ウクライナ停戦合意を巡る「かすかな希望」 その内容と注目点
マラソン協議の末の合意
2月12日、ベラルーシのミンスクで行われていたロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4カ国による首脳会談が終了した。
ウクライナ東部の停戦に向け、独仏が仲介者となって開催されたこの会談は実に16時間という驚異的な長時間に及び、この間、4首脳(プーチン露大統領、ポロシェンコ宇大統領、メルケル独首相、オランド仏大統領)は、睡眠はもちろん、ほとんど休憩もとらずに議論を続けたという。
協議がこれだけ長時間にわたった理由の一つは、ウクライナ側が親露派武装勢力との直接対話をあくまで拒否したことによる。
このため、紛争当事者の一方であるウクライナが4か国首脳会談の枠組で独仏露の首脳と話し合う一方、親露派武装勢力「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の代表者は別の枠組(3者コンタクトグループ)でウクライナ代表と話し合いを行うという非常に複雑な形がとられた(ほかにロシア代表と全欧安保協力機構=OSCE代表も出席)。
加えて、親露派武装勢力側も強硬だった。長時間の協議中、4カ国首脳会議は停戦合意案をほぼまとめかけたものの、親露派武装勢力側は要衝デバリツェヴォからウクライナ軍を撤退させることや、停戦ラインの引き直しなどを要求してこれを拒否する場面があり、交渉はなかなかまとまらなかった。
一方、独仏にしてみれば、米国がウクライナへの軍事援助をちらつかせ始めたこともあり、早期に停戦合意を結ばせないとウクライナ紛争がさらにエスカレートすることを恐れたと見られる。このため、独仏はロシアの肩を持つとまでは言わないにせよ、積極的に仲介役を果たしてどうにかウクライナに停戦を呑ませるよう努力したようだ。
それだけに実際の合意内容にも苦心の跡が見て取れる。
(合意全文の翻訳は弊サイトの記事「ミンスク合意の履行に関する複合的な措置」に掲載した)
(1月以降の状況については、Yahooニュース個人の拙稿「再燃するウクライナ紛争」を参照)
重火器の撤退距離を延長
今回の合意を9月の停戦合意と比べた場合、目につくのは、重火器の撤退距離が伸びている点である。
9月5日の合意文書本体の後に調印された追加議定書(9月19日)では、いくつかの火砲、多連装ロケット、ミサイルを指定し、その種類によって停戦ラインから8-120kmの距離まで撤退させるよう求めていた。
一方、今回の停戦合意では、まず重火器の種類を1.口径100mm以上の火砲システム、2.多連装ロケット・システム、3.多連装ロケット「トルナード-S」、「ウーラガン」及び「スメルチ」並びに戦術ロケット・システム「トーチュカ」(「トーチュカ-U」)の3種類に分けて、それぞれが停戦ラインから50km、70km、140kmの圏外まで撤退するよう求めているほか、撤退にも具体的な期限を設けた。
この意味では重火器の撤退に関してより実効的な措置が盛り込まれたと言える。
ロシアしか持たない兵器
また、上記の兵器の中には「トルナード-S」多連装ロケットが含まれている点だ。
「トルナード-S」はソ連時代に開発された9K58「スメルチ」300mm多連装ロケット(MLRS)の射程を増大させ、精密誘導ロケットの運用を可能とした兵器で、ロシア軍しか保有していない。
したがって、今回の停戦合意に「トルナード-S」が含まれたことで、少なくともロシアがウクライナ領内にロシア製兵器が送り込まれていることを認めるものとも取れる。
ただし、9月19日の追加議定書では「トルナード-S」のほかに9K57「ウーラガン」220mmMLRSの近代化改修型である「トルナード-U」も撤退対象に含まれていたが、今回の停戦合意には含まれていない。
2つの停戦ライン
もうひとつ興味深いのは、重火器の撤退に際して基準となる線が親露派武装勢力側とウクライナ側とで異なる点だ。
合意文書によると、前者は9月の停戦合意で定められた線を基準として重火器を撤退させるが、ウクライナ軍は現在の戦線を基準として撤退する。
何故こんな奇妙な規定が盛り込まれたかといえば、今年1月以降、親露派武装勢力は大規模な攻勢をかけて勢力を大きく広げていたためだ。したがって、現在の戦線を基準にすれば、ウクライナ軍の火砲やミサイルをより遠くまで押しやることができる。あるいは将来、彼らの境界線を決める場合にも、なるべく広い範囲を確保しておきたいとの思惑もあるのだろう。
停戦は実現できるのか
さらに合意文書では、全ての非合法武装勢力の武装解除、傭兵や外国軍の撤退、捕虜の釈放と交換などを定めているが、問題はそれが履行できるかどうかだ。
9月の停戦合意がすぐに破られた背景には、合意はしたもののそれを履行させるためのメカニズムが存在せず、ウクライナも親露派武装勢力もなかなか自軍の占領地域を手放さなかったことによる。
今回の停戦合意では、OSCEが「人工衛星、無人航空機、レーダーその他のあらゆる必要な手段」を使用して撤退の状況を監視するとしており、この点では一歩前進であるが、実際に取決めを守らない勢力が現れた場合に停戦を強制するような力はもちろんない。この意味では、当事者間の自主性を信じるしかない状況には変化がないと言える。
しかも、今回の停戦合意では停戦の発効を15日の午前0時(キエフ時間)としており、停戦の発効までにはまだ少し時間がある。この間に親露派は支配地域を拡大すべく攻勢をむしろ強めていると伝えられ、本当に15日に停戦できるかどうかについても危機感が募っている。
左の写真は激戦地デバリツェヴォで親露派がウクライナ軍兵士に散布したビラで、「デバリツェヴォはすでに包囲された」「君たちの指揮官はすでに脱出した」などと書かれている。あわよくば合意後の気の緩んだタイミングで要衝デバリツェヴォを陥落させてしまおうという思惑さえあってもおかしくはない。
武力衝突は再発するか
それでも、15日までには一応、停戦が実現すると仮定しよう。その後、武力衝突が再発する可能性はないのだろうか。
今回の合意文書によると、停戦後、紛争地帯において選挙を実施すること、憲法改革によって地方分権を盛り込んだ新憲法を年内に採択することなどが盛り込まれている。
最終的にドネツクとルガンスクをどう位置付けるかがこの紛争の核心であるとすれば、この新憲法の内容は紛争の行方を左右する重要性を持つ。
しかし、現時点では「地方分権化」といっても何を意味するのかは全く明らかでない。ロシアや親露派が主張するように、独自の軍や外交に関する拒否権までドネツク・ルガンスクが持つということになればウクライナ側は到底納得しないであろうし、逆にちょっとした自治権程度では親露派が収まらないだろう。
このように、停戦後のウクライナという国の再建の方向性が決まっていない以上、残念ながら紛争が再燃する懸念は依然として強く残っていると考えざるを得ない。
「かすか」な「希望」
実は今回の合意後、4カ国首脳(+ホスト国ベラルーシのルカシェンコ大統領)が記者会見に臨んだ際、こんな場面があった。
フランスのオランド大統領が今回の合意を「完全ではないがたしかに希望がある」と評したのをドイツのメルケル首相が引き継ぎ、「ただし、かすかな希望だ」と述べたのである。
今回の合意で希望が見えたことは間違いない。
ただしそれはかすかなものであることも忘れるべきではない。
ウクライナでの流血を止める努力はこれから始まるところである。
ちなみに、昨年4月以来のウクライナ紛争による死者は先日、5400人を超えた。