売された米アップルの新型スマートフォン「iPhone 15」シリーズには、同社が過去何年もの歳月と数十億ドル(数千億円)を費やしてきた、自社開発の通信半導体が搭載されていない。その理由はアップル社内における同プロジェクトの大失敗があったからだと、米ウォール・ストリート・ジャーナルが報じている

アップル社内体制に問題か

同紙によると、アップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)は2018年にiPhone用の通信半導体を設計・製造するよう指示した。これにより、数千人のエンジニアが採用された。アップルは、こうして開発した通信半導体をiPhone 15に搭載する計画だった。

だが、22年末に行った動作試験では、速度が遅すぎることや過熱しやすいことが判明した。その回路基板は、iPhoneの半分を占有してしまうほど大きく、使用できるものではなかった。

通信半導体に取り組むアップルのエンジニアチームは、技術的な課題やコミュニケーション不足、マネジャーらの意見対立といった問題を抱えていた。

加えて、チームは米国と米国外に分割され、グローバルリーダーがいない状態だったという。一部のマネジャーは開発の遅れや課題に関する情報を共有することを躊躇(ちゅうちょ)し、これが非現実的な目標設定や目標不達につながったという。

米半導体大手のクアルコムは23年9月11日、iPhone向け通信半導体の供給で、アップルと3年契約を締結したと明らかにした

通信半導体の自社開発に取り組んでいるアップルは、クアルコムとの調達契約を23年に終了し、24年発売のiPhoneから自社開発品に切り替えるとみられていた。

しかし、今回の契約により、クアルコムは24年、25年、26年に発売されるiPhone、つまりiPhone 16、同17、同18(いずれも仮称)に5G(第5世代移動通信システム)対応半導体を供給することになった。

また、19年に両社が締結した特許ライセンス契約も継続する。こちらは25年に満了となるが、両社には2年間延長するオプションがある。

アップルが自社通信半導体に力を入れる理由

ウォール・ストリート・ジャーナルによると、アップルが自社製通信半導体の開発に力を入れた理由は2つある。1つはアップルがクアルコム依存から脱却したいと考えていたこと。

クアルコムとアップルは、特許使用料を巡り長期にわたる法的闘争を繰り広げ、19年に和解した経緯がある。このとき、両社は長期の特許ライセンス契約と供給契約を結んだ。一方で、アップルは19年に米インテルから通信半導体事業を10億ドル(約1500億円)で買収し、約2200人の従業員と特許資産を獲得した。

もう1つは、アップルには、iPhone向けに設計した半導体(SoC、システム・オン・チップ)の成功を再現できるという確信があったことだという。アップルは10年に、同社初の自社開発半導体を完成させ、タブレット端末「iPad」とiPhoneに搭載した。

20年からはパソコン「Mac」向け半導体を開発し、インテル製からの切り替えを開始した。これら自前品によってもたらされる処理速度の向上やバッテリー駆動時間の延長によって、アップルは不振だったMac事業を立て直したとウォール・ストリート・ジャーナルは報じている

今回の報道によれば、アップルは独自半導体により、利益率を向上させ、何十億台ものiPhoneのパフォーマンスを向上させた。また、Mac向け半導体もMacの性能向上に寄与したほか、1台当たりのコストを75〜150ドル(約1万1100〜2万2000円)削減したとみられている。

開発は時間と手間がかかる作業

同紙によれば、これらの成功体験により、アップルは半導体設計は比較的容易なことだと認識した。一方で通信半導体は、世界中の無線キャリアに対応させるために厳格な接続規格を満たす必要があるという。通信半導体は5Gだけでなく、世界中の国々で使用されている2G、3G、4Gネットワークともシームレスに動作しなければならない。

しかもそれぞれのネットワークには独自の技術的な特性がある。プロトタイプを作製し、世界中の無線キャリアと連携して動作を確認する必要があり、時間と手間がかかる作業となる。

前述した通り、アップルは今回、通信半導体の調達でクアルコムと3年契約を結んだ。しかし、プロジェクトの関係者によると、アップルには今後も通信半導体の開発を続けるための資金と意欲がある。無線業界の専門家であるエドワード・スナイダー氏は「アップルは諦めないだろう」と話している。

筆者からの補足コメント

筆者からの補足です。米経済ニュースのCNBCによると、クアルコムにとって、アップルとの契約延長は携帯電話向け事業の業績を後押しすることを意味するといいます。その23年4〜6月期の売上高は52億6000万ドル(約7800億円)でした。スイス金融大手UBSの推計によると、クアルコムの22会計年度の売上高、442億ドル(約6兆5600億円)のうち、約21%がアップルからのものでした。こうしたなか、今後、クアルコムの売上は徐々に減少していくとみられています。アップルが自社通信半導体への取り組みを継続するからです。クアルコムも、今回の契約の最終年に当たる26年には、iPhone全体に占めるクアルコム製通信半導体の比率が2割にまで低下すると予測しています。

  • (本コラム記事は「JBpress」2023年9月26日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)
ニューズフロントLLPパートナー

同時通訳者・翻訳者を経て1998年に日経BP社のウェブサイトで海外IT記事を執筆。2000年に株式会社ニューズフロント(現ニューズフロントLLP)を共同設立し、海外ニュース速報事業を統括。現在は同LLPパートナーとして活動し、日経クロステックの「US NEWSの裏を読む」やJBpress『IT最前線』で解説記事執筆中。連載にダイヤモンド社DCS『月刊アマゾン』もある。19〜20年には日経ビジネス電子版「シリコンバレー支局ダイジェスト」を担当。22年後半から、日経テックフォーサイトで学術機関の研究成果記事を担当。書籍は『ITビッグ4の描く未来』(日経BP社刊)など。

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